69、海の魔獣と貴族騎士 4
「人に勝手にぶつかっておいてそんだけの口が叩けるってことは、それなりの理由は用意してんでしょうね?」
その今にも叩き切ってやるぞっていう表情とは裏腹に随分と落ち着いた声がその口から出てくる。
見た目と口調の差に若干戸惑った悪人面二人組。しかし、その普通の声音に二人は若干調子づいたようだ。見下すようにこちらを見て腕を組む。
まぁ、レイナは女性にしては身長が高く、悪人面が平均的身長の為、ほぼ視界の高さは同じなので見下すといっても僅かに顔を逸らす程度ではあるのだが。
「おいおい、こうやってテメェとぶつかって荷物が台無しになってんだぞ。ここに証拠があるだろうがよ。潰れた商品が足元によぉ!」
「証拠も何もアンタが勝手に落としたようなもんじゃないの。大体、それ言ったらお互い証拠なんてないでしょうが」
「あぁ? 俺は確かにテメェにぶつかって落としてんだよ! 周りを見てねぇテメェが悪りぃに決まってんだろ? こちとらぶつかって手首も捻ってんだぞ。本当なら治療費も頂くところだがよ、商品を弁償するだけで許してやるって言ってんだよ」
「ああ、当たり屋か。恐喝で金とろうって? 私が恐喝程度で金出すとでも思ってんの?」
恐喝じゃ金出さないけど、やたら圧のある笑顔で請求書出されるとぐぅの音も出ないんだけどね……まぁ、某がめつい精霊のことだけど。
あの精霊はしっかり使用した後に請求書を突き付けてくるので、恐喝ではなく詐欺の分類だ。あっちの方が質が悪すぎる。
なんて思わず思考がどっかに飛びそうになるのを何とか留めて、レイナはそんな言葉をいいつつ、手をかけている腰の剣を僅かに動かしていつでも抜ける仕草をする。
実際は抜く気はさらさらない。抜いた時点で自分の方が不利になるからだ。
向こうが手を上げてくれればさっさと終わるのだが、まだその様子がない。残念だ。煽るか。
と、そんな物騒なこと考えてれば、目の前の悪人面が噴き出すように笑う。それから腹の底から声を出して笑いだした。
お? 突然どうした? 頭大丈夫か? 流石にイカれてる奴を相手にするのは面倒だぞ。
「はははははは! おいおい、その剣で俺らを成敗しようってか? そんな小綺麗な剣の玩具でか? いい所のお嬢さんにはお似合いだろうが、こっちには脅しにもならねぇな!」
……そういやそうだった。オランジュイだとこんな反応だったな。
ちなみに今腰に差している剣は祭典など表に出る時に着ける剣だ。つまり見た目が派手。しかしちゃんとした剣だ。
非公式だが侮られない様にという、うちの宰相さんからの配慮だったんだが、まったく意味がなかったようだ。
そうかー玩具に見えるのかー
綺麗すぎて切り殺す道具に見えないようだ。特に女性が身に着けているから余計にそう感じるんだろう。
つまり、相手にはどこぞのお嬢さんが男装して侮られない様に玩具の剣をさして遊びに出かけてるって思われているらしい。
「なんなら相手してやってもいいぜ? ま、金を支払ってからだけどな。ちゃんと常識ってもんを教えてやんぜ?」
「まぁそんな剣なら木の板一枚切れずに折れそうだけどなぁ! でもまぁ、金にはなりそうだな。仕方ねぇ治療費にそれをくれてもいいんだぜ?」
これで別荘一つは買えるんだが、お前の手首の治療費ってそんなバカたけぇのか。せめてこの金額に見合うだけの怪我をしてから言ってもらいたいものだ。
商売人のようだが、目利きは最悪のようだ。
まだ笑っている悪人面を見ながらレイナはそんな評価を心の中で下し、そしてゆっくりと剣を抜いた。
ヒュー、とやたらと囃し立てる二人組。ついでに言えば先程からチラチラと周りの者達もこちらを見ている。
心配しているのか、目の前の奴らと同じように囃し立てているのか、少なくとも本気で止めるような奴はいない。どうやら私が剣を扱えると思っている奴は一人もいないようだ。
しかし、残念だがそんな表情もそこまでだ。
ズンッ
悪人面二人組の横でやたら重たい音が響く。
ぎょっと目を見開いた二人組が横を向けば、自分と同じ背丈はあるであろう木箱の破片とその中身と思われる荷物が真横に散らばっている。
二歩ほど離れたところには同じ木箱の積み荷が重ねて置いてあった。
その丁度三つ重なった木箱の一番上の積み荷。
見事に斜めに切られていて、半分荷物がなくなっていた。
なくなっていた荷物は二人組の真横に落ちている。
あと少しずれていればその荷物の下敷きになっていただろう距離。
それに気づいた二人組が勢いをつけて視線をレイナに戻す。二人組がいる場所以外からも息を飲む音が聞こえる。
しかし、そんなことは知ったことではないとでもいうように手に持った剣をくるくると遊ぶように回しながらレイナはニヤリと笑った。それこそ目の前の悪人面と同じような笑みを浮かべて。
「相手、してやってもいいわよ? ああ、玩具の剣だっけ? ドワーフの鍛冶師特製の切れ味だから、間違ってそぎ落としちゃったらごめんね? まぁ、そんな覚悟は当然あるから笑ったんだよな? 治療費だっけ? この剣で別荘買えるから、それだけの怪我を負いたいってことだよな。いいね、じゃ、とりあえず両腕からいってみようか」
まぁ、両腕程度じゃこの剣にも届かないけどな! でもそんな腕貰っても嬉しくもなんともないから、掠める程度にするけど。
あ、あともちろんさっき切ったどこぞの荷物はちゃんと弁償するからね。経費で。
さっき不利になるって言ったけど、大丈夫! この剣の価値を見極められなかった目の前の奴らが悪い! 決して私が堪え性がなかったわけじゃない! うん!
などと自分に言い訳して、大げさにレイナは剣を振り上げて、自分が何をしようとしてるのかを見せつける。
そうしてゆっくり振り下ろす。いまだに動かない男共に流石に呆れを覚えるがレイナは動きを止めるつもりはない。
丁度剣が肌を掠めようとした時。
キンッ
と、金属がぶつかる音がしてレイナの手にしていた剣が弾かれた。
レイナは思わず目を見開く。何せつい一瞬前までそれはなかったのだから。
レイナの剣は同じ剣によって弾かれた。
横から割って入ってきた剣。そしてそれを手にしている一人の人物。
レイナが数歩後ろに下がったことで、二人組を後ろにかばうように入ってくる。
剣を携えたその人物は旅人風の軽装をしている。背はレイナより僅かに高く、体格はしっかりとしている。だがその辺にいるマッチョとは違い、それこそ騎士だと言われればそのまま信じてしまいそうな体つきの男性。
金髪で真っ直ぐな耳が隠れる程の長さの短髪。整った顔をしていて、空色に輝く瞳が強い光を宿ししっかりとレイナを捉えている。
「無防備な相手に剣で切りかかるとは、いくら女性とはいえ物騒ではないか」
落ち着いた声音だが、その眼光は威圧を感じる。
レイナにも気づかせないで割って入ってきたくらいだ。どうやら相手は剣の扱いには相当手馴れているのであろう。
だが、いかせん状況が悪い。
ついでにレイナの機嫌もあまりよろしくはない。つい、威圧を向けてくる相手をレイナは睨みつけてしまう。
「今の状況で無防備? アンタの目は節穴なの?」
棘のある言葉を投げかけて、受け取った相手はピクリと眉を吊り上げる。
一瞬、お互いの間に火花が散る。
「どう見ても君がその剣で襲い掛かる様に見えたが」
「あのモーションで何が襲い掛かるよ。どう考えてもただの脅しでしょうが。大体、いちゃもんつけてきた相手ってのは口で正論言ったところで聞く耳持たないもんなのよ」
「正論どころか決めつけのように聞こえるが。大体、何故剣などで切りかかるようなことになったのだ。そこをはっきりと教えてもらいたいものだな」
「突然口だしてきて、随分ないいようね。そもそもそいつらが当たり屋で私から金を毟り取ろうとしたのがきっかけよ」
「当たり屋?」
その単語に男が顔を顰める。
そこで慌てたのが後ろの二人組だ。男に庇われたことで余裕が出来たのか、ニヤニヤした表情でこちらを見ていたが、自分達が不利になりそうな言葉を聞いて二人組は男に声をかけた。
「いやいや! こちとら大事な商品を台無しにされてんだぜ!? 弁償するのは当たり前だろう?」
「そうそう、悪いのはぶつかってきたあの女だぜ!」
「……と、言っているが?」
「貴様らが私にぶつかってきて勝手に商品自分で落としたんだろうが!」
「ふむ、ではその証拠は?」
「はぁぁ!? だからなんでアンタにそんなこと言われなきゃなの!? というか、さっきも言ったけどそれ言ったらそいつらだって証拠ないんだからね!」
なんだこれは。この男からも喧嘩売られてんだろうか。
先程火花を散らしてからどうもこの男に対しては軽く煽られてしまう。それなりの手練れだろうからこちらの気も抜けない。
というか、最初からその視線が私が悪いみたいに見ているから、ついイラッとしてしまうのだ。
なんなんだこいつは。
「テメェだって、身なりがいいくせにこんな港に一人でいるってのが怪しいだろうが! 何か企んでんじゃねぇのか!?」
「いや、仲間いるし。実際に一人でいたところで女一人で何が出来るっていうのよ」
「そんな上等な剣を持ってる時点で怪しいじゃねぇか!」
「確かに。見た目に劣らずいい剣を持っている。……普通、女性が持つような物ではないな」
「……は?」
「そうだ! 女の癖にそんな剣もってやがる。どっかから盗んできたんじゃねぇのか」
「身のこなしも普通じゃねぇ。盗賊か何かじゃねぇのか!」
「女性がそんな男性のような服装をしているのは、やはり訳があるのだろう。その剣も、どこで手に入れて来たんだ」
め……
面倒くせぇぇぇぇ! オランジュイの男共のこの価値観の違い、面倒くせぇぇぇぇ!!
女が剣を持っていたらやましいこと一択かよ! と、叫びかけたのをぐっと堪えた。
元々悪人面していた奴らはそういうのを擦り付けようとしていたのがありありとわかる為、鼻で笑えるが、突然降ってわいて出た目の前の男は明らかに私を本気で疑っているというその態度がイラつく。
だが、落ち着け。叫んだところで事態は悪化するだけだ。
レイナは大きく息を吸い込んで、そして長く吐き出す。気持ちを落ち着けようと……
「女性ならそんな荒々しい言葉遣いもするもんじゃないだろう。マナーは教わっていないのか?」
そうか。
喧嘩を売っているのか。売っているんだな。
いいだろう。買ってやるよ!! その澄ましたお綺麗な顔を殴り飛ばしてやるからなぁぁぁぁ!!!!




