表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五代記  作者: なっかー
第一部――2章   家
20/28

第十三話 幻

第四話くらいの長さです。


 京に戻る際に堺で購入した馬に揺られながら京につくと、騒々しかった。

 何事かと思い、音のする方から走って来た女に聞くと、彼女は北大路烏丸で軍勢の衝突があったと教えてくれた。

 戦禍に巻き込まれるのは御免被りたいので、下京の方に泊まることにした。


 その翌日、医者との待ち合わせをしているところに行くと、彼はもう既に来ていた。


「本当に京を去っても良いのか」

 試しに聞いてみたところ、こう返された。

「京は最早京ではありません。今の京はそれ程です」


 彼の横には、彼の奥方と思しき女性と、二人の子がいた。彼らにも聞いてみると、同じであると言っていた。

 かくして共に帰ることになったのだったが、ここで一つ、重大な事件が発生した。


「馬は飛ばせないか……」


 当初は三人しかいない予定だったので、当然、馬は三頭しかない。つまり、馬の力を借りて行きよりも高速で帰るということができなくなってしまった。

 そもそも一家は馬に乗れない。



 ――結局、来た時よりも長い時間をかけて帰ることになったが、その分、親交を深められたので良かった。

 途中、普段から鍛えていることの重要性とありがたさに気づかされた。件の一家は、山越えが特に困難を極めたので、かなりの時間がかかった。




 それからまた進み続け、倶利伽羅を超え、それから更に数日して、小高い丘の麓まで来た。


「遂にここまで来たか」


 胸の奥から、何か熱いものがこみあげてくる。

 京は最早あの懐かしき故郷ではなかった。

 荒れた京を見て、それを痛感した。


 そして、帰ってくるべき場所はこの先、峠の向こうに確かにあるのだと思うと、無性に嬉しくなる。

 ここ最近聞いていないあの声色。当たり前のように感じていたあの食事の匂い。そして……


 いや、もう待てなくなった。目の前にいるのだ。もういいだろう。


「忠師、直師」

「はっ」

「はい」

 呼ばれた二人は呼びかけに答えた。


「後のこと、宜しく頼む。日の暮れるまでには着くであろう」

 それだけ言い残すと、困惑している二人を尻目に、乗っている馬を一気に加速させる。


 目の前にある丘は、それほど高くない上に傾斜がなだらかなところがある。

 そのため、馬はあっという間に加速し、峠の向こうが見えた。

 一つの家に狙いを定め、最短距離で行けるよう、馬の向きを変える。

 そのまま更に加速し、あっという間に距離を詰める。

 ただ一目散に馬を駆った。

 間もなく、ここ半年ほどで見慣れた村に高速で突入した。

 そして家の前で馬を止めた。


 家は見るも無残な姿と成り果て…………





















 てはいなかった。その代わり、お京が目と鼻の先、手を伸ばせば届くところにいた。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさいませ」


 徐に近づき手を伸ばすと、お京との丁度中間で懐かしい感触に触れた。



 * * * * * * * * * * 



 あの御方が帰って来たとき、まずはゆっくりと休んでもらえるようにしよう。

 そう決心したのは、彼が発つ朝のことだった。


 それから、色々と動き回った。

 何やら喜代がとても微笑ましそうな顔をしているのだけれど、何故かしら。


「姫様。あまり動き過ぎてもお体に悪いですよ」


 喜代はやはり生粋の都人だと思う。

 恐らく、はしたない、とでも思っているのだろう。

 しかし、続く言葉によって己の感覚のずれを悟る。


「いつにも増して、さらに言えば京におられた頃より一段とお綺麗ですよ」


 そう言われてしまっては、体の変化を止めることが叶わなくなった。

 耳の先まで朱に染まっているのは自分でもわかる。

 しかしそれでも今していることの手は止めない。


 寸法は間違いない。あの感覚があれば、狂うことはない。

 私は今、村長として良さそうな服や農作業に向いていそうな服を数多く作っている。

 きっと彼ならば喜んでくれるだろう。

 また嬉しくなって一段と集中してくる。

 今作っているのは、将来、武家の者たちと会うときに着てほしいものだから、あまり別のことは考えて失敗してはいけない。集中しなければ。


「喜代、夕餉の支度を頼みます」

 手を止めずに彼女に指示を出すと、気兼ねなく作業ができるようになった。

 とはいえ、そろそろ帰ってきてほしい。

 流石に心配になってきた。

 特に、都での大乱に巻き込まれていないか、亡き義母上のように流れ矢が飛んできてないか。

 そうだ。こうしよう。

 帰ってきたら、三日はすべてを喜代に丸投げしよう。

 そして、そして……




「――ま。……姫様。……京様」

 喜代の声に気付いて辺りを見回すと、かなり明るかった。

「もう朝ですよ」

 俄かには信じられないが、喜代の言うことを裏付けるように、いい香りが漂ってきている。

 これを逃すなどあり得ない。

 作ってから時間が経っているだろうけど、せめてまだ温かいことを祈ろう。



 * * * * * * * * * * 



 ある日、扉が叩かれる音が聞こえた。

 来客は、普段は喜代が対応している。


「どちら様でしょう」

「俺だ。長にでも聞けばわかるだろう」

「名乗られては如何かと」


 喜代の声に少しだけ警戒心が滲み出ている。

 彼は危ない男ではない。ここは恩を売っておこう。

 私が二人のところへ向かっている間も問答は続いていた。


「嘉兵衛だ」

「はて、どなた様でしょう」


 懸念していた通りだった。

 喜代はこちらにはまだ来たばかりで、この村の人間には明るくない。


「その者は怪しいものではありません。彼は旦那様のよき友です」


 いきなり現れた私に喜代は少し驚いていたけど、赦してほしい。喜代のあの指摘とおあいこでいいでしょう。


「それでご用件は何でしょう」

 凛とした雰囲気を意識して訊いてみる。


「はっ、はい。長さんにお話ししたいことがありまして、それで……」

「それで?」

「長さんに会いたいな、と……」

「残念ですが、主人は只今家を空けております」

「いつ頃帰ってきますかね」

「わかりません」

「それは危険な臭いがしますけど」


「失礼でしょう」

 喜代が咄嗟に会話を止める。

 彼が時折不遜なことを言うのは仕方のないことのような気がする。彼や長老を含め、私たちの身の上は一人にも明かしていない。

 除け者、落胤、はぐれ者……何かはわからないが、私たちには「高貴」な血が流れていることに変わりはない。

 それ故に、変に明かして狙われでもしたら……いや、狙われたことがあるから、数名は把握しているようなので気をつけなければならないのは確かだ。


 それにしても、あの襲撃者はお粗末だった。

 あれしきの脅しに屈して、雇い主のことを吐いてしまうなんて、オオカシラとやらも真っ青だろう。


 閑話休題。

 彼の言う危険、とはどちらの意味だろうか。

 あの御方が危険に晒されているということか、それとも…………………………いや、あの人に限ってそれはない。


「あの男の言うことなんて真に受けてはいけませんよ。何かあれば姫様の旦那様は私が叩きのめして差し上げましょう」

 嘉兵衛を未だに信用していない喜代は後者を想像したらしい。

「そんなことはないですから、安心なさい」


「ところで」

 空気を読んだ嘉兵衛が話題を転換してくれる。

「奥様は、いいご身分なのでしょうか」

 喜代が身構えるのを尻目に、言葉の真意を尋ねてみる。


「そりゃあ、その横にいる奴が従者のようですし」

「他意はない、ということですね」

「ええ」

「まあ、そこは秘密ということでお願いします」

「わかりました。では、また後日伺います」

 本当に彼は、話の分かるいい男のようで良かった。




 今日も良い日だった。彼が帰ったあと、そう思ってくつろいでいると、西の方から轟音が聞こえてきた。

 半ば規則的に聞こえるこの音は、どこかで聞いた記憶がある。


 その次の瞬間、私は家の前に飛び出した。

 音のする方を見遣ると見えたその姿が、私の勘の正しさを証明してくれた。

 音の出どころ――一匹の馬は、寸分狂わず私の正面に止まった。

 そして待ち人が、馬から降って来た。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさいませ」


 私は喜びが限度を超えてどうしようもなくなり、彼の頬に手をそっと添えようとした。


 ――でも、私の手は、彼の頬に触れることはなかった。同じことを考えた旦那様の手とぶつかったのだから。


「喜代! 旦那様が戻られたわ。暫くの間、家のことは宜しくね」


 馬を必死に駆ったせいで疲れ果てた愛しき人を連れて、家に戻った。



 * * * * * * * * * * 



 意識が遠い。

 ここは、一体どこだろうか。

 まどろみの中のような、少し温かい感覚がする。


 そこに現れたのは、どこかで感じたことのある雰囲気のある青年だった。どこからか、お京の雰囲気も感じられる。

 その彼に向って私は一人、首を縦に振る。

 それを合図に、その青年と十騎ほどが最も混戦となっている戦場に突撃する。

 彼が名乗りを上げると、周りから敵が集まって来た。

 気が付くと私は、泣き叫んでいた。

 私も突撃しようとしたが、周りにいる者たちに止められる。

 結局その青年は、変わり果てた姿で帰還した。



==========



 跳ね起きると、辺りは暗かった。

「夢か……」

 先ほどまで見ていた夢が信じられなくて、夢は夢と割り切る。


 床と壁を手で探りながら、明かりのあるところまで動く。

 明かりをつけ、お京の鏡で己の顔を見てみると、悪寒の正体がわかった。


 ――夢の中の青年は、他ならぬ自分自身に似ていた。


 明かりを消して床に戻ると、今度はお京が跳ね起きるのが見えた。

 顔に血の気がない。


「どうした」

「少し悪い夢を見てしまったみたいなの」

「そうか。同じだ」


 何が同じなのかは言わない。きっと似たような夢を見たのだろう。正夢にならないように気をつけなければいけない。


「その様子では、暫く寝付くことはできまい。起きて、また昔語りをしよう」



 ――不穏な、新月の夜は、こうして過ぎていった。


 第一部並びに第二章の本編はここまでです。三月からは、第二部三章が始まる予定です。

 それまで、ヨーロッパ編、中華編をそれぞれ一話か二話、そしてオススメしていただいた人物紹介を上げます。また、第一部の改稿もボチボチとやっていきます。たぶん、大きく変わった話には「(改)」をつけると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ