義手と義足芸人
その男が優利恵座へ来た時、
誰もが目を逸らした。
右腕は肘から先が義手。
左脚は膝下が義足。
古びた外套を羽織り、
大きな荷物を背負っていた。
雨の日だった。
劇場の裏口で、
男は静かに言った。
「芸人を……募集してるって聞いて」
受付係は困った。
大道芸は体力がいる。
踊りも、軽業も必要だ。
まして優利恵座は、
最近人気が出て競争も激しかった。
そこへ優利恵本人が現れた。
「名前は?」
「ロイ」
「芸は?」
男は少し黙り、
義手を見せた。
「失敗芸です」
周囲が変な顔をした。
その時。
ロイは突然、
義手を外した。
スポン、と気の抜ける音。
そして真顔で言った。
「いやー!
最近肩こりが酷くて!」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、
裏方の老人が吹き出した。
ロイは続ける。
義手をテーブルに立て、
指だけで歩かせる。
義足を外して椅子に座り、
「今日は脚が帰りたくないそうです」
と真面目な顔で言う。
皆が笑った。
だがその笑いは、
いつもの嘲笑ではなかった。
驚きと、
安心と、
“笑っていいんだ”という笑いだった。
優利恵だけは、
じっとロイを見ていた。
芸が終わると聞いた。
「戦争?」
ロイは頷いた。
北方国境戦線。
砲撃で失ったという。
「最初は隠してたんです。
でも、隠すほど客が怖がる」
彼は苦笑した。
「だから逆に、
先に笑いに変えた」
優利恵は静かに言った。
「……強いね」
ロイは首を振った。
「違いますよ。
笑いにしないと、
自分で見ても辛かっただけです」
その言葉に、
優利恵は少しだけ昔の自分を思い出した。
“先に笑うしかなかった人間”。
その夜。
優利恵は座員たちへ告げた。
「ロイを採用します」
若手が慌てた。
「でも舞台事故とか……」
すると優利恵は言った。
「この劇場は、
“普通じゃなくなった人間”を
追い出さないために作ったの」
誰も反論できなかった。
ロイは人気者になった。
義手でジャグリング。
義足でタップダンス。
時々、足が外れて観客が悲鳴を上げる。
するとロイは言う。
「安心してください!
予備があります!」
客席は爆笑。
特に戦争帰りの兵士たちが、
涙を流して笑った。
「生き残ってもいいんだな」
そう呟く者もいた。
やがて優利恵座では、
怪我人や病人の採用が増えた。
片目の歌手。
火傷跡のある奇術師。
震えが止まらない元兵士の語り部。
失敗しても、
見た目が違っても、
そこに居場所があった。
王クラークもその舞台を見に来た。
ロイが義手を客席へ投げ、
慌てて取りに行く芸で大爆笑が起きる。
王は涙が出るほど笑った。
そして終演後、
ぽつりと言った。
「優利恵座は不思議だな」
優利恵は笑った。
「欠けた人間が、
欠けたまま立てる場所ですから」
王は静かに頷いた。
ドリトルの冬は寒かった。
だがその劇場だけは、
いつも灯りと笑い声が絶えなかった。




