第30話
あれからちゃんと誤解は解けたけど、それでもその誤解が生んだ事象までは取り消せないわけで、しばらくみくるさんの顔をまともに見れそうもなかった。気まずい空気に耐えられず僕は逃げるようにしてその場を離れることにした。
「ふぅ……勘違いしちゃいけない。みくるさんが好意を抱いているのは僕であって僕じゃないんだから」
僕も冷静にならなきゃだ。 みくるさんのことはきっと麗華様がフォローしてくれているはず……してくれてるよね?
* * *
麗華様とみくるさんとの間でどういう話し合いがあったのかは分からないけど、僕が麗華様のところに戻るや否や「今日一日だけ飛鳥をみくるに貸すことにしたから」と告げられた。僕の知らないところで僕の貸し借りが行われている……! しかし僕としてもみくるさんと気まずいままではいられないので荒療治もやむなしだ。
そんなわけで学校が終わってから僕はみくるさんの部屋にいる。みくるさんの部屋で2人きり、何も起きないはずもなく……。
「あすあすと一緒にホラゲー配信していくよ〜! 今日はこれクリアするまで寝ないから!」
配信することになった。生配信を事前に告知していたのか、18時の配信開始の時点ですでに100人以上が待機している。相変わらず凄いな。
「というか、僕そんな耐久配信するなんて聞いてないんですけど」
「言ってなかったからね〜」
答えになってない! てっきり前みたいにちょっとゲームするだけで終わると思ってたのに。
『鬼畜すぎて草』
『ホイ卒に報連相は難しいから仕方ない』
『これは流石にあすあす可哀想』
『文句を言いつつなんだかんだ付き合うあすあすてぇてぇ』
視聴者さんからのコメントも辛辣だ。僕に同情してくれる声も多く、視聴者さんはだいたい僕の味方をしてくれそうだった。
「んー。じゃあ配信やめた方がいい?」
『あ、すんません』
『すまん、あすあす。人柱になってくれ』
『生あすあすをありがとうな。初穂料¥5000』
たったの3秒で僕の味方いなくなったんだけど。早すぎていつ手のひらを返したのかも分からなかったよ。
「ちなみに明日も学校あるんですけど……」
「クリアの目安時間は8時間って書いてあったから多分大丈夫!」
「みくるちゃん、ちゃんと計算してくださいね。今は18時です。8時間経つと深夜の2時です』
学園祭の準備期間とはいえ午前は授業あるんですよ。だから普通こういうのは週末にやらないと、視聴者さんも明日大変ですし。
『26時? 普通じゃないか?』
『それよりみくるちゃん呼びでわろてまうwww』
『これが噂のビジネス百合営業ですか』
『問題のシーンのやつ』
『100回は見た』
ダメだ、ここには訓練された視聴者しかいない。
「それにクリアして終わりじゃないですからね。ゲームの感想を語る時間とか、みなさんに挨拶とかも必要ですよ」
「はっ! たしかに!」
まぁこの思い切りの良さがみくるさんの良いところでもあるんだけどね。それにライバルが少ない平日に同接の強いみくるさんが耐久配信をすれば、注目度の高いチャンネルとシステムに評価されてみくるさんを知らないユーザーのおすすめにも表示されやすくなるという強みもある。
『何で素人のあすあすの方が配信に詳しいんだよw』
『A.そのあたり適当にやってるから』
『いつも楽しかったーで終わりよ』
ゆるいなぁ。でもそうか、みくるさんはキャラクター的にそれが許されるというか、それも正解なのか。
「じゃあ時間もないことだし早速やっていこー!」
今回みくるさんが用意していたホラーゲームは映画にもなった有名タイトル『ニューロハザードシリーズ』の最新作だった。ホラーゲームというと敵に対して反撃する手段がなく逃げるか隠れるかでやり過ごす脱出タイプのものもあるが、このシリーズは銃やナイフのようなアクション要素が万歳で最終的にはボスを倒してクリアというのが通例になっている。
ニューゲームでスタートをすると、操作説明を兼ねたチュートリアルが始まる。今回のシリーズはあるタックスヘイブン島が舞台で、そこでAI製薬会社が秘密裏に開発していた生物凶暴化ウイルスによるパンデミックが発生したという設定だった。主人公の目的はこのパンデミックが世界中に拡散しないよう研究施設を破壊し、感染生物が島から出ないように掃討するというものだった。
『ALSやMSAの治療薬を開発して急成長した製薬会社よね?』
ゲーム内では主人公の相棒と思われる女性キャラクターがストーリーを話している。すると、隣にいたみくるさんがつんつんと肘をつついてきた。
「お薬ってAIで作れるのかな?」
「うーん、まぁ話すと長くなるんですけど、AI製薬は難病や希少疾患のようなデータの少ない新薬の開発という分野で革新を起こすと言われていますね。タンパク質構造の解析力が段違いなので、薬の作用の予測が立てられるという強みがあるんです。データの収集や解析も人よりも圧倒的に速いので、従来のやり方だと新薬の開発となると10年20年と時間がかかってしまっていたのが5年程度まで高速化すると言われています。ただやっぱり完全自動化というのは難しく、実際にはAIと一緒に研究しているという段階ですね」
「流石あすあす……!」
『これ本日のさすあす』
『ワイらのホイ卒がメスの顔しとる……』
『え、最近の学生さんってみんなこんな賢いの?』
『あすあすは外れ値』
『情報へのアクセスが簡単になったのもあるんやろうけど、ワイらの時の賢いとはまた毛色が違うんよな』
「多少アンテナを張ってるところはありますね。インターネットが普及して時代が変わったように、AIの普及もまた時代の転換点になると僕は思いますよ」
『あすあすインターネット普及前知らないだろ!』
『正体現したね。¥3000』
『ほんとは20代後半だろ!』
ちょっ、年齢偽装してないから! 性別偽装はしてるけど……。
「AIが次の時代のトレンドになると思っててちょっと調べてるだけですから!」
だってもう自動運転もすぐそこだし、医療現場における画像診断、工場の自動化、自動トレード、文書の要約や作成、あらゆる業界でAIが参入してきているんだから。逆に、従来SaaSなんて呼ばれていたサービスはAI一つで代替できるようになってしまい、『SaaSの死』なんてワードは度々聞かれるようになった。
「インターネットが当たり前に普及してから産まれた世代をデジタルネイティブなんて言ったりしますけど、AIが当たり前に普及してから産まれた世代はAIネイティブなんて呼ばれたりするんでしょうね」
『まぁワイらが若手の時はエクセル使えないおっさん社員にイライラしたもんやが、今度はAI使えないワイらにイライラする若手がやってくるんやろうな……』
『↑生産性低いから解雇やで』
『悲しいなぁ……』
『自分はプログラムとかAIに丸投げしてる。メールとかも自動応答。マジで楽や』
なんかこう言ったら失礼だけど、みくるさんの視聴者さんもちゃんと社会人やってるんだなぁ。 みくるさんと煽り合いとかしてる姿からは想像できないや。
「……ってこんな話してたらいつまで経っても終わらないのでゲームを進めますよ!」




