3. 相続事務手続き:被相続人が蘇生した場合
「ねえ、Yさん。相続手続きの事でちょっと聞きたいんだけど。
もう終わってる相続で、亡くなった人が生き返っちゃった場合、どうしたらいいか分かる?」
ある日の十五時すぎ、支店に戻ってきた渉外担当Mが私にそう尋ねた。
「分からないですね」
「そこをなんとか」
「仕方ないですね。詳しく聞かせてください」
私はどういう状況かよく分からなかったのでMに詳しい話を聞くことにした。
そもそも何がしたいのかも不明である。
生きているのなら相続手続きは発生しないはずなのだが。
「このKさんっていう人ね、十二年前に相続完了しているらしいんだけど、最近生き返ったらしいのよ。
それでこのKさん、勝手に相続手続したことにものすごく怒ってるんだよね」
「亡くなったのがKさんですか?」
「そうだよ。
Kさん、生き返ったら財産残ってないからブチギレてるんだよ。
どうにか取り戻す方法ないか調べてくれない?
時間かかるとは言っといたけど、なる早でお願い!」
「なるほど。
ようは十二年前に完了している相続手続の取消ができるかどうかということですね」
「そゆこと。
あと、Kさん自分がどのくらい財産残していたか覚えてないから当時の取引調べて残高証明書も出しといてくれる?」
「仕方ないですね」
「これ、Kさんの情報ね。じゃ、よろしく」
Mは私に手書きメモのようなものを渡すと外へ出て行ってしまった。
私はそのメモを頼りに、Kの情報がシステムに残っていないか調べてみたが残っていなかった。
そもそもこういった事案はマニュアルにあるだろうか。
私は支店後方にずらりと鎮座しているクソデカ事務ファイルを一冊手に取り、調べてみた。
『被相続人が蘇生した場合』
この項であろう。助かる。
『1.相続手続未済の場合』
『2.相続手続中に蘇生した場合』
『3.相続手続完了後に蘇生した場合』
どうも事務手続きは三つに分岐するらしい。
今回は十二年前に完了しているらしいので完了後に蘇生した場合というのが当てはまるのだろう。
『相続手続完了日より一年以降に蘇生した場合、遡及し取り消すことはできない。』
なるほど。
今回は我々の仕事ではないようだ。
簡単な事である。Mに教えてやろう。
私はこのクソデカ事務ファイルを持ち、外でタバコを吸っているであろうMの元へ行った。
「というわけで取り消しはできないです」
「えー。じゃあ残高証明書は?」
「え?」
「俺、残高証明書も出してって言ったじゃん。最初の死亡日現在でいいから」
「あー、そうでしたね。すみません、失念してました」
「Kさんブチギレてるから、なる早でよろしくね」
「はい」
私は面倒なことになったなと思いながら支店内に戻った。
Kさんの情報はすでにシステム上には無い。
どうやって残高証明書を出せばよいのだろう。
私はまず先輩行員Sに尋ねることにした。
「Sさん、システムに残ってない人の残高証明書の出し方って分かります?」
「あー、さっきM君が言ってた十二年前に亡くなったって人の話?
出すなら手書きするしかないよ」
最悪である。
「どうやって当時の取引とか残高を調べるんですか?」
「いろいろ方法はあるんだけど、Kさんの場合は十二年前に相続してるんでしょ?
当時の相続手続依頼書に取引情報も残高も載ってるはずだよ。
それ書き写して渡せば?」
なるほど、さすがは勤務歴十年以上のベテラン行員なだけある。
頼りになるではないか。
「ありがとうございます」
私は当時の相続手続依頼書を調べてみることにした。
『相続手続依頼書』
『死亡診断書(死体検案書)』
当時の書類にはご丁寧に死亡診断書までついていた。
それによると当時Kは病死したらしい。まあ、どうでもいいことである。
当時の取引もたいしたことはなく、普通預金口座が一通のみであった。
その時の相続人は配偶者と子の二人のようだ。
一般的なよくある相続だったらしい。
私はこの書類を元に、残高証明書を作成することにした。
本来であれば依頼書と手数料が必要なので、それらと引き換えに手渡すことになるだろう。
支店長の印も貰ったので、作った残高証明書はMに渡した。
あとは当時の相続人とKで話し合えばいい。
これで被相続人が蘇生した場合の手続きは完了したとしていいだろう。
そもそも相続案件ですらない。
その日、私は定時退社した。
◇
翌日、昼。事件が起きた。
あの蘇生したKが窓口にやって来たのだ。
窓口にやってきた時点ですでにブチギレていた。
そんなKに捕まったのは先輩行員Sである。かわいそうに。
支店長を呼びに行こうと思ったが、昼休憩により行方不明であった。
ちなみに支店長の携帯電話は支店内にあった。
絶望である。
「……だいたいおかしいだろう!
本人の了承も得ずに勝手に相続やって、本人が自分の預金を返してくれと言ってるのに返せないなんてどういうことだ!?」
Kはそう窓口で怒鳴り散らしていた。
勝手な言い分である。
「はあ、そうなんですね、はあ」
Sは適当な相槌を打っているだけのようだ。
かわいそうではあるが放っておこう。
「お前がYか!?」
しばらくすると、Kがそう大声を上げたので私は驚愕した。
なぜ私の名前が出てきたのか分からない。
よく聞いておけばよかった。
「Yはこの子です」
Sは私を売った。最悪である。
「はあ、私がYですが、どうされました?」
仕方ないのでKの対応をすることにした。
ふと横を見るとSがニヤニヤしている。
「俺の財産がこれだけのわけねーだろ!」
Kは窓口カウンターにくしゃくしゃの紙きれを広げた。
私が作成した残高証明書だった。
なるほど、そこの作成者印を見て私を標的にしたのか。
「こんな手書きの書類に騙されないからな!」
Kは続けた。
手書きなので偽造書類だと思っているようだ。
なら私の隣に押印している支店長にも言え。
しかし、どんなに喚いたところでKの財産は増えないし、元に戻らない。
「この日時点の取引残高はこちらで間違いないです」
「嘘だ! もっとあった!」
「いえ、こちらで間違いないです」
「じゃあどうして残高証明書は出せるのに、俺の預金は戻らないんだ!
おかしいだろう!」
おかしくはない。
「そもそも、お前らが俺に確認せずに勝手に相続やったのが悪い。
お前らのミスだろ!」
勝手だと言うが、このKという男も勝手である。
このKは十二年前に勝手に病死し、勝手に相続され財産を失い、今さら勝手に生き返った男なのだ。
こちらとしては勝手に生き返らないでもらいたい。
だいたいどうやって死亡した人間の意思確認をすればよいのだ。
まあ、もしかすると方法があるのかもしれない。あとで調べてみよう。
「まあ、生き返ったにも関わらず財産が残っていないというのは大変心苦しい事でしょう。
本来であれば相続人さんと話し合って頂きたいのですが、どうにかできないか調べてみますね。座ってお待ちください」
私はKを支店内の椅子に座らせることに成功した。
まあ、どうにもできないことは決まっているのだ。
支店長が戻ってくるまでの時間稼ぎにはなるだろう。
どうせすでにブチギレてるのだから問題あるまい。
私は後方からクソデカ事務ファイルを取り出し、自分のデスクに広げ、別の仕事を開始した。
Kからしてみれば自分のために調べていると思うだろう。
ざまあみろである。
そのうちに支店長が戻って来たので私は対応を変わってもらうことにした。
窓口で対応されると邪魔なので私はKを別室に案内し、支店長とお見合いさせた。
これで一件落着である。
ところが――
「Yさん。取引履歴一年分出せれる?」
別室から出てきた支店長が声を荒げ、私にそう言った。
「え? いつからいつまでですか?」
「Kさんが最初に亡くなる一年前から最初に亡くなる日まで」
「え?」
「Kさんブチギレてるから今すぐお願い」
最悪である。
「あのう、Sさん、分かります……?」
私は隣に座っている先輩行員Sに質問した。
「さすがに私も分からないから調べてきなよ」
そりゃそうである。
仕方なしに私はクソデカ事務ファイルを開いて調べることにした。
『取引履歴照会:三年以上前に遡り照会する場合』
おそらくこの項であろう。助かる。
マニュアルによると、三年以上前の取引履歴照会は支店ではできず、本店から照会をかけてもらう必要があるようだ。
私は本店に電話することにした。
「お疲れ様です。○○支店のYです。
取引歴照会の件なんですけど、十三年前の照会ってできます?
………はい、口座番号は……はい。システムには残って無くて解約済みです。
あー、本人さんは死亡してて、相続により解約済みってことです。
使用目的ですか?
ちょっと分かんないですけど、お客さんが今窓口にいらしてて、
……はい、はい。はい、亡くなった本人が窓口にいるってことです。
そうです、なんか生き返っちゃったみたいで、そういうことです。
発行にどのくらいかかりそうですか?
……そうなんですね。十日から二週間くらいかかるということですね。
はい、あ、ちなみに手数料はどのくらいかかりますか?
……え? はあ、出してみないと分からない?
そうなんですね。はあ、伝えておきます。
あとは何が必要ですか?
依頼書と蘇生日の記載がある戸籍謄本ですね。
はい、分かりました、はい。ではFAXしたら、また電話します」
一件落着である。
どうも取引履歴の作成は本店に丸投げで良さそうだ。
私が電話を終えると、Sが声をかけてきた。
「どうだった?」
「本店で取引履歴の回答書を作ってくれるそうです。
うちは依頼書と蘇生日の記載がある戸籍謄本を貰うだけでいいみたいです」
「そうなんだね。取引履歴照会依頼書出しといてあげたから、支店長にそう言ってきなよ」
「ありがとうございます」
Sは私の電話内容から依頼書を用意してくれたようだ。
助かる。さすがベテランである。
私も彼女を見習うべきだろう。
私は、支店長とKのいる部屋をノックし、依頼書を渡した。
「あと、蘇生日の記載がある戸籍謄本が必要です。
履歴は本店からの取り寄せになるので、十日から二週間ほどかかるみたいです」
「えー! そんなにかかるの!?
ねえ、Kさん、二週間くらいかかるみたいだけど、どうする?」
支店長はKに尋ねた。
「はあ? そんなにかかるの!?
じゃあ仕方ないから奥さんに聞いてくるわ!
まあ、ありがとさん。俺はこれで帰るわ」
Kはいつの間にかクールダウンしていた。
さすが支店長である。頼りになる。
というか初めにご家族の方とやらと話し合ってから来い。
「じゃあYさん、本店にやっぱいいですって断っといて」
「ええ?」
私は仕方なしに再び本店に電話することにした。
ひとまず一件落着である。
そして次に私がこのKの名を見るのは彼の二度目の相続手続きの際であるが、それは面白くもなんともないので割愛する。
本日の窓口営業は終了いたしました。またのご来店をお待ちしております。




