何でもできる手なし、足なし
ハルが優利恵座に来て半年ほど経った頃。
座員たちは、
奇妙なことに気づき始めた。
「……あれ?」
片目の歌手が目を丸くする。
「衣装、
誰が直したの?」
破れていた舞台衣装が、
驚くほど丁寧に縫われていた。
細かい刺繍まで入っている。
しかも糸の始末が異常に綺麗だった。
裏方たちが首を傾げる中、
隅でハルが小さく縮こまっていた。
「……ごめんなさい。
勝手に触りました……」
優利恵は驚いた。
「ハルがやったの?」
ハルは怯えながら頷く。
残った短い腕。
わずかに動く指先。
普通なら、
針を持つこと自体難しい。
だがハルは、
身体を固定し、
器用に口と指を使って縫っていた。
しかも速い。
さらに数日後。
厨房で騒ぎになった。
「誰だこのスープ作ったの!?」
ロイが叫ぶ。
やたら美味い。
しかも大量。
見ると、
低い台の上でハルが鍋をかき混ぜていた。
短い脚で身体を支え、
残った腕で器用に包丁を使っている。
優利恵は呆然とした。
「……料理できるの?」
ハルは戸惑った顔をした。
「え……
普通はやりますよね……?」
その“普通”が、
座員たちには衝撃だった。
さらに。
ハルは文字も読めた。
しかもかなり綺麗な字を書く。
帳簿補助まで始めた。
優利恵は、
ある夜ようやく聞いた。
「……村で習ったの?」
ハルは静かに頷いた。
「あそこ、
変な村だったけど……
家の中だけは厳しかった」
火の扱い。
料理。
裁縫。
読書。
計算。
「“一人でも生きられるように”
って」
ハルは少し考える。
「でも、
外へ出さないためでもありました」
優利恵は黙った。
保護でもあり、
支配でもある。
その複雑さが分かった。
ハルは続けた。
「身体がこうだから、
普通よりもっと覚えろって」
最初は泣きながら練習した。
針を落とす。
鍋を倒す。
文字を書くのに何倍も時間がかかる。
だが村では、
出来なければ価値が無い。
だから必死で覚えた。
優利恵は、
胸の奥が少し痛んだ。
“能力”の裏にあるものが、
見えてしまったからだ。
ある日。
若い座員が、
悪気なく言った。
「ハルって凄いよな!
普通の人より何でも出来る!」
するとハルは、
一瞬だけ固まった。
その顔を、
優利恵は見逃さなかった。
夜。
優利恵はそっと聞く。
「褒められるの苦手?」
ハルは小さく笑った。
「……昔、
出来る時だけ優しかったから」
出来れば褒められる。
失敗すれば価値が消える。
その世界で育った。
だから今でも、
何か出来ないと不安になる。
優利恵は静かに頷いた。
分かり過ぎるほど分かった。
彼女も昔、
笑えない日は存在価値が消えた。
だから言った。
「ハル。
出来ることは才能だけど、
居ていい理由にはしなくていい」
ハルは意味が分からない顔をした。
優利恵は続ける。
「役に立つから居ていい、
だけで生きるとね」
彼女は少し苦笑した。
「いつか壊れる」
部屋は静かだった。
遠くで劇場の笑い声が響く。
ハルは長い間、
何も言わなかった。
やがて小さく呟く。
「……まだ、
よく分からない」
「うん。
すぐ分からなくていい」
優利恵は温かい茶を置いた。
「でも、
ここでは失敗しても追い出さない」
ハルは、
その言葉をじっと聞いていた。
多分、
まだ半分も信じられていない。
けれど少しずつ、
身体の震えは減っていた。
後に王都では、
ハルの存在が静かな話題になった。
“あの身体で裁縫も料理もする芸人”
貴族の婦人たちが、
刺繍を教わりに来ることすらあった。
だが優利恵座の者たちは知っていた。
ハルが本当に欲しかったのは、
賞賛ではない。
「何も出来ない日でも、
ここに居ていい」
その感覚だったのだと。




