誰にでも ー蘇我三玲ー
※このお話は、誠志朗が知らない、積み重ねた感情のお話です
小学3年生の春、一人の男の子が突然姿を消した。
その男の子の名前は、瀬田誠志朗。教室のなかでドッヂボールを始めるようなハチャメチャな子。
それでも、泣く子が出るようなことは絶対にしない。
弱いものいじめもしない。1人狙いなんて許さない。
そんな、優しい男の子だった。
高校2年生の春、あれからもう7年が経った。
私の記憶から、瀬田誠志朗はもうほぼいなくなっていた。
そんな時だった。
「祭誠志朗です。兵庫から来ました。東京には7年前まで住んでました。あぁ〜、お願いします。」
名字は変わっていた。
背も伸びていた。
暗い子になった。
それでも、私はすぐに分かった。
ー瀬田くんだ…!
だからだろうか、
中学時代に一生懸命勉強して明るくなって、"ギャル"なんて呼ばれてクラスでは目立っていた私が、
暗くてジメッとした男子なんて評判の男の子のところへ向かったのは。
机に手を置く。
目線を下げて、椅子に座る彼と目を合わせる。
そして、また私はすぐに分かった。
ー忘れてんな、これ。
まぁ、私としても去年丸々1年間気づかなかったし、7年も経てばそりゃ忘れる。
ショックはなかった。
まだ、好きではなかったから。
「よろしく。」
私は彼にそれだけ言った。
「あぁ、うん。よろしく。」
やっぱり、忘れていたらしかった。
日々は過ぎて6月。
修学旅行の班を決めた。
なんの因果か。
私は彼と同じ班になった。
そこからだろうか、人生16年間、恋なんてしてこなかった私が、彼を意識し始めたのは。
じっくり見ていると、彼の隠れた優しさに気付かされた。
座っている彼の後ろを通る人がいれば椅子を引く、
すれ違いの時はいつも相手優先。
返却物の手伝いはするし、先生とも仲がいい。
みんなは彼を陰キャだのナメクジだの言うけれど、
周りを見ていないようで、実はちゃんと見ている。
そんな優しさに、私だけが気づいてるようで、心地よかった。
終業式の日に、みんなでボウリングに行った。
私は彼に話しかけた。
「祭くんと話すの初めてかも。」
そんなことない、小学生の時、たくさん話した。
そう言ってほしかったのかもしれないと、今では思う。
「あぁ、そうかも。」
…今度のは、少し響いた。
彼は私のこと、覚えていない。
始業式のときに話しかけたことも、たぶん忘れている。
そのまま、電車の方向が同じだと言って、田沼優羽と話し始めてしまった。
ボウリングのときでも、彼の優しさは際立っていた。
私たちが座れるように荷物の置き場所を変えたり、
ボールの片付け、自分のボールでなくても持っていったり。
そんな優しさが、やっぱり心を暖かくしてくれた。
と、同時に、
私の心はかき乱された。
たまたま電車が同じだったから、彼は優羽とよく話すようになった。
彼女も彼と同じように優しい人で、彼も幾分、彼女には優しいようだった。
夏祭りの日も、二学期の始業式のあとも、彼は優羽と一緒にいた。
それがなんだか、心をきゅっとしめつけた。
多分、あのときにはもう、言い逃れの余地なく、彼を好きだったのだろう。
台風がやって来た。
彼は昔住んでた家に泊めて貰うらしい。
なぜか、彼はこの頃明るくなっていた。
憑き物が取れたみたいに。
なんで?何があったの?
聞きたかった。
でも、聞けない。
彼なら多分、そんなことはしないから。
隠したいことが山ほどあるんだ。
それなら、隠させておこう。
彼はポツリポツリ、私の問いに答えて言葉を重ねていた。
「私、小中ずっとこのあたりなんだよね。」
話すつもりなどなかった。
「君もでしょ?瀬田誠志朗くん?」
少しだけでも、私を見てほしかった。
君が優羽を特別視してることも、私のことをあまり見ていないことも、知ってるよ?
でも、私が君を好きなことを、知ってほしい。
少しでも、意識の隅においてほしい。
彼は驚いたような表情のあとに、苦しそうな顔をした。
ため息と、冷たい声。
あ…。
ーやってしまった。
そう悟るのに時間はいらなかった。
「そっか…。ごめんね。」
何を期待していた?
目眩がした。
もう無理だ。
自分で自分が馬鹿らしくなった。
小学校が同じ男の子と高校で再会して、修学旅行の班も同じで、運命だなんて舞い上がって。
彼に背を向けた。
こんな顔は見せたくなかった。
「蘇我さん、の話は、聞きたい…。」
です…。
と、誠志朗くんは言った。
怒ってなかった…。ホッとした。
と同時に、彼の日頃が脳裏に浮かんだ。
控えめで、でも芯は通ってて、正しくて、優しくて、人を傷つけることを恐れる、そんな人。
ードクン。
胸が高鳴った。
意味のわからない感情が洪水のように溢れてきた。
嬉しい?
そんな安くない。
悲しいの?
もっと違う。
あぁ…。ただ。
君のその優しさを、この肌で感じられたことが、とてつもなく、私を暖かくしてくれたんだ。
「うん!メールする!」
思っていた倍の声量と、倍の笑顔。
雨の気配が近づく空。
私の心は真反対に晴れ渡っていた。




