第113話 あやうく一世代にトラウマを植えつけるところでした
【緊急速報】誕生日パーティーの準備は完了しました。問題は、ゼリーで作った娘の頭と、玄関に現れた母親です。
――風船は飾りたい。ロボットも動かしたい。娘のトラウマだけは避けたい。すべて解決したはずの午前9時46分、最後の恐怖がやって来る。――
ハルミの家のリビングは、もはや別の国だった。
床に風船。
天井に風船。
廊下にも風船。
ベランダにも風船。
植木鉢の横には、そこに住み着く気らしい風船が一つ。
イズミはベランダにいた。
ロボットたちと。
説明書と。
人生の選択を間違えたような顔で。
「止まって」
ロボットに言った。
ロボットは左へ進んだ。
「止まってって言ったの」
ロボットは右へ進んだ。
「……自分の意志があるんだね。尊重するよ。でも止まれ」
サイコはリビングにいた。
風船と。
肺と。
いや、肺の残りと。
「ハルミちゃん」
息が切れて、いったん言葉を切った。
「何、これ」
「ちょっと多いだけだよ!」
キッチンからハルミが答えた。ゼリーで手はべたべた。髪は結び目からはみ出し、エプロンには三色のシミ。
「ちょっと!?」
サイコは両手に風船を一つずつ掲げた。法廷で証拠品を提出するみたいに。
「ハルミちゃん、これ日本中に配っても余るよ!」
「大げさだって」
「輸出までできるよ!!」
「……はい。いっぱいあります」
「肺に対する犯罪だよ、これ!!」
ベランダのイズミは、説明書から目も上げずに言った。
「二人とも、手より口のほうが動いてるよ。こっちなんか、このロボットたちが全然言うこと聞いてくれないんだから」
「イズミちゃんも文句言ってるじゃん!」
「私は事実を述べてるだけ」
サイコは口を開けた。
閉じた。
反論できなかった。
解決したのはハルミだった。
キッチンを出て、途中で風船を三つかわし、廊下の収納からあるものを持ってきた。
小さくて。
何の変哲もない。
ボール用の空気入れ。
下にバネがついている、足踏み式のやつ。
サイコの前に置いた。
沈黙。
サイコは見た。
まばたきした。
もう一度見た。
目が、ゆっくり輝き始めた。
「……ハルミ」
「はい」
「……これって」
「うん」
神聖な沈黙。
「この発明、アカデミー賞ものだよ!!」
サイコは両手で受け取った。聖遺物でも手にしたように。
「ノーベル賞!! 世界遺産!!」
「……」
「……おかしいでしょ」
サイコはもう、足元に空気入れをセットしていた。
「私が市長になったら、こんっなに風船を買った人には、これをおまけでつけてあげるからね、ハルミちゃん!」
「えへへ……」
ハルミは少し気まずそうに、首の後ろをかいた。
「うん……ほんとごめん」
サイコはもう踏み始めていた。
力強く。
決意を込めて。
どう見ても、個人的な恨みを原動力に。
プシュッ。プシュッ。プシュッ。
「お前らなんか、私の敵じゃなぁぁい!!」
風船に向かって叫ぶ。
「うわはははは!!」
ベランダから、イズミ。
「こわ」
ハルミは満足してキッチンへ戻った。
任務完了。
ゼリーもできあがっていた。
そこで、ハルミはじっと見つめた。
考えた。
あの顔で。
とんでもなく予想外なことをしでかす時の、あの顔で。
イズミが手を拭きながらベランダから戻ってきた。
「うまくいったよ。ロボット、もう――」
止まった。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「何してるの」
質問ではなかった。
差し迫った危険を確認する声だった。
「まだ何も」
ハルミの手には、すでに別のボウルがあった。
「その『まだ』が怖いんだけど」
ハルミは答えなかった。
混ぜ始めた。
丁寧に。
真剣に。
舌をちょっと出しながら。
サイコが入ってきた。
「風船どもは順調に手なずけ――何それ?」
「何でもない」
ハルミとイズミの声がそろった。
「なんで二人同時に答えたの!?」
誰も答えなかった。
四十分後――
「できたぁぁぁぁ!!」
キッチンからの叫び声に、天井の風船が少なくとも二つ揺れた。
サイコとイズミがやってきた。
ゆっくりと。
ハルミがあれほど喜んでいる時は、まず様子を見たほうがいい。二人はもう、身をもって学んでいた。
キッチンの入り口に着く。
止まる。
沈黙。
サイコがまばたきした。
「……」
イズミもまばたきした。
「……」
調理台の上に。
頭が一つ。
ゼリーでできていた。
大きくて。
丸い。
グミで作った目が二つ。どっちも曲がっている。
マシュマロの口は、少し左に傾いていた。
髪はイチゴソース。
頭だった。
どう見ても、メイを再現しようとしていた。
「それ、目の前からどけてぇぇ!!」
サイコが飛びのいた。
「な、何これ、ハルミぃぃ!?」
その芸術作品を、爆弾でも見つけたように指さす。
ハルミは作品を見た。
それから二人を見た。
「あれ……うまくできてない?」
「できてない」
「メイちゃんそっくりじゃない!?」
ハルミは納得がいかない。
「似てない!!」
ハルミは首をかしげ、厳しい目で自分の作品を見直した。
「……まあ、目はちょっと左右で違うけど――」
「ハルミ」
「髪も、思ったよりオレンジっぽくなったけど――」
「ハルミ」
「ちょっと首を傾けて見れば――」
「あの子、一生悪夢見るよ!!」
サイコがゼリーを指さした。
「もう二度と鏡見たくなくなるよ!!」
イズミも続いた。
「ちょっと待って、そんなにひどい!?」
二人は頭を見た。
ハルミを見た。
もう一度、頭を見た。
「うん」
声がそろった。
ハルミは腕を組んだ。
本気でしょんぼりしていた。
「えぇ……私の頭の中では、すごくいい出来だったのに」
「ハルミちゃんの頭の中でしょ!!」
サイコが両手を広げた。
「メイちゃんの頭の話をしてるの!!」
「文字どおりね」
イズミが場を和ませようとした。
「でも、いいアイデアだったんだよ!」
「どういうアイデアなの、それ!?」
イズミはまだ理解が追いついていない。
「なんでメイちゃんの頭を作ろうと思ったの!?」
ハルミは両手を広げ、さも当たり前のように説明した。
「ほら、『ピポとゼリーのほし』で、人間が市長の頭をゼリーで作る回があるの。それがピポたちの世界に出てきてね。メイちゃん、あの回ですっごく笑ってたから、私もって――」
二人は口を開けたまま、ハルミを見ていた。
怒っているわけではない。
心の底から、信じられなかった。
「……アニメのキャラが市長の頭を作ったから」
イズミがゆっくり言った。
「お姉ちゃんは、メイちゃんの頭を作ったのね」
「そう! そのとおり!」
長い沈黙。
「……まあ、筋が通ってるところも、なくはないよね」
サイコが言った。
「どこにもない」
イズミが返した。
「ほんのちょっとだけなら――」
「ない」
「私、好きだよ、ハルミちゃん!」
「ありがとう、サイコちゃん!!」
二人は大喜びで、ぴょんぴょん跳ねながらくるくる回り始めた。
ハルミは二人を見た。
「で、これどうする?」
頭の行く末が、本気で心配だった。
「すごい量のゼリーだよ」
サイコが手を挙げた。
「ここはおばちゃんに任せなさい!」
ハルミは満面の笑みになった。
「サイコちゃん、ほんとに!? もう、サイコちゃんがいなかったら私どうなっちゃうの!?」
「たぶん、何者でもないね」
「……正直に言ってくれてありがとう」
イズミはもう包丁を手に取っていた。
「細かく切って、それから――」
芝居がかった間。
わざとらしく真顔を作り、ハルミを振り返る。
「メイちゃんを解体します」
「いやああ、言い方が怖いよ、イズミちゃん!!」
「言葉のあやだって!」
「今この場で選んでいい言葉じゃないよ!!」
サイコはもう、目をぎゅっと閉じて頭を押さえていた。
「見てられない!」
「じゃあ見ないで!」
包丁を手に、イズミが言う。
「見なきゃいいだけだよ!!」
ハルミも同意した。
「ああああ、かわいいメイちゃぁぁん……」
そして、事件は起きた。
ハルミは背を向けた。
「私も見てられない!」
「お姉ちゃんが作ったんでしょ」
「私が作ったから見てられないの!!」
イズミは外科医さながらの手際を見せた。
サイコは四十秒で、悲しみの全段階を通過した。
そして最後には――
色とりどりの小さなかけら。
並べ直して。
大きめの器へ。
ここでようやく、サイコの出番だった。
口当たりのやさしいクリームと混ぜ合わせる。
きれいだった。
色鮮やかで。
見ているだけで楽しくて。
トラウマの心配も、まったくない。
「カラフルなゼリーにするよ!!」
サイコが宣言した。
「それいい!!」
ハルミは、直前の五分間なんてなかったかのように、また元気になった。
「あああ、サイコちゃん! 二人がいなかったら私どうなってたの!?」
「怖いゼリーの頭を前に、次の手が何もない人になってた」
サイコはまだ立ち直りきっていなかった。
風船も、ついに手なずけられた。
リビングは風船でいっぱい。
本当にいっぱいだった。
廊下まではみ出し、ベランダにも進出。キッチンへの侵入を試みた数個は、ハルミが丁重に送り返した。
ハルミは一歩下がって、出来栄えを眺めた。
色とりどりの雲みたいだった。
お祭りみたいだった。
風船でできた夢みたいだった。
「きれいにできたぁ!」
ハルミが声を上げた。
「できたねぇ!!」
サイコも同意した。へとへとだったけれど、誇らしかった。
イズミはベランダで、最後にもう一度ロボットを確認していた。
「うまくいったよ」
リビングに戻って報告する。
「ちゃんと歩くし、しゃべるし、ピポは一回も転ばなかった」
「やったぁぁ!」
「いぇーい!」
「最高!!」
三人は顔を見合わせた。
家じゅうが飾りでいっぱい。
ゼリーもできた。
風船も準備完了。
ロボットも動く。
メイの頭は……ずっと人前に出せるものに生まれ変わった。
いい瞬間だった。
任務完了まで、あと少し。
ハルミは深く息を吸った。
満足だった。
穏やかだった。
時計を見た。
まばたきした。
「え、もう九時四十六分!?」
サイコもパニックになった。
「うそぉぉ!! お客さん、もうすぐ来るじゃん!!」
「もうすぐ来る」と聞いたイズミが叫ぶ。
「やばい、今お母さんが来たら私たち――」
コン。コン。コン。コン。コン。
しつこく。
規則正しく。
あの独特の勢いで。
三人とも止まった。
顔を見合わせた。
沈黙。
「……まさか、皆に愛され、敬われるロドリゲスさんでいらっしゃいますか……?」
サイコはもう、声が変わっていた。
ハルミがまばたきした。
「やばっ。お母さんだ」
沈黙。
天井から、風船が一つ落ちた。
ぽとっ。
今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!
(*´꒳`*)
皆さまが読みに来てくださること、そして応援してくださることが、本当に嬉しいです!
よかったら、絵文字で今回の感想を教えてくださいね!
★で応援していただけたら、さらに大喜びします!!
ヽ(>∀<☆)ノ
いつも温かい応援を、本当にありがとうございます!
次のお話でも、もっと楽しんでいただけますように!
それでは、また次回お会いしましょう~!!
(。・ω・。)ノ♡




