67、海の魔獣と貴族騎士 2
「魔獣退治?」
「色んなもんすっ飛ばしていきなり本題に入ったな」
等と言いつつ、笑うのは玉座に座った人物。
最近は暑くなって来た為か、手に持つ扇はやや面積が大きい。折りたたむことが出来ないようで丸い形をしている。……扇か?
見た目は詐欺のように若く、黒く長い髪を束ねて左肩から前に垂らすようにかけている。
着ているものはやや薄着となっているが、いつもの威厳さは全く失われておらず、本人もいつもと変わらない笑みを浮かべている。
レインニジア国王、ツォリヨ・オルティア・ツイフィードは本日も変わらず玉座に座って見下ろすのだ。
自分の専属騎士を。
見下ろされたのは普段着用の騎士服を着た一人の女性。普通ならば国王の前に出るような恰好ではない。せめて勲章くらいは普通つけてくるべきである。が、残念ながら今更着飾るという概念は彼女にはない。髪ははね癖のある色素の薄い青髪が肩まであり、少し吊り上がった目が凛々しさを表していているが、緑色をしたその瞳は怪訝そうに目の前の王を見ていた。
正確には国王専属騎士のレイナは、国王のその扇を持っている手と逆の手に握られている物を凝視している。
どうやら依頼書のようだ。そんなものがわざわざ何故国王の手元にあるのかは謎だが、多分それは後ろに控える宰相が手渡したのだろう。
宰相といってもまだ見た目は若い。すらりとした身長の亜人。白銀の長髪を緩く後ろで一つに束ね、白い耳と尻尾がついている。
切れ長の吊り目に透き通った青藍色の瞳に眼鏡をかけている。
白猫の亜人、サシィータ・ベジニアの手にも国王が持っている物と同じものがあった。
それに「魔獣退治依頼書」という文字が書かれているのが見えていたのだ。
「貴女はすっかり国王様への挨拶すらしなくなりましたね……」
「まるで「嘆かわしい」と言わんばかりの表情で言わないでくれる!? 大体挨拶しても二人ともスルーするでしょうが! だから私も言わないんじゃない!」
「まぁそれもそうだな」
「いや、納得されても困るのですが! もう少し重んじましょう!? 挨拶大事!!」
「実は急ぎの依頼が入ってな」
「そういう! 国王様のそういうところ!!」
むしろこのやり取りが挨拶になってる気がするのは気のせいだろうか!?
毎度おなじみになりつつやり取りをしながら、レイナは口を噛み締めるように噤んだ。
どうせ言うだけ無駄なのだ。さっさと今回呼び出された内容を聞くことを優先させる。
「お前が言った通り、魔獣退治の依頼が来てな。これをお前に任せたい」
「騎士団を通さなかったのですか? 魔獣退治って騎士団の仕事ですよね?」
というか、なぜ魔獣退治の依頼が王の手元にあるのかが謎である。
レイナが口にした通り、魔獣退治は騎士団の仕事だ。態々国王のところまで持ってこなくとも、そのまま依頼があれば騎士団に直接届くはずだ。
そのレイナの疑問にはサシィータが答えてくれた。
「実は少々面倒くさい経路での依頼になりまして」
「面倒くさい?」
「依頼自体はオランジュイからの要請となっています。国を経由している為、国王の許可が必要になったのですよ」
「オランジュイから? え、わざわざレインニジアに依頼が?」
オランジュイとは貿易国であり、海を管理する国だ。
内界唯一の女王が纏めており、外界とも貿易もする。
そのオランジュイから大国レインニジアへ魔獣退治の依頼が来た。
オランジュイにだってきちんと軍が存在している。内界一の海軍を所有しているのはオランジュイだ。
それがなぜ別国にわざわざ依頼を出したのだろうか。
「自国では退治できなかった、と?」
「そこが少しややっこしいのです」
「実はな、オランジュイからの依頼ではあるんだが、国からの要請ではないんだ」
「国からではない? ではどこから?」
「依頼は「商人ギルド」からになります。これは商人ギルドが代わりに依頼を出した形になりますね」
「……つまり、国から直接出すことが出来ないから、商人ギルドを通して依頼があった、という形?」
「そういうことです。つまりオランジュイという国が関与できない魔獣退治となります」
国が関与できないということは、国が有する軍を出すことが出来ないということ。
国は関与できないが、依頼として出せば別の国が関与することは出来るようだ。だから商人ギルドを通して我が国に依頼が来たと。
しかし、一体なぜそんなことが?
「今回の魔獣ってのがどうやら海の巨大生物らしくてな」
「海の魔獣くらい、いくらでもいますが……」
「そのいくらでもいる魔獣達が今まで話題に上がらなかったのは、それを討伐していた者達がいたからだ」
「あー、そうですね。オランジュイは海は管理するけど海の中は違いますからね」
「そう。海の中は「人魚」の支配域だ。本来ならばこのような魔獣退治は人魚の王、ポセイドンが対応する」
「ですが、そのポセイドンが今回対応が出来ないのです」
「え? どういうこと?」
「あそこもなー王になってから長いからなー。ポセイドンも歳でな、そろそろ世代交代したいって言ってたんだが、王の子である王太子が王位を継ぐことを嫌がってな。「冒険が俺を待っている!」って言って家出したらしい」
「めっちゃどうでもいい御家事情!!」
「慌ててポセイドンが連れ戻そうとしたらしいが、ぎっくり腰で動けなくなった」
「人魚がぎっくり腰!?」
「王子は行方不明、王は療養、他の人魚はその対応中。姫もいるらしいが、とっくに嫁いで別の場所にいるから連れ戻すにしろ時間がかかるっていうんで、あそこは今、魔獣まで手が回らないということだ」
「ポセイドンという威厳ある存在が一気に所帯じみたものになりましたね」
「そこで泣きついたのがオランジュイです」
「まーそうなるわね。でも、正式な人魚達から頼みならオランジュイだって軍を動かせるんじゃないの?」
「それがそうもいかないのですよ」
ここが国同士のややこしい所である。
オランジュイは海を管理しているが海の中の生態までは管轄外となっている。代わりにポセイドンを主とする人魚族が海の中の生態系を管理することになっているのだ。
とはいえ、海の中も多種多様のものが存在する。ついでに海の外で海付近に生息している魔獣、魔人も管轄になっている。
じゃあ、オランジュイは何をやっているんだって話だが、主に海の上を荒らすもの、いわば海賊や密猟等を取り締まっている。
後は生産物、漁の管理もオランジュイだ。この辺は人魚達、海の生物との交渉となる。
今回は魔獣退治となる為、管轄が人魚側となっているのだ。
しかしここでオランジュイが口を出すと、人魚達と他の理性ある魔人魔獣といざこざが起こってしまうのだ。
纏めるものの立場というものがあり、それをしっかりと示しておかなくては他の者は従うことをしない。
魔獣退治でオランジュイという国を頼ることをよしとしない者達がいるのだ。だからオランジュイもおいそれと手を出すことは出来ない。
とはいえ、今回の件は人魚達だけでは難しい。じゃあ、他の者達が手伝ってくれるのかというとそういうわけでもなく。自分の領域を荒らされない限り手を貸すことも基本的にはしないのだ。
手は貸さないがオランジュイが関わってくると口は出すという厄介な者達。もっとも魔人魔獣でなくとも、国を管理していればそういう輩はわんさかといるのだけれども。
「でも、オランジュイが関与してなくてもレインニジアが手を出したら意味なくない?」
「海を管理するオランジュイが出しゃばらなければいいのだ。我が国は海に面してはおらんからな。関与しても大目にみてくれるようだぞ。とはえい大軍を向かわせるわけにはいかんがな」
「面倒くさいですね……オランジュイという国からの依頼でも駄目なんですよね。あくまで被害を受けている商人ギルドからの依頼で我が国が手を貸すという形をとるんですね」
「そういうことだ。無駄な争いは避けておきたいからな。というわけでレイナ」
「おっと! その前にですね! たとえ大軍は出せなくても騎士団の隊なら出せるのではないですか!? 団長達は!?」
「それは既に検討済みです。残念ながら黒星団長と青月団長は別の依頼で動けません」
黒星団長とは魔導騎士団の団長であるレイナの義父であるバルハードのことであり、青月団長は魔導師団の団長、ノアファーロのことだ。
さて、レインニジアには本隊騎士団は三つある。騎士団、魔導騎士団、魔導師団だ。
先程名前が挙がってこなかったのは騎士団の赤天団長であるゼスタだ。
彼の名前が出なかったということは今は自由ということではないか。
「赤天団長は!?」
「残念ながら既に王都にいません」
「は??」
希望を込めて聞けば、まさかの王都にいない発言。
聞いた言葉の処理が追い付かず、思わずレイナは間抜けな声を漏らした。
その反応に国王が実に楽しそうな笑みを浮かべて笑う。
「はっはっは!! 聞いて笑うと言い! あいつはこの話が来た途端にレインニジア一周の遠征という案件を速攻で立てて成立させて、猛ダッシュで王都から出ていったぞ!」
「なんで!!?」
「船酔いするからだ」
「んん!!?」
「ゼスタはどうやら海の上が駄目らしくてな。以前も似たような依頼があって出向いたことがあったんだが、船に乗った途端に吐いたそうだ」
「おぉぅ……」
「そしてぶっ倒れた」
「…………」
「三日間高熱を出して以降、死に物狂いで船を拒絶するようになったそうだ」
「え、呪いか何かですかそれ」
「いや、ただの船酔いだ」
「船酔いで三日間の高熱!?」
「ゼスタ殿は銀狐の獣人ですから、三半規管や感覚が人より優れているので船の不安定さが体質に合わなかったのではないでしょうか」
体質に合わなかっただけで三日間高熱にうなされるとは。
どうやらゼスタは大地が自分の生きる場所らしい。いや、志とかそういうものではなく、もう物理的にそうなってしまったようだ。
海と聞いただけで王都を出て行って当分帰ってこないくらいには嫌でしょうがないらしい。
「そういうわけだ。レイナ、お前が行ってこい」
「いくら騎士団が無理だからって、私は個ですよ。隊なんて持っておりませんが。まさか私一人で行けとかいいませんよね」
「お前、この間また拾ってきただろう?」
「拾ってきてないし! 私じゃなくてネーナだし!!」
「ああ、その魔法使い見習いだがな。今回は連れて行くなよ。流石に船の上で暴発されてはかなわんからな」
「やはり船に乗るのは確実なんですね」
「海の魔獣だからな。本来ならば魔術師団が適任だが仕方ない。流石に国境を跨ぐのでな団長クラスの者がいないと他の隊も動かせられん。だが、あまり人数も連れていくこともならん。人選はよく考え厳選していけよ」
「確定事項になってる」
「商人ギルドの本部は、振興港街ベッロコライユ。オランジュイの王都だ。せっかくだ、楽しんで来い」
魔獣退治で楽しんで来いとは、嫌味だろうか……いや、これはむしろお土産を期待されている方向かもしれない。
干物でも大量に買ってこようか。いや、これは嫌がらせにはならない。むしろ普通に喜ばれる。下町の味も知ってる王様ってどうなの!?
それは深い深い溜息をついてレイナは一応礼儀にそって謁見の間を後にした。
サシィータの尻尾が大きく左右に揺れていたから、確実に干物のお土産を期待されていると思う。
経費で落とそう。
今回の扇は日本の風物詩である「うちわ」