68、海の魔獣と貴族騎士 3
振興港街、ベッロコライユ。
オランジュイで最大の大きさを誇る港町だ。ピンからキリまで様々な船が行き交い、商人達が溢れ、多種多様の物が飛び交うとても賑やかな王都だ。
長い坂のように街が出来ていて坂の上に王城があり、坂の一番下に港があるような形になっている。
その王都にレイナは馬に乗り、辿り着いた。
今回は実害がそれなりに出ていることもあり、出来る限り早めに到着したいということで馬車ではなく馬で来ることになった。
今のレイナの見た目は騎士服ではあるものの、随分と簡素だ。ぱっと見て直ぐに騎士服だと気づくものはそうそういないだろう。仕立てのいい服にマントを羽織り、剣を帯剣しているという形に見える。
国王専属騎士として来てはいるが、だからといってそうだとわかる服装で来る必要はない。今回は依頼が商人ギルドになっているので王城に顔をだす必要がないからだ。
しかし、それでもレイナの姿はこのベッロコライユでは少し目立った。
「オランジュイでは女性が剣を持つってのは珍しいのか?」
「お、よく気づいたわね。流石洞察力は高い黒狼ってとこかしら」
一度馬を本日泊まる予定の宿屋に預け、レイナ達は街を見て回っていた。
そこで違和感を覚えた今回の同行者の一人、腰まである黒髪を編み込んであり、その頭上に獣の耳と腰からのふさふさ尻尾。左胸と右頬に独特の模様が肌に描かれており、金色の吊り上がった大きな瞳をした黒狼の青年、ウェルバがレイナに質問をする。
前回の仕事でネーナに惚れ込んだ亜人の青年で、何故かレイナにも懐き、ついこの間まで「レイナ様」呼んでは敬語で接してきていたウェルバ。
どうやら「主」はネーナでレイナは自分の「師」だと認識したようで、時間があれば剣技を教えて欲しいと乞うようになった。
無論レイナは拒否した。しかし流石ウェルバ、ネーナを陥落(という名の粘り勝ち)した根性の持ち主。レイナにも只管懇願した。ずっと付きまとって来るので、レイナは条件を出して早々に白旗をあげた。まだ「主」より「師」の方がマシだし、ネーナという前例をみて長期戦になると判断しての行動だ。
そしてレイナが出した条件は、今まで通りに接すること。様付けも敬語もやめろというもの。上下関係を気にする亜人であるウェルバはかなり渋ったが最終的には納得した。させた。そんなわけで、今では出会った頃のように話しかけている。
さて、何気ない会話なのにそんな経路があったことを説明したところで、話を戻そう。
ウェルバがこの街に来て違和感を覚えたのは視線だ。特にレイナに遠慮がちに向けられる視線。着ている物からそれなりに裕福だと気づいてはいるだろう。だからジロジロと見ずに遠慮がちになっているようだった。
しかし、なぜそんなにレイナが注目されるのか。パッと見ただけではレイナは国王専属騎士どころか騎士だとすらわからないはずだ。
ではなぜだろう。と思ってウェルバは疑問を解決するため街をよく観察した。
そこで気づいたのが女性の身なりだ。
まず、街中の女性は皆スカートを纏い、女性らしい服装をしている。中性的な顔立ちの者もいるがそれでも服装は可愛らしい。
レイナのように乗馬服のようなズボンを穿いている者は一人もいない。そしてさらにレイナは帯剣もしている。当然そんな者はいるわけがない。精々冒険者でいるかもしれない程度だ。こんな上等な服を着て帯剣している冒険者もまずいないだろう。
つまりレイナの男性のような服装を見て、皆怪訝そうにしているのだ。しかし、そんなに珍しいものなのだろうか。
女騎士など珍しいものではない。レインニジアでは。
だがここはオランジュイだ。もしかしたら国が違えばそういう認識も違うのだろうか。
その疑問にレイナが答える。
「サハンナ・ナパ出身だっけ? なら不思議に思わないだろうけど、ここは人間の女王様が治める国よ。まだ女性が剣をもって戦うというのに馴染みがない国なのよ。獣人、亜人は元からそういう能力高いから性別はあまり気にしない質だし、レインニジアはツォリヨ国王が実力主義にしてから女性が騎士団で活躍するようになったのよね。実際、副団長のうち二人は女性だし。けど他の人間が王の国は騎士団といえば男性が主力となっているわね。オランジュイは特に漁が盛んな国だから男達が力強いのよ。流石に偏見とかは持ってないけど、それでも女性が剣を持つのは物珍しいってこと」
「女王なのに女騎士がいないのか?」
「女王だから男が守ってこそ、ね。特に貴族はその意識はまだまだ強いはずよ」
「王族、貴族は仕来りを重んじるものでしょうからね。レインニジアのような改革は相当の決断が必要なのでしょう」
レイナとウェルバの会話に別の人物が入ってくる。
中性的で周りにいる者達の誰よりも背が高い男性。細いのにしっかりと筋肉がついている体、髪は長く腰まである白銀から青に変わっていく髪色。顔のラインは細くやわらかな印象を与える若干伏目がちの新緑色の瞳。
誰もが美しい(けど胸筋はがっつりある)吟遊詩人であり、精霊でもある今回の同行者二人目、セイルスだ。
その肩には同行者三人目の小さな精霊、シオンもちょこんと乗っかっている。
今回の同行者はこの三人だ。
ネーナは国王より連れて行くなと言われていたし、言われなくても今回は連れてくる予定はなかった。まだ死にたくはない。
ユミも反女神派の行動が最近目立つため女神信仰を広げる為、今レインニジア各地に出かけている。
グリーンは武器や魔道具を見て回りたいということでレインニジアの職人達のところを訪ねまわっているそうだ。その内「万能力者」の能力で鍛冶師の能力も覚えてくるんじゃないだろうかとちょっと冷や冷やもするが、まぁなるようになるだろう。
ウェルバも初めはネーナと離れることに渋ってはいたのだが、ネーナにいい笑顔で見放され……同行することを勧められて後ろ髪を引かれながらも同行したのだが、レイナと修行の一環だと思い直し、今では生き生きとはしている。
セイルスとシオンは今回の件に特に断る理由もなかった為、二つ返事で同行に応じてくれた。
「獣人、亜人が要人として雇用をしている国はそう多くはありません。一番多く抱えているのはレインニジアでしょう。オランジュイでも働く獣人亜人、竜人や魔人などいますが爵位を持っているものはいないはずです」
「まぁ、面倒だから爵位を断ったっていう獣人もいるけどね」
「ですので人間の多い王城では女性が騎士なるほど力を持っている方はいないのです。か弱いわけではないでしょうが、女性に武術を教える方が純粋に少ないのでしょう」
「そういうわけで冒険者でもないのに帯剣をしてる私は何者だ? って目立つわけよ」
「ここにも普通に暮らす獣人も多いように感じるが、獣人の女性も武器を持たないものなのか」
「そこはお国柄なのではないでしょうか。勇ましい方々が多いようですし、武器を持つ必要もないのかもしれませんね。武器よりももっと別の形でその方々を支えたいと思われているのでしょう。人々の表情を見ているとお互いを労わっている様子が見れてとても素敵ですね」
セイルスが周りを見て、ふふ、と声を出して笑う。
勇ましいと表現したが、海の男が多いオランジュイの男性は筋肉が凄い者が多い。いや、もっとはっきり言おう。
マッチョばかりだ。マッチョ多い。
まだ街中で港まで辿り着いてないが、すれ違う男性は殆どマッチョだった。
まだ少年と呼べる子は細身だったが、あれは将来絶対マッチョになる。もはやそういう未来しか見えない。
今でこそそんなにマッチョは見かけないが、多分、港に着いたらもっと多いのだろう。海の男達ばかりなのだろうから。
レイナ達はこれから港へ向かう。依頼主との合流がそこだからだ。
むさ苦しいんだろうな……という予想をしつつ、レイナは相変わらず不思議な視線を集めつつ、港へと向かうのだった。
港に着いた。
多種多様の船が常に出入りを繰り返し、様々な荷が行き交う。
漁も盛んでそれを狙った鳥が沢山。ちょっと遠巻きに見てる白い鳥に堂々と狙いに来る海鳥、鳶なんかは人が持っている物から掻っ攫っていく。手際が良すぎて思わず拍手をしてしまいそうだ。
それを懸念してなのかどうか、魚の荷物付近に一匹のデカい熊がいる。やたらゴツイので多分あれは熊の魔獣だ。荷物番として飼いならしているのだろう。周りには飼い主らしき者はいないが大人しく荷物の傍に座っている。
しかし、魚は魅力的なのか熊の周りに猫がウロチョロ。それを見ていた熊が魚を一匹手に取って暫く魚を観察。
それからひょいっと投げた。猫の方に。猫歓喜。熊がそれを見守る。
いや、お前、駄目だろう。荷物番が品物、あげちゃだめでしょう!? 微笑ましそうに猫見てても駄目だからな! 熊だろう!? 威嚇しなさいよ!
次第に猫が熊に懐きだしてきて魚で猫をじゃらし始めた。いや、荷物番とは? と疑問を浮かべたくなったところでレイナはそっと目を逸らし、見なかったことにした。今日もいい天気である。
さて、レイナは再び周りを見渡す。
船から降りるマッチョ、荷物を運ぶマッチョ、馬車を操るマッチョ、何かを交渉しているマッチョ。
……見事にマッチョだらけだった。
「今までも来たことあるけど、ここまでマッチョいたっけ!?」
自分の記憶と現状のすれ違いが大きすぎて思わず叫んだ言葉に反応する者は誰もいない。
なんでって、今ここにはレイナ一人しかいないからだ。
荷物運びが遅れているという声を聞いてセイルスが手伝いに行き、スペルティ「怪力」を大いに活用したら他の船からも引っ張りだこになった。
別の場所で盛大に荷物をひっくり返して散り散りになった荷物をウェルバが一瞬で片付けてしまい、感謝されつつなぜかそのまま拉致という名の手伝いに駆り出された。
自由気ままな精霊のシオンは「大事な商売の匂いがします!」といってどこかへ消えていった。金の匂いをかぎ分ける精霊とは……
そんなわけでレイナは一人ぽつんと港で佇むことになった。
正直、レイナもどこかで別の事でもしていたいのだが指定場所がここなのだからしょうがない。
相手は商人ギルド。つまりギルド長との待ち合わせなのだ。なぜそんな相手とこんな騒がしい港で待ち合わせなのか、と思わなくもないが、ギルド長自身が船でよく旅路につくというのだから、まぁここでも不思議ではないのだ。
とにかくそのギルド長が来るまではここで待っているしかない。せめて食事処でもあればよかったのだが、残念ながらそんな食堂もこのあたりにはないようだ。
あるのは目の前を通り過ぎる荷物とマッチョだけだ。
「にしても案外獣人や亜人が多いわね。船酔いとか大丈夫なんだろうか……赤天団長が海と最悪な程相性が悪かっただけなのか」
目の前をマッチョ獣人が通り過ぎるたびにそんなことを考えてはじっと眺める。
別に楽しいわけではなくそれ以外に見るものがないから見ているだけなのだが。マッチョ観察が決して趣味なわけではない。見るものがないだけなのだ。
自分の思考なのに思わず遠い目をしていたら、つい周りの気配に疎かになってしまっていた。
突然、レイナの背中に衝撃が襲った。
強い衝撃で驚きもしたが、流石に騎士で体を鍛えているだけあって倒れることはなかった。
数歩だけ前に出るとレイナはすぐさま振り返った。何があってもいいように剣に手を添えながら。
そしてレイナの視界に入ったのは二人のマッチョ……いや、細マッチョくらいの人間がいた。見た目の人相は悪人面だ。顔で判断してはいけないのだろうが、どう見ても盗賊上がりとしか思えない顔をしている。
そしてその足元には中身がぶちまけられたであろう麻布と中に入っていたであろう果実達が周りに広がる様に潰れていた。
「あぁん!? テメェなんてことしやがる!! 特定の島でしか手に入らねぇ果実なんだぞこれ! それを全部潰しやがって、どうしてくれんだ、弁償してくれんだろうな!?」
あぁん? なんだゴルァ、喧嘩売ってんのかオイ、てか売ってるよな買ってやるぞオラ
売り言葉に買い言葉。思わずそんな言葉が口に出そうになってレイナは力強く口元を引き締めた。
流石にそれは第一印象最悪である。それくらいの自覚はある。うん。
だが、悪人面はやっぱり見た目通りの中身だったので、そのまま売られた喧嘩は買うことにした。
口元はしっかりと引き締めたが、そのレイナの表情は目の前の悪人面に負けないくらい凶悪な表情をしている。
バッカ、お前、喧嘩売る相手は選びやがれ。私に売ってきたからにはタダじゃ返さねぇぞ。
というのをやっぱり口に出さず背中に背負う重い空気だけで語ったレイナに対して、それをなんとなくだろう感じ取った悪人面が思わず二歩ほど下がった。
しかし、それでもニヤリと笑ってくらいついてくるので、どうやらここでやりあう覚悟はあるようだ。
残念ながら同行者が一人もいないこの状況。止めるものは誰もないのだった。まぁ、誰かいたとしても止めていたかどうかは不明だが。




