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あの日以来、私は「時計屋」に会わなくなった。
今思えば「仲介者」なんてものは存在しなくて、それもまた「迷子」の一人だっただけなのかもしれない。
小野寺さんは変えられない「名前」に価値を見出していた。そして私は「時計屋」そのものに価値を見出していた。後で聞いたら、犬飼くんも「時計屋」には並々ならない好奇心を抱いていたらしい。
結局私たちも、単純に迷い込んでいただけだったのだ。
「仲介」の能力は、そもそも存在しなかった。
「澄麗」
名前の礼を言って以来、両親との仲はすこぶる良好になった。
画数が多くて嫌になりそうなその名前で呼ばれるのが、嫌いじゃなくなった。
「誕生日おめでとう、澄麗」
母親が用意した白い箱。
父親は笑顔で私を見ている。
それがどうもむず痒くて、熱くなった顔を俯かせた。
「あ……ありがとう」
その時、ポケットの携帯も軽やかで短い音楽を奏でた。
見てみると、それは犬飼くんからのLINEで。
『ハッピーバースデー!
誕生日おめでとう、澄麗(^^)』
今年の誕生日は、今までで一番幸せだった。
あの後五反田くんは、頼りない両親と自殺の巻き添えになった子の遺族を連れて小野寺家へと向かったらしい。
話によれば、小野寺家は絵に描いたようなゴミ屋敷となっており、異臭は勿論、見たこともない虫の死骸があちこちに転がっていた。
彼らが入った途端にヒステリックに喚き散らした彼女の姿に誰もが絶句した。
しかし鷹原さんちの旦那さんが冷静に状況を分析し、多少無理矢理ではあったが彼女を真っ先に精神病院へと連れて行った。
診断結果は躁鬱病。
よく突き詰めていくと、なんと結婚した時点で既に発症していたのだとか。それで娘ができた途端に極端なマタニティハイとなり、あんなヘンテコな名前をつけてしまったのだとか。
仕事の重労働だけじゃなく、結婚による生活環境の変化によって精神を病むことはよくあることらしい。それが原因で家庭不和やDVに発展するのは、さほど珍しいことでもないそうだ。
全ての原因が明らかになった上で、五反田くんは「トコちゃん」に報告を兼ねたお墓参りをしてきたという話を聞いたのは、正式に「時計屋研究会」が廃部になった後のことだった。




