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「時計屋」と出会ってから、私は人生が変わった。
彼らと出会わなければ、私は未だに両親と不仲だっただろう。そして、彼らとちゃんと向き合うこともしなかった。
話し合おうとすらも、思わなかったはずだ。
恋人ができたのだって、彼らのおかげに違いない。彼らとの出会いがなければ、私は犬飼くんと会おうとも思わなかっただろうから。
私は、「時計屋」と会って人生が変わった人間だけれど。
中には、そうじゃない人間もいるわけで。
結局は、自分次第なのだということに気付かされた。
「あれからどう? ご両親とは」
大晦日、近くの神社で新年を迎えようとしていた私と犬飼くんは、今年起きた他愛ない出来事について語り合っていた。
肌が痛くなる寒さの中、白い息で手を温める。
少し前まで、冬は大嫌いな季節だったけれど。
「私の名前のこと聞いてから、ようやく親子らしい関係になってきたよ。思えば私も、あまり二人とちゃんと話してなかった気がするし」
「話し合いは大切なことだよ。俺の両親も、職業柄言葉の大切さをよく知っているから、俺もそのことばかりは痛感している」
犬飼くんの母親は弁護士で、父親は検事。
六法全書をぶん投げたくなるような家庭環境ではあるけれど、世の中の問題を直に肌で感じることができるから、誰よりも先に大人になれるチャンスがある。
そんな犬飼くんに、私はちょっとだけ憧れていた。
「小学校卒業以来、誕生日もクリスマスもなかったんだけどね。今年は母さんが誕生日ケーキ買ってくれたんだ。クリスマスプレゼントもくれた」
「良かったじゃないか。何くれたの?」
「『新書妖怪辞典』!」
「……ヨカッタネ」
あれ、なんでテンション低くなったん?
新年まで残り一分を切ろうとした時、カウントダウンが始まった。私たちも合わせるべきだろうかと思って息を吸った途端、声が出なくなることが起こった。
犬飼くんがーー私の冷たい手を握ってくれたんだ。
「……澄麗」
純粋に、ドキッとなる。
犬飼くんがくれたマフラーを握り締め、うるさい鼓動をなんとか鎮めようと、鼻と口を覆い隠す。
この時の犬飼くんは、他のどの瞬間の彼よりも、ずっとイケメンだった。
見つめあったまま、カウントダウンは終盤へ。
何かを言うわけでもなく、犬飼くんはそっと微笑んだ。
子供の面影もない。そこには、誰よりも大人の雰囲気のある高校生の彼がいるだけだ。
人生で初めてできた彼氏の微笑みに見惚れているうちにーー新しい年が始まった。
色々あったあの時から「時計屋」に会わなくなった私だけれど、何故かその記憶は消える気配がない。
きっとそれは、「迷子」の中でも稀有な経験をしたからなのだろうけれど。
もしかすると、私は伝える役目を与えられたのかもしれない。
「時計屋」の存在を、この世界に伝える役目を。
ならば、本を書こう。
フィクションとしてでもいい。この話を世に広めていこうじゃないか。
男勝りな女子高生と、
ちょっと頼りない男子中学生と、
とってもかわいい幼女の存在を。
関わった人間の物語を。
語るだけ語って、世に知らしめてやろうじゃないか。
下を向いて歩いてる人が、少しでも前を向いて歩けるように
ーー願いを込めて。
fin