悪いやつ
花火大会の翌日のバイト。いつも通り16:00に休憩に入る。
が、スタッフルームには白野さんしかいなかった。
「おはようございます。」
挨拶をする。
「おはよう。」
白野さんは初めて会ったときと同じように、スマホから目を離さず返す。
昨日のこと、聞くべきか。
なぜあそこであんな事を言ったのか。
3人で楽しく花火でよかったのではないか。
「昨日はごめんね。」
僕が考えていることを察したのか。
それともそう言おうと決めていたのか。
彼女はスマホを置いて言った。
「…いえ。」
河瀬さんとの間で何があったのかは僕にはわからない。
「凪咲からはなんて聞いた?」
白野さんはそう聞いてきた。
どうする?何も聞いていないと嘘をつくか?
…。
嘘は嫌いだ。
「河瀬さんの彼氏を白野さんが盗ったみたいな。」
しまった。
部外者なのに白野さんが悪者みたいな言い方をしてしまった。
「まぁ、その時の河瀬さんがちょっとやばかったって話も聞きましたけど。」
これでよし。
聞いた話はこれ以上でも以下でもない。
「そっか。」
何か弁明でもあるのかと思ったが、
白野さんはそれだけ言ってスマホを取った。
…第三者に弁明する必要などないか。
僕もカバンからスマホを取り出す。
不意に1つのアプリが目に入る。
インポログラフ。
自分で撮った写真を投稿するだけのアプリ。
河瀬さんは何かあげてるだろうか。
そう思ってアプリを開く。
…あれ。
元々相互フォローしているのは15人程度だったからすぐに分かった。
1人減っている。
…。もしかして。
別のアプリを開き、バイト先のグループチャットを見る。
『河瀬凪咲がグループから退出しました』
最新の通知はそれだけ。
辞めたのか。
バイト。
白野さんはこれをどう思っているんだろう。
不意に、なんだか腹が立った。
昨日のことは、たった1日で、河瀬さんがバイトを辞めるほどのことだったんだ。
それをガッツリ見せて、何の説明もなしか。
河瀬さんも白野さんも、なんなんだ。
「白野さん。」
気づけば、僕は声を出していた。
「ちゃんと教えてくれませんか。何があったのか。」
なんだ…。
その時、初めて気づいた。
僕はまだ、他人に興味があるんだ。
他人の間で起きた、自分には関係のないことでも、
本当のことを知ろうと出来るんだ。
まだ答えは得れていないけれど、少し憑き物が取れたような気分がした。
「長くはならないよ。」
白野さんはスマホを置いて話し始めた。
2人が初めて会ったのは白野さんがこのバイトを始めた時。
その当時白野さんには幼なじみの彼氏がいた。
どういう経緯か。
その存在を知った河瀬さんが彼に言い寄るようになった。
彼も彼で別に河瀬さんと仲良くする気はなく、適当に受け流していたのだそう。
しかし、
GW。
二人でいったデート先に、なぜか河瀬さんが来ていた。
河瀬さんは彼のストーカーをしていたのだ。
デートについて電話で話しているのを外から聞いた。
そして、自分の彼氏を誑かした白野さんにガツンと言いに来た。
そう河瀬さんは言った。
意味がわからず白野さんは黙り込んでしまった。
しかし、彼は毅然とした態度で言った。
「もう二度とかかわらないでほしい。」
紆余曲折はあれど、それから河瀬さんは彼には関わらなくなった。
白野さんとしても、責めれば自分が何をされるかわかったものではなかったので、責めることもせず普通に接していた。
しかし、昨日の花火大会。
河瀬さんはまた彼に手を出した。
昨日あのような態度をとったのは、河瀬さんにきっちりとわからせるためだった。
彼は白野さんの彼氏であると。
そして確かめるためだった。
彼女がどんな反応をするのか。
「まぁ、結果としては私が一番望んでた結果なんだよね。」
白野さんは言った。
僕は何も言えなかった。
「やっぱ、私って悪いやつかな…。」
これにも、何も返せなかった。
ついさっきまでは、そう思っていた。
でも、違う。
この話を聞いて、そう思える人が一体どれだけいるだろう。
「白野さんは…、悪くないと、思います。」
やっと、その言葉が出た。
白野さんは不安そうな目でこちらを見た。
そりゃそうだ。
正しい行為だったとしても、
悪いことはしていないとしても、
自分が何をされるのか、
本当に分からないのだから。
下手したら家にまで押し寄せてくる。
ここに凶器持ってきて暴れてもおかしくない人なんだ。
河瀬さんという人は。
それを僕はさっきまで、可哀想な被害者と思っていた。
…いや、それ自体は、僕にとって悪くはなかった。
人のことを信じていたのだから。
この話も信じて、河瀬さんの話も信じる。
人の数だけ世界はある。
だから、僕は誰の味方にもならない。
多分、
「僕のほうが、悪いやつです。」
僕は言った。
白野さんは、当然、その意味を分かっていなかった。
「なんで?」
そう問う彼女に、僕は何も答えなかった。




