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地底の未来  作者: Spumante Rock


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第21話  ― 影の同胞 ― 真実の選択

いつも読んでいただきありがとうございます。

鎌倉の古い街並みを抜けると、

夕暮れの海風が梓の頬をやわらかく撫でた。


香坂と迅は討論会の段取りを巡り、

いつものように熱く意見をぶつけ合っている。


だが梓の心は、ふたりから少し離れたところにあった。


胸の奥がざわつく…

理由はわからない。


ただ、空気の密度が変わるのを感じた。

確信に近い直感。


(……何か来る)

その瞬間だった。


「君……“梓”だろう?」

背後から聞こえた声は、柔らかいのに底が見えない。


梓はゆっくりと振り返る。

夕陽を背に、ひとりの青年が立っていた。


二十代後半ほど。黒髪で整った顔立ち。

微笑んでいるのに、目だけはまったく笑っていない。


その気配を、梓は知っていた。

人間ではない…


同族の匂い。

レプテリアン。

「……あなた、誰?」

青年は首を傾げ、軽く笑う。

「“れん”って名乗ってる。普段はね」

名乗っている。


つまり、それは本来の名ではない。

梓の奥底で、古い記憶が震えた。


(……エリドゥ? それとも……)

蓮は砂を踏みながら近づいてくる。


不用心を装いながら、

その歩き方には“本能を隠す者”の油断のなさがあった。


「安心していい。僕は敵じゃないから、

 ただ……君に会いたかった」


「どうして?」

蓮はわずかに視線をそらし、夕陽に染まる海面を見つめる。


「だって――君、珍しいんだ。

 こんなに“人間に依存する”同族なんて、そうはいない」


梓の眉がぴくりと動く。

「私を……観察しに来たの?」

「観察……まあ、それもある。

 でもね、単純な興味って方が近い。君が迷ってるから…」


心臓が跳ねた。

図星だった。


梓は自分の胸の奥にある二つの声を、ずっと両立できずにいた。


人間として生きたいという願い。

レプテリアンとして刻まれた、本能と義務。


蓮の声は、それをすべて見抜いていた。

「ねぇ梓…君は、どちらに立つつもり?

 人間の側? それとも、僕たちの側?」

軽い調子の問いなのに、その裏には重力のような圧があった。


梓は唇を噛む。

「私は……迅くんや香坂さんを守りたい。

 その気持ちは本物、それ以外の方法が見えなくても……私は……」


蓮はやわらかく笑った。


人間には優しく見える笑顔。

けれど梓には、同族の“警告の笑み”に見えた。

「君は甘いよ、人間は君を守らないよ、

 片山洋介の計画が成功すれば、真っ先に狙われるのは“異物”である君だ」


「違う……! あの人たちは……!」


「君だってしっているだろう、我々と人間と呼ばれる者の違いを。」


梓は言葉を失った。

蓮は一歩踏み込み、囁く。

「僕たちはね……君を正に来たんだ…

 “プロジェクト・エリドゥ”の意向で。」


梓の心が凍りついた。


エリドゥ・・・


橘国政を縛りつけている、あの組織。

梓は数歩後ろへ下がり、蓮を睨む。


「私は……少しずつ思い出してる。

 ねえ蓮。シュメールは、何故滅びたと思う?」


蓮は深いため息を落とした。

「昔も今も変わらない。

 一部の特権階級が、国民を犠牲にして生き残った。

 “正義”は他人の視点から見れば“悪”だ。

 そしてシュメールはも、同族同士の戦争で全てを失った。

 失われた肉体を取り戻すために、多くの意識体を拘束し、

 記憶をリセットし、長い生命進化に費やしてきた……」


梓は静かに口を開く。

「シュメール文明で意識体として残っているのは、一万体ほど。

 でも今現在、人間として暮らしている――

 “囚人として記憶を消された意識体”は、82億人」


蓮が目を伏せる。梓は続けた。

「じゃあ、この人たちは私たちと何が違うの……?

 傲慢、強欲、色欲、嫉妬、暴食、憤怒、怠惰。

 人間が名付けた“七つの大罪”

 でもこれは“昔から変わらない自然な感情”…差は無いわ」


差があったとすれば、環境よね?

管理者だっただけ、非管理者は全員犠牲になった。


海風が二人の間を抜ける。

「その犠牲者達の記憶を消して、平和を取り戻す

 それが、プロジェクト・エリドゥ」


蓮は目を閉じた。

梓はようやく理解した、、


蓮は敵でも味方でもない。

彼はただ、自分の“本来の世界”を知っている存在だった。


蓮は梓の横をすり抜け、海へ続く石段の上に向かって通り過ぎた、


「討論会の日、僕はまた来る。

 君の答えを聞くために」


振り返らずに言った声は、拒絶を許さない静けさをまとっていた。

「……それまでに決めておいて。

 君が “何者として” 行動するのかを」


夕日の中を去っていく蓮の姿は、

ゆっくりと影と同化するように消えていった。


梓はその場に立ち尽くし、震える指で胸元を押さえた。

人間としての自分、レプテリアンとしての自分…


失われた桧山あかりの記憶。

そして迅の存在。


すべてが混じりあい、未来の形を揺らしていく。

梓はまだ、自分が立つべき場所を答えられない。

海風の中でそっと、自分の肩を抱いた。


蓮が去ったあと、梓はしばらく砂浜に立ち尽くしていた。


胸の奥では、熱いものと冷たいものがせめぎ合い、

世界の色がわずかに滲んで見えた。


(……どうして、私はこんなに揺れてるの?)


蓮…

同族であり、掟を教えてくれた存在。

エリドゥへ戻れという彼の言葉は、

“生き方そのもの”を揺さぶるものだった。


少し離れた場所から、走ってくる足音が聞こえた。

「梓! どこに行ってたんだよ!」


振り返ると、迅が息を弾ませてこちらに来ていた。

汗ばんだ額。


心配で強張った表情。


こんなにも誰かが自分を探してくれるのは、

“人間界”に来て初めてだった。


「ごめん、迅くん。少し海を見てただけ」

迅は安堵したように息をつきながら、不満げに言う。


「こんな時にひとりで離れるなよ、香坂さんも心配してたんだから」


梓は曖昧に笑う。

迅は気づいていた。

梓の表情が、いつものそれではないことに。

「なぁ……何かあった?さっきから様子が変だ」

梓の胸が締め付けられる。


“言えない”。

言ってしまえば、迅はきっと迷う。


恐れる


それを望んでいないのは、梓自身だった。

だから、静かに答えた。


「……ちょっと、昔のことを思い出してたの」

迅は驚いたように眉を上げる。


「梓が“昔”の話なんて珍しいな」


「うん。小さい頃に会った人のこと……かな。

 私が、どう生きるべきかって……言ってくれた人」


蓮のことは言えない。


迅はしばらく考えたあと、

遠くの海へ視線を移した。


「……梓はさ、何か背負ってるよな。

 俺たちには見えないものを」

梓の心が強く揺れた。


(迅くん……あなたは、本当に気づいていないの?

 私は人間じゃないのに……)


それでも、彼は続けた。

「無理して笑うなよ。

 俺でよければ話聞くし……助けたい」


“助けたい”。

その言葉が意外で、梓の胸に熱が灯った。

蓮には理解されなかった感情。


だが、迅は自然に言ってくれる。

(これが、私が人間の世界に惹かれた理由……)

梓の中で答えがひとつ浮かび上がる。


私は、迅くんのそばで生きたい。


誰かのために生きたい。


蓮とは違う道を。

掟と罪を知りながら、それでも。


「おーい、お前ら。戻るぞ」

香坂が声をかけてくる。


いつもの飄々とした顔ではなく、緊張が走っている。

「あんまりいい空気じゃねぇ…SNSが妙に静かだ。

 国全体が “待ってる” 感じがする」


「討論会……ですよね?」

梓の問いに、香坂は頷く。


「片山の “告発” が本物かどうか。

 国民が息を潜めてんだ」

迅が震える声で言う。


「片山さん……本当に大丈夫なんでしょうか」

香坂はノートPCを閉じて言った。


「もう後戻りはできねぇ。

 橘側が何か仕掛けてくるのは確実だ、覚悟しておけ」

梓の肌が粟立つ。


蓮が言った言葉が脳裏に響く。

“討論会の日、僕は迎えに来るよ…梓は人間の側に立つべきじゃない。”

(私は……どうすればいいの)

香坂がふと、梓を見つめた。


「梓……何か知ってるような顔してんな、本当に大丈夫か?」

梓の喉がきゅっと締まる。


迅が庇うように言った。

「香坂さん、梓は……たぶん、ずっと悩んでるんです。

 でも、俺らが支えるしかないですよ」


香坂はしばらく沈黙したあと、

小さく鼻を鳴らして言う。


「……分かったよ。

 お前らの判断を信じる」

三人はカフェへ向かって歩き出す。


討論会は明日。

国が割れる日。

蓮が再び現れる日。


そして梓にとっては

“人間とレプテリアン、どちらとして生きるのか”

その選択を迫られる日だった。


海風だけが、未来を知っているかのように

冷たく吹きつけた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


引き続き次回もお楽しみ、いただけると幸いです。

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