美沙の母の憂慮
翌日から約束通り、明雄は美沙と一緒に登校し始めた。それを南井が目敏くみつけて揶揄う。
明雄は気にしなかったが、美沙が惧れてしまい、校門の辺りで「先に行くね」と言葉を残し小走りで去った。
正確には去ったというより、明雄を残して南井たちから逃げた、というほうが正しいかもしれない。
校内では教師の目もあるため、さすがに嫌がらせなどはなく、比較的、平穏ではあった。だが、美沙にとって針の筵であることに変わりがなく、ほとんど笑うことはなかった。
授業もなんとか無事に終わり、一条が現れるのを見計らって2人は学校をあとにした。
昨日と同じように3人で病院へ向かう途中、不意に南井たちが道を塞ぐように出てきた。
美沙は怯えた様子を見せて、明雄と一条の後ろに隠れた。
一条が一緒にいたことで、南井たちは狼狽し、結局なにもせず、すれ違いざまに「チッ」舌打ちするだけだった。
だがそれすらも美沙を怯えさせるには充分だった。
その日の病院では、美沙は1人で母の病室へ見舞った。
「こんにちは、お母さん。加減はどう?」
「大丈夫よ、お前も学校のほうは慣れたの?」
美沙の母がなにかを察して言った言葉ではないが、子を持つ親としては当然の心配かもしれない。
「うん、お友達もできたし、みんなと仲良くやってるよ」
学校のことはともかく、明雄と一条のことを思い浮かべて、そう答えた。
「昨日来たお友達は今日は来ないのかしら?」
ふと思い出したように美沙の母が尋ねる。
「今日も来てるよ」
「ならこちらに来ていただいたら?」
「療養の邪魔になるから今日は下で待ってるって」
「そう・・・・」
そうポツリと言って、美沙の母は考え事をしながら病室の窓の外を眺めた。
少し間をおいて美沙の母が言う。
「美沙」
「なあに?」
美沙がそばに近づく。
「お前も学校があるんだし、毎日お見舞いに来なくても大丈夫よ」
その言葉は、自分の病気が感染ることを心配する思いからでた言葉だった。
そして、美沙の母は振り向いて、美沙の頭を抱き寄せると、愛おしそうに撫でた。
「私の事はそんなに気にしなくてもいいから、ね・・・?」
「お母さん・・・」
美沙は母に抱かれながらそっと目を閉じた。
一条は、待合室で本を読みながら、美沙が戻るのを待っていた。
明雄は手持無沙汰でやることがなく、一条の本に興味を惹かれた。
「なにを読んでいるんですか?」
「ん?ああ、小説だよ」
一条は読書に集中しており、ややそっけなく答えた。
「面白いですか?」
明雄の近くでゆっくり本を読めないと思った一条は、明雄に読書を勧めてみた。
「別の本が一冊あるから少し読んでみるかい?」
「いいんですか?」
「べつにかまわないよ」
傍らにある鞄から別の本を取り出して一条は明雄に渡した。
一条から本を手渡されると、手持無沙汰もあり、明雄は本を読みはじめた。
沈黙の時間が流れる中、明雄は本の内容が合わなかったのか、やがてあくびをし始め、うつらうつら舟をこぎ始めていた。
その明雄を横目に本を読んでいた一条は、ふと頭上に人の気配を感じた。
「ただいま」
美沙の声に視線を上げる。
「おかえり。お母さんの様子はどうだった?」
「昨日と一緒」
「そっか、早くよくなるといいね」
2人の話声で微睡から覚めた明雄は虚ろな目つきで美沙をみると、「木下ひゃん、おひゃえり」と舌足らずな言葉を発した。
「ちょっと、佐野君、おもしろすぎ」
あまりにも間の抜けた発音に、一条と美沙は思わず吹き出して笑った。
「佐野君も目覚めたし、そろそろ帰ろうか・・」
一条が明雄と美沙にそう促して、3人は帰途についた。




