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梅雨 (主人公のその後)

「あー、雨だー」

「雨だねー」


 ざー、と激しい雨が降っていて、私は寝起きからげんなりしてしまう。梅雨だ。

 昨日も雨だった。昨日から続く雨は、降ったりやんだりを繰り返して、お天道様が顔を見せる気配がない。週末の朝だと言うのに、晴れやかな気持ちとは程遠い。


「起きないの?」

「うー、やる気が出ない。昨日の洗濯物も乾いてないのに」

「コインランドリー行く?」

「うーん」


 もったいない気もするけど、天気予報は明日も雨だ。そもそもこの小さなアパートでは、洗濯物を干すスペースもあんまりないし、そもそも屋根も短いので、昨日のがまた濡れてると思う。

 洗濯物がたまると憂鬱だし、私の実家ではさっさとコインランドリーに行っていたので、そうしたい気持ちはある。でも、うーん。


「そんなに悩まなくても」

「だって、車ないし」


 この雨の中、傘をさして出かけるのがまず億劫だ。そんなグータラな私に、くすっと笑って頭を撫でてきた。


「ごめんね、甲斐性がなくて」

「大丈夫、知ってた」


 私は高校卒業して、生まれた時からのお隣さんで婚約者の秋吉高文、通称お兄ちゃんと絶賛同棲中である。同棲歴はまだ短いけど、昔からの付き合いなので、今更遠慮しあう仲でもない。

 とは言え、じゃあお兄ちゃん一人で行ってきて、と言うほど冷めた仲でもない。


「とりあえず起きよっか」

「そうだね」


 起きて服を着て、朝ご飯をちゃちゃっと用意して食べる。

 とりあえず洗濯機を回して、雨が小降りになったら、ささっと乾かしにコインランドリーに行こうと言うことで話をまとめた。

 部屋の掃除とか、最低限さっさと済ませて腰をおろすと、一気にやる気がなくなった。


「お疲れさま、悠里ちゃん」


 お風呂掃除を終えたお兄ちゃんがやってきて、だらけて寝転がる私を起こして後ろに座ると、自分の膝の上に引き上げた。


「お兄ちゃん……暑いんだけど」


 気温は30度ないけど、このじめじめした湿気のせいか、暑い。だるい。

 だと言うのに、朝から元気なお兄ちゃんはテレビをつけて、私のお腹にリモコンを置いてもう完全に離れる気がない。


「何見る?」

「お兄ちゃん、私のこと好きすぎじゃない?」

「もちろん、好きだよ」

「うーん。暑苦しい」

「そう言わずに。もっと真夏でもくっつく予定なんだから、慣れようよ」

「いやー」


 確かに、真夏でもくっつく時もあるし、一時期は一分一秒も離れたくないと思った時もあったけどさぁ。でも、もうそう言うくっつきまくりたい時期は超えたと思うんだけど。

 付き合いたてのテンションをいつまで続けるつもりなのか。ビックリするよ。


「お兄ちゃんて、ほんと、いつまでもラブラブだよね」

「他人事みたいに言ってるけど、それ悠里ちゃんこみでの評価だからね」

「嫌じゃないけど、ちょっとうざいからね」

「で、何見る?」

「んー。溜まってるドラマ見ようか」

「そうだね」


 うざいとまで言っても全然気にしないとか、ほんとお兄ちゃんメンタル強すぎじゃない? もし私がお兄ちゃんからうざいとか言われたら5分くらい無言になるよ。

 まぁ、わかってるから私も言うわけだけど。


 とりあえず、お昼になるまでテレビを見た。









「お、やんできたんじゃない?」

「おー、ほんとだ」


 お昼ご飯を食べていると、お兄ちゃんが窓を開けた。音が小さくなってきていたけど、もうすぐあがりそうだ。


「食べたら行こうか」

「そうだね」


 昼ご飯を食べたら、また降らないうちにと、朝に取り入れておいた昨日の洗濯物も抱えて、家を出た。

 中が見えないよう色つきのごみ袋に入れて、近くのコインランドリーに向かう。


 コインランドリーは夕方に混む傾向があるので、お昼がねらい目なのだ。念のため一本だけ傘を持ってきたけど、降りだすことなくたどり着いた。

 乾燥機にかけて、暇なのでお兄ちゃんとしりとりをして時間をつぶす。


「ゴマ団子」

「ご、ごくつぶし」

「し、素人」

「と」


 トリケラトプス、と言う前にお兄ちゃんの携帯電話が鳴った。


「あ、るいちゃんだよ」

「え?」


 私の友達の一人、るいちゃんから電話がきた、と言ってからお兄ちゃんは電話に出た。


「もしもし。高文です。久しぶりだね、るいちゃん」


 会話をして、どうやら私が電話に出ないから、お兄ちゃんにかけたらしく、電話をかわった。


「もしもし、悠里ー? 今日暇? あたしめっちゃ暇なんだけど」

「コインランドリーで乾かしてるけど、他には予定はないよ」

「じゃ、軽く映画でも見ない? 読と二人なんだけど」

「んー……やめとく。雨だし」

「えー。しょーがないなぁ、じゃあまたね」

「うん。誘ってくれてありがと。またね」


 お誘いだったけど、雨だし断った。読ちゃんと二人なら、私が行かなくても暇しないだろうし。今日は一日だらだらすることに決まってるのだ。溜めてるドラマもまだ残ってるしね。

 さて、お誘いに関してはこれでいいとして、どうしてやろうか。


「お兄ちゃん、ケータイありがと」

「どういたしまし、て? あれ? 何だか変な顔してるよ?」


 取り合えず携帯電話を返すと、すかさず失礼なことを言われた。誰が変な顔だって?

 むむむ。でも確かに、言いたいことならある。私はお兄ちゃんの左ひざを軽く叩きながらジト目を向ける。


「うん、面倒だから直接聞くけど、なんでるいちゃんと番号交換してるの? いつそんなことしたの?」

「あれ? ヤキモチ?」


 はいそこ、嬉しそうにしない。リズミカルに膝を叩いてやる。

 無言で急かすとお兄ちゃんは嬉しそうにしながら、自分の膝で暴れる私の手を握った。


「この間、読ちゃんから教えてもいい? って聞かれたから、読ちゃん経由で交換したんだよ」

「そっかぁ、とはならないよね。まずなんで読ちゃんと当然に交換しているのかな?」

「え? 最初にあった時に普通に交換したけど、言ってなかったっけ? と言うかその場にいなかったっけ?」

「いないよ。ってか読ちゃん絶対、意味もなく意味ありげに私がいないタイミングで交換してるのが腹立つんだけど」


 あの人は本当にもう、人をおちょくることにかけても天才的だなぁ。と言うか、言われたからって簡単に交換しちゃうんですか? 妻の友人と連絡先交換しまくるとかどうかなーと思うんですけど。


「そんなにヤキモチ焼かなくても、僕は悠里ちゃん一筋だよ」


 ぐ。なに真顔で、顔寄せてきてるかな。他に人いないって言っても、外だよ? コインランドリーだよ? いつ人が来るかわからないよ?


「……知ってる」


 するけど。


 キスして目を開けると、めちゃくちゃ嬉しそうなお兄ちゃんがいて、そんな喜ばれると私の中でむすっと拗ねる気持ちが、とっても複雑になる。


「お兄ちゃんだし、信じるけど、これに懲りたら勝手に連絡先交換しないでよ」

「いや、万が一の場合にであって、普段やりとりなんかしないよ?」


 中身確認する? と携帯電話を差し出されたけど断る。もちろん、そんなやり取りがないことはわかっている。やましくないのはわかってる。

 でもそれでも、私の友達は美人ぞろいだし、楽しい気持ちじゃない。


「もー、にやにやしないでよ。だって二人美人だし」

「確かに、るいちゃんは溌剌として一緒にいて気持ちいいし、読ちゃんはミステリアスな感じで面白いよね」

「ああん?」


 何このタイミングで褒めてるの? 馬鹿なの? わざとなの?

 本気で睨む私に、お兄ちゃんはにこにこしたまま、握ったままの私の手を持ち上げてまた強く握りなおし、微笑みを向けてくる。


「でも、僕には、悠里ちゃんが世界一美人だし、世界一可愛いよ」

「……恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくないよ。キスしようか?」

「……する」


 キスしているうちに、乾燥機が止まったので回収する。


「あ、ちょっと降ってきたね。相合傘しようか」

「するけどさ」


 一本しか傘持ってないし、そうするしかないけど、わざわざ言葉にするのはなんなの。わざと恥ずかしがらせようととしてる?

 荷物を全部まとめて持ったお兄ちゃんに、傘を差しだして一緒に入る。


「悠里ちゃん、帰ったらドラマの続きみようか」

「そうだね」


 ざーっと降る雨の中、お兄ちゃんと寄り添っていると、さっきまでちょっともやもやしていた気持ちも洗い流された。

 部屋に戻って、熱々の洗濯物を床に投げ出して冷めるまで待つ間に、テレビをつける。


「悠里ちゃん、僕の膝が空いてるよ」

「ねぇ、私もお兄ちゃんのことは好きだけど、くっつく必要はなくない?」

「僕がしたいんだけど、駄目?」


 う。そ、そう言われると、駄目じゃないけど。ていうか、私より年上なのに、なんでそうお願いが似合うのか。全くもう。

 仕方ないので。仕方ないので(強調)、お兄ちゃんの膝の上に乗る。


 テレビを見ていると、次第にまた雨脚が強くなってきて、部屋の中ではテレビと私たちの息遣いだけで、外の音が聞こえなくなる。

 ざーっとなる雨音は、世界と私たちを切り離すみたいに激しくて、何だか不思議な気持ちになる。


 暑苦しい、べたっとしたお兄ちゃんの体だけが、この世界の全てみたいな気持ちになる。こんな気持ちになるのも、梅雨で憂鬱で、それでも変わらないお兄ちゃんのひっつきむし具合のせいだ。


「ねー、お兄ちゃん」

「なに?」

「連絡先交換してもいいけど、ちゃんと私にも言ってね?」

「うん。わかった。ちゃんというよ。ごめんね、気がまわらなくて」

「いやぁ、いいけど。お兄ちゃんが思ってるより、私お兄ちゃんのこと好きだからさ」

「うん。知ってる。でも僕も、悠里ちゃんが思っているより、悠里ちゃんのこと好きだからね」

「知ってるよ」


 何を言ってるんだか。お兄ちゃんが死ぬほど私のこと好きだって、そんなことは知っているに決まっている。


「はぁ、暑いね」

「うん。梅雨だからね」

「梅雨関係ある?」

「じめじめするのは梅雨だからだよ?」

「扇風機、ださないとね」

「うん。このドラマ終わったら出そうか」

「うん。お願い」


 ああ全く、梅雨って本当、嫌だなぁ。

 まぁ、お兄ちゃんがいれば、憂鬱な気分も、長くは続かないけどさ。


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