美沙の父と夏祭り
夏休みも後半にさしかかったころ、いつも通り、ちゃぶ台の前に座りこみ、明雄の部屋で3人で宿題をしていた。
ちょうど地元のお祭りの日でもあり、蝉の声と共に遠くから祭囃子が聞こえる。
勉強に飽きた明雄があくびをかみ殺していると、玄関先で「ごめんください」と声がした。
明雄の母の「はーい・・・」という声が奥からして、パタパタと足音が玄関先へ向かうのが聞こえる。
しばらくして、応対していた明雄の母が美沙を呼びにやってきた。
「美沙ちゃん、お父様がお見えよ・・」
「お父さん!?」
そう叫ぶが早いか、美沙はちゃぶ台を蹴るように立ち上がると、喜び勇んで玄関先へ飛んでいった。
美沙の勢いに気圧された明雄と一条が、驚いた表情でお互いの顔を見合わせると、やおら立ち上がり美沙のあとを追った。
「お父さん!」と美沙が父に勢いよく抱きつく。
「美沙!元気そうでよかった」
そう言って美沙の父は美沙を優しく抱擁して、頭を撫でた。
「今日はどうしたの?」
「今日は、病院の先生と大事なお話があって来たんだが、基地に戻る前に美沙の顔をみようと思って、叔母さんのところに行ったら、ここにお邪魔してると聞いたのでな」
「お母さんお加減悪いの?」
「お前が心配しなくてもお母さんは大丈夫。それより美沙、お前は女の子なのだから人様の家ではもう少しお淑やかに振舞うようにしなさい。」
美沙の父がやんわりと美沙を窘めると、美沙は思い出したように「ごめんなさい」と素直に謝った。
遅れて明雄と一条が顔をだした。初めに挨拶したのは明雄だった。
「こんにちは」
「やあ、君とは美沙がここに来た初日に会いましたね。そちらの男の子とは初対面だと思いますが、ご兄弟ですか?」
美沙の父は一条を見て尋ねた。
「こんにちは、はじめまして。僕は一条仁と言います。佐野君とは兄弟ではありません。木下さんからお父さんのことを色々と伺っておりましたので、一度お目にかかりたいと思っておりました」
「美沙からはどのように聞いてますか?躾にうるさいとか愚痴を零していませんでしたか?」
「美沙さんはいつも自慢してますよ」
美沙が横から父に言う。
「お父さん、一条さんは、美沙が危ないところを佐野君と一緒に助けてくれたんだよ。」
「なにかあったのかい?」
美沙の父の顔つきがやや険しくなったのを見て、美沙はしまったと思った。
「ちょと性質の悪い連中に絡まれてたんですよ、でも、もう大丈夫です。」
美沙の代わりに一条が答えると安堵したようだった。
「そうですか、ありがとう。もし手に余るようなことがあったら、遠慮なく言ってください。連絡先は美沙に教えてありますから。美沙も自分で何とかしようとせずにお父さんに言うんだよ?わかったかい?」
美沙はコクリとうなずいた。
「ところでお父さん」
美沙が父を見上げるようにして袖を引っ張る。
「なんだい?」
「今日はお祭りなんだけど、一緒に行ける?」
「・・・うーん、今夜中には基地に戻らないといけないからなぁ」
「えー、せっかく会えたのにつまんない・・」
美沙は、その可愛らしい唇をツンと尖らせ、不貞腐れたように駄々を捏ねる。
娘の我が儘に困惑しながら、美沙の父はしばし考え答えた。
「では、帰りの道中に、神社まで一緒に行こうか」
軍ではそれなりの地位にある美沙の父であるが、やはり愛娘には弱いらしい。彼女の要求をすんなりと受け入れたことで、その溺愛ぶりが窺い知ることができた。
「明雄君達も一緒でもいい?」
「もちろん、いいよ」
「やった、じゃあ早速準備してくるね」
そう言って美沙は飛び出していった。
「美沙!」
「浴衣に着替えるの!」
あまりの忙しなさに皆、呆気に取られていた。
「いやはや、不躾な娘で申し訳ありません」
美沙の父は、自分の娘のことながら、申し訳ない気持ちで明雄の母に謝罪すると、美沙のあとを追って外に出て行った。
「おまたせ」
浴衣を着て出てくると、美沙は父と並んで、歩き始めた。
花柄模様の鼻緒のついた、小町下駄がカラコロと鳴る。白地にピンクの花柄をあしらった浴衣が、美沙によく似合っていた。
明雄と一条は普段着のまま、美沙達のあとを追うように歩く。
神社への道すがら、美沙は父に母のことについて話をした。
「あのね、お父さん。以前、お母さんからあまりお見舞いに来ないように言われたんだけど、なんか迷惑だったのかな?」
「うーん・・・お母さんは美沙のことを心配してるんだ」
「心配?」
「そう、お父さんがお見舞いに行ったときにお母さんは美沙のことを話していたんだよ。お見舞いに来てくれるのは嬉しいけれど、病気が感染るのではないかと思うと素直に喜べない、と」
「そうだったんだ・・・」
「それに、美沙の友達にもし病気が感染ったら、2人の親御さんに申し訳が立たないとも言っていたよ」
「だから、急にそんなことを言い出したんだね・・」
「友達が病気になってしまったら、美沙に肩身の狭い思いをさせてしまうかもしれないからね。お母さんはそれも心配してるんだよ」
「わたし、お母さんになにもしてあげられないのかな」
「お前のその気持ちだけで充分だと思うよ。ありがとう」
そうお礼を述べると、美沙の父はそっと美沙の頭を撫でた。
「あっ、お神輿だ!お父さん、見てみて、ほら」
美沙がはしゃいで指さす方向から神輿を担いだ集団がやって来る。威勢のいい掛け声と共に近づいてくる集団とすれ違い、しばらく歩くとやがて神社に到着した。
神社近くの道沿いには、出店規模が小さいながらも露店が所狭しと並んでいるが、まだ時間が早いせいか、開店には至っていない店が多かった。
「まだ始まってるお店が少ないね」
美沙が残念そうにつぶやく。
「まだ時間が早いからね」
「残念」
お祭りの露店には心躍らせるのが子供心というものだ。それは美沙達にとっても例外ではなく、露店に興味を惹かれるさまがその表情から読み取れた。
「美沙」
露店の中を興味津々で散策している美沙が父の呼びかけに振り返る。
「なあに?」
「お父さんはここからタクシーで帰るので、あとはこれで遊んで帰りなさい」
そう言って、美沙の父は美沙に幾許かのお金を手渡す。
「こんなに沢山、いいの?」
思い掛けない金額に美沙は少し戸惑った。
「1人で使うんじゃなく、お友達と3人で使うんだよ。わかった?」
「うん、わかった。・・・・お父さん・・・」
「なんだい?」
「次はいつごろ来れるの?」
美沙の父は少し考えこんだ。
「いつとは、言えないけれど、暇が出来たらなるべく会いに来るから」
「絶対だよ・・」
「ん・・」
美沙が父に抱きつく。
美沙の父は美沙を抱きしめながら、明雄と一条に声をかけた。
「これからも娘と仲良くしてあげてくださいね」
「はい」
「わかりました、任せてください」
明雄と一条はそう言って頷いた。
美沙の父はそれを見て満足そうに軽く微笑むと、美沙の頭を撫でてからその場を去って行った。
美沙は父がタクシーに乗り込んでいく姿を最後まで見届け、明雄と一条はその美沙の姿を見守った。




