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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE

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32/53

「空を覆う神殿」

空が変わった。


ルナリアの月光がアストレアを照らした直後だった。


誰もが見上げていた。


黒星王。


月の継承者。


裂けた空の向こうにいる星喰い。


世界の命運を左右する存在達を。


だが――


その全てを押し潰すように。


さらに巨大な影が現れた。


ゴォォォォォォォォォ……


大気そのものが唸る。


雲海が割れる。


空が軋む。


世界が悲鳴を上げているようだった。


最初に気付いたのはエリナだった。


震える指で空を指差す。


「なに……あれ……」


その声は掠れていた。


誰も答えられない。


答えられる者がいない。


なぜなら。


それは人類が見るべきではない存在だったからだ。


雲海の奥。


太陽すら隠すほどの巨大な影。


白い外壁。


黄金の尖塔。


無数の神殿群。


そして中央にそびえる巨大な聖塔。


まるで空そのものが都市へ変わったかのような光景。


神話にのみ存在すると言われた場所。


人類史最大の謎。


エクリプス教団総本山。


天空神殿エデン。


その全貌が。


ついに世界へ姿を現した。


沈黙が落ちる。


アストレア全域。


誰一人として声を出せなかった。


市民達は立ち尽くす。


研究者達は震える。


兵士達は武器を握ったまま動けない。


あまりにも巨大だった。


あまりにも現実離れしていた。


まるで神が地上へ降りてきたようだった。


「……冗談だろ」


最初に声を出したのはガルドだった。


歴戦の傭兵。


死線を何度も越えてきた男。


そんな彼ですら顔を引きつらせている。


「都市じゃねぇ……」


「国だろ、あれ……」


誰も否定できなかった。


エデンの規模は常識を超えていた。


その周囲には数百隻の飛空戦艦。


さらに外側には数え切れない教団軍。


まるで空そのものが軍隊になったような光景。


アストレアの防衛軍が数万人。


対してエデン側は数十万。


戦力差は絶望的だった。


エリナが呆然と呟く。


「勝てるわけないじゃん……」


本音だった。


今までどんな敵と戦っても希望はあった。


ヴォルグ。


セラフィナ。


アリア。


シャドウ。


強敵だった。


だが勝機は存在した。


しかし今。


空に浮かぶ存在は違う。


規模そのものが別次元だった。


世界を相手にしているような感覚。


それが全員を押し潰していた。


その時だった。


ドクン――


シオンの胸が脈打つ。


黒星晶。


強く。


今までにないほど強く。


反応している。


シオンは無意識に胸を押さえた。


「くっ……」


頭痛が走る。


視界が揺れる。


そして。


見えた。


巨大な神殿。


崩壊する空。


燃える世界。


泣いている人々。


血。


絶望。


その中心で。


自分がエデンを見上げている。


知らない記憶。


だが。


確かに自分の記憶だった。


「またか……」


シオンが歯を食いしばる。


最近増えている。


前の世界の記憶。


最後の観測者としての記憶。


その全てが。


エデンを見た瞬間から溢れ始めていた。


ルナリアが心配そうに近付く。


「シオン?」


「大丈夫だ」


即答する。


だが大丈夫ではなかった。


エデンを見ていると。


どうしようもなく嫌な予感がする。


胸の奥が警鐘を鳴らしていた。


行ってはいけない。


近付いてはいけない。


だが同時に。


行かなければならない。


そんな矛盾した感覚だった。


アリアもまた空を見上げていた。


紫の瞳が細められる。


その巨大な神殿を見ているだけで嫌悪感が込み上げてくる。


あそこには思い出したくない過去がある。


消された記憶。


奪われた名前。


壊された人生。


そして。


自分を暗殺者へ変えた場所。


「……エデン」


小さく呟く。


その声には殺意が混じっていた。


隣ではセラフィナが黙って空を見ている。


彼女の表情も固い。


氷晶将。


七星将。


教団最高戦力。


その肩書きはもう意味を持たない。


今の彼女は一人の少女だった。


エデンを見る瞳には恐怖がある。


感情を奪われた日々。


兵器として扱われた過去。


全ての始まりがあそこにある。


「帰りたくない……」


誰にも聞こえない声。


だが確かに零れた本音だった。


レオニクスだけは違った。


彼はエデンを見上げながら静かに目を閉じる。


長い沈黙。


そして。


低く呟いた。


「ついに来たか」


その声には恐怖があった。


誰よりも世界を知る男。


誰よりも歴史を知る男。


そんな彼が恐れる存在。


それがエデンだった。


シオンが振り返る。


「知ってるのか」


レオニクスはしばらく答えなかった。


ただ巨大な神殿を見上げる。


そして静かに言う。


「知っている」


蒼い瞳が細められる。


「何度も見てきた」


その言葉に全員が反応する。


何度も。


その意味を理解したのはシオンだけだった。


前の世界。


さらに前の世界。


繰り返される歴史。


レオニクスはその全てを見てきた。


だから知っている。


エデンが現れる時。


世界は必ず終焉へ近付くことを。


大気が震える。


空が軋む。


巨大な神殿はゆっくりとアストレア上空へ降下してくる。


まるで神が地上を見下ろすように。


その圧倒的な威容を前に。


誰もが理解した。


ここから先は。


今までの戦いとは違う。


逃亡でもない。


局地戦でもない。


教団との小競り合いでもない。


世界そのものを巻き込む戦争が始まるのだと。


そしてその戦争の中心には。


黒星王シオン・アルヴィスと。


月の継承者ルナリア・セレスがいる。


運命は。


もう後戻りできない場所まで来ていた。

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