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最低維持保証制度が始まって三年。

最低維持保証制度が始まって三年。


王都ドリトルの空気は、

少しずつ変わっていた。


まず、

芸人の“寿命”が伸びた。


以前は二十代後半で壊れる者が多かった。


酒。

暴力。

過労。

借金。


心を壊し、

姿を消す。


それが当たり前だった。


だが今は違う。


三十代の芸人が新人を教え、

四十代が演出を担当し、

五十代が裏方を支える。


“続けられる職業”へ変わり始めていた。


優利恵は、

その変化を見るたび不思議な気持ちになった。


昔の自分には、

未来という概念が薄かった。


明日食えるか。


今日殴られないか。


それだけだった。


だから今、

十年後を考えている自分が

時々信じられなかった。


ある夜。


劇場の二階席で、

王クラークと優利恵は

舞台を見ていた。


新人芸人たちが失敗しながら、

必死にコントをしている。


客席は温かく笑っていた。


優利恵が小さく言う。


「昔なら、

 あの子たち潰れてましたね」


王は頷く。


「観客も変わった」


以前の王都は、

“失敗した者を叩く娯楽”

が強かった。


だが優利恵座の影響で、

少しずつ空気が変わっていた。


挑戦を笑うのではなく、

挑戦そのものを拍手する。


完璧ではなく、

誠実さを見る。


それは劇場から、

酒場へ、

学校へ、

職場へ、

ゆっくり広がっていた。


優利恵はぽつりと言った。


「……信じられない」


「何がだ」


「昔、

 私は“世界は敵だ”と思ってました」


彼女は舞台を見る。


「でも、

 少しずつ変わるんですね」


王は静かに答えた。


「変わる」


短い言葉。


「ただし、

 誰かが壊れながら支え続けると、

 変化は長続きしない」


その言葉に、

優利恵はハッとした。


昔の自分なら、

全部背負っていた。


全員を救おうとした。


全部に応えようとした。


だが今は違う。


支える側も、

休み、

守られ、

継続できなければならない。


だから最近の優利恵座では、

“座長強制休暇”が存在していた。


最初に導入された時、

優利恵は本気で抵抗した。


「仕事あるから!」


するとロイが真顔で言った。


「座長が倒れた方が損害デカいです」


片目の歌手も頷いた。


「昔の座長に戻るの嫌です」


結局、

無理やり休まされた。


最初は落ち着かなかった。


だが数日後、

優利恵は気づいた。


“休んでも世界は壊れない”


それは彼女にとって、

革命的な感覚だった。


売られ、

使い潰され、

代わりがいる世界で生きた人間には、

理解しづらい感覚だった。


だから少し泣いた。


安心して。


その頃、

王国では別の変化も起きていた。


芸人だけでなく、

職人組合や教師組合も、

最低維持制度を求め始めたのだ。


「継続可能性」


という言葉が、

官僚の間で流行し始めていた。


短期利益だけでは、

社会全体が壊れる。


王クラークは、

静かにそれを推進した。


もちろん反発もある。


「甘えだ」

「昔はもっと厳しかった」


そう言う者もいる。


だが王は理解していた。


昔は厳しかったのではない。


壊れても放置されていただけだ。


その夜。


優利恵は礼拝堂へ向かった。


昔から通う、

小さな場所。


老神官は、

白髪がかなり増えていた。


優利恵は静かに言った。


「最近、

 幸せな時ほど怖いんです」


神官は頷く。


「失う恐怖ですね」


「はい」


彼女は苦笑する。


「昔は不幸が普通だったから、

 覚悟できてた」


今は違う。


大切な仲間がいる。


居場所がある。


守りたいものが増えた。


だから怖い。


神官は静かに言った。


「それは健全です」


優利恵は顔を上げる。


「人は、

 大切なものができるほど弱くなる。

 ですが同時に、

 初めて本当に強くもなる」


礼拝堂の蝋燭が揺れた。


優利恵は、

その光をぼんやり見つめた。


昔は、

生き残るだけだった。


今は違う。


“どう生き続けるか”

を考えている。


人格の成長とは、

特別な力ではないのかもしれない。


壊れた自分を理解し、

現実を学び、

少しずつ他人と繋がり直していくこと。


その積み重ねなのだと、

優利恵はようやく分かり始めていた。


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