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「あんたが自分に失望するだけ、あんたはあんたの娘の想い全てを否定することになる。
命の大切さを教えたあんたが、その教えを否定しちまったら、その時点であんたは自分の娘の人生そのものを否定することになんだよ」
「……ミサちゃん……」
「好い加減目を覚ましやがれクソババア。今あんたがするべきことは何だ? 命の軽さを後世に伝えることか? んなもん戦中のくっだらねぇ教育となんも変わりゃしねぇ。あんたが教えるべきなのは、引き続き命の重さを教え説くことだろうが。第一、自殺者がいなけりゃ娘も死ななかったわけだしよ」
イトくんにしては正論だ。
いや、イトくんはもともと正論しか言わない人間だ。それが、アイちゃんをはじめとしたありとあらゆる人たちに受け入れられてこなかっただけで。
イトくんに限ったことじゃない。「時計屋」はいつだって正しかった。それはきっと、一人では成り立たないことだったのかもしれないけれど、彼らはいつだって彼らの正義を貫き通してきた。
生きたいから生きる。それだって、立派な「正義」なんだ。
「でも……私は……」
「二択だ答えろ。あんたは鷹原美紗都に死んで欲しかったのか? それとも、生きて欲しかったのか?」
そんなの、決まっている。聞くまでもない。
彼は知っていた。本人だって本当は分かっていた。荒んだ気持ちをどうにかしたくて、間違った方向に向いてしまっただけだった。
だから彼女はーーただ素直に、正直に答えた。
「生きて欲しかったに……決まっているじゃないっ……!!」
その瞬間、急に空気が軽くなった。
パリンという音が響いたかと思えば、世界に色がつき始め、エアコンの作動音が微かに聞こえてきた。制止世界から脱することができたみたいだ。
ターゲットは無駄な「価値」から解放され、「時計屋」の仕事がひとつ終了した。具体的なことは実物を見なきゃわからないけれど、多分彼女が「価値」を見出した「もの」というのは、彼女の胸の奥にあった「罪悪感」ではないだろうか。
人間、形あるものだけに「価値」を見出すとは限らない。きっと今回は、そういうことだったんだろうな。
「……ねぇ、澄麗。いい加減戻った方が……」
犬飼くんのおかげで現実に戻った私だったけれど、まだ胸のもやもやが消えない。
鷹原美紗都。どこかで聞いた名だ。けれども、どこで聞いたのかまで思い出せない。
彼女の名前を聞いたのはいつのことだっただろうか。確かあれは、丁度今と同じ時期のことだった気がする。
この近くで、自殺騒動があったのは、いつのことだっけ……?
「……そうだ。名前だ」
「……澄麗?」
住人に気付かれないようにそっと扉を開け、犬飼くんを引き出してからゆっくりと閉めた。
犬飼くんは何がなんだかわからないから、されるがままに連れ出されたわけだけれど。
彼だって、このことに関しては知らないでは済まされない。誰だって、そういうものと隣り合って生きているのだから。
「……犬飼くん。すっかり忘れてたけど、私、『仲介者』に会ったことあるよ」
「え?」
「それに犬飼くんも、絶対会ってる」
「えぇっ?」
まぁどうせ忘れてるだろうけど。
しかし会った事実とかはこの際どうでもいい。そんなことよりも、彼らが何故存在するのかを考えた方がずっと生産的ではなかろうか。
どっかの政治家が唱える日本の在るべき姿とか、そんなものに興味はない。
お国のために戦う時代はもう終わった。今は自分のために生きている人たちの時代だ。
だから私は、私のやりたいようにやる。
クロノスタシスの延長線上にあるものを見るために。




