白き神兵
王都セレスティア上空。
夜空を覆う巨大な白い法陣が、ゆっくりと脈動していた。
まるで心臓の鼓動のように。
まるで世界そのものが呼吸しているかのように。
純白の光が幾重にも重なり、空を完全に支配していく。
蒼黒い光。
蒼銀色の光。
白銀の光。
紅蓮の光。
四つの輝きは確かに《世界終了命令》を押し返していた。
だが――。
終焉は、まだ終わっていない。
⸻
バキィィィィィィィン――!!
世界を裂くような轟音が鳴り響く。
巨大な法陣の中心へ、一本の亀裂が走った。
その瞬間。
王都全体が激しく揺れる。
塔が軋み。
城壁が震え。
石畳には無数の亀裂が刻まれていく。
人々は悲鳴を上げながら空を見上げた。
兵士たちは剣を握ったまま立ち尽くす。
そして。
誰もが言葉を失った。
⸻
法陣の向こう。
純白だけが広がる異空間。
その中心で。
巨大な影が、ゆっくりと立ち上がる。
それは人の形をしていた。
だが、人ではない。
百メートルを優に超える巨体。
白銀の鎧は夜空の星々を映し、純白の翼は空そのものを覆い隠す。
胸部には巨大な世界法陣が刻まれ、その鼓動に合わせて神秘的な光が脈打つ。
頭上には黄金の輪。
まるで神話に伝わる天使。
いや――。
世界を裁くためだけに造られた神の処刑兵器。
その圧倒的な威容を前に、誰も息をすることすら忘れていた。
⸻
深淵のような静寂の中、管理者たちの無機質な声が響く。
『神兵コード AE-Ω』
『起動確認』
『世界終了命令 最終執行個体』
その宣告と同時に。
王都全体が凍りついた。
誰もが理解してしまう。
理屈ではない。
本能が告げていた。
勝てない。
あれは災害ではない。
怪物でもない。
戦争ですらない。
世界そのものが放った、絶対なる処刑人。
⸻
アリアが険しい表情で空を見上げる。
「……冗談でしょ。」
思わず漏れた声は、いつもの強気さを失っていた。
ルナリアも息を呑む。
「……大きすぎる。」
その言葉に恐怖が滲む。
次の瞬間。
白銀の閃光が夜空を駆け抜けた。
レオニクスだった。
彼は静かに神兵AE-Ωを見据える。
王国最強の騎士である彼ですら、その瞳には警戒の色が浮かんでいた。
「……これは厄介どころの話ではないな。」
⸻
その時だった。
神兵AE-Ωの黄金の瞳が静かに開く。
感情はない。
怒りも慈悲も存在しない。
あるのは、ただ命令だけ。
機械のように冷たい声が世界へ響く。
『黒星王確認。』
『記憶保持者確認。』
『英雄因子確認。』
わずかな間を置いて。
『排除開始。』
⸻
神兵がゆっくりと腕を持ち上げる。
それだけだった。
たった、それだけの動作。
しかし。
世界そのものが軋み始める。
空間が歪む。
重力が悲鳴を上げる。
ドォォォォォォォォォォォォォン――!!
純白の衝撃波が夜空を薙ぎ払った。
王都上空が消し飛ぶ。
雲は一瞬で蒸発し。
夜空には巨大な裂け目が生まれる。
その一撃だけで、世界そのものが砕けそうになる。
⸻
シオンの蒼い瞳が鋭く輝いた。
「全員、下がれ!!」
黒星晶が激しく鼓動する。
蒼黒い光が爆発するように噴き上がった。
剣を振るう。
その一閃が衝撃波と真正面から激突する。
ドォォォォォォォォォォォォォン――!!
蒼黒と純白。
二つの力がぶつかり合い、世界全体へ衝撃が走る。
空が悲鳴を上げる。
大地が震える。
王都を覆う防壁さえ激しく軋んだ。
⸻
しかし。
シオンの身体がわずかに沈む。
足元の石畳が砕け散る。
完全には受け止め切れない。
腕が軋む。
全身へ鈍い痛みが走る。
最後の観測者としての継承は、まだ終わっていない。
黒星王の力も完全には安定していない。
世界へ帰還した反動も残っている。
それでも。
彼の背後には守るべき人々がいた。
仲間がいる。
帰ってきたかった世界がある。
シオンは歯を食いしばり、剣を握り直した。
「……まだ。」
震える声。
それでも、その瞳だけは揺るがない。
「まだ終わらせない。」
蒼い瞳が強く輝いた。
⸻
その時。
背後から静かな声が響く。
「……一人で抱え込むな。」
白銀の閃光が空を駆ける。
レオニクスだった。
聖剣が抜き放たれる。
迷いのない白銀の斬撃。
一直線に神兵AE-Ωの腕へ叩き込まれる。
轟音。
火花が夜空を埋め尽くす。
巨大な腕が、ほんのわずかに弾かれた。
⸻
「今度は逃がさないわよ!」
続いて紅蓮の炎が夜空を染める。
アリアが笑う。
燃え盛る炎刃が一直線に神兵へ突き刺さる。
爆炎が広がり、純白の巨体を包み込んだ。
⸻
さらに。
ルナリアが静かに前へ踏み出す。
蒼銀色の月光が世界を優しく包む。
《メモリア・ルナ》
その力が発動した瞬間。
世界中へ散っていた記憶が一斉に共鳴する。
失われた歴史。
忘れられた絆。
仲間たちの想い。
すべてが蒼銀色の光となってシオンたちへ力を与えていく。
⸻
シオンは静かに振り返る。
レオニクス。
アリア。
ルナリア。
そして。
王都各地で目覚め始める仲間たち。
その姿を見た瞬間。
自然と笑みが浮かんだ。
「……そうだったな。」
一人じゃない。
もう。
あの頃とは違う。
支える仲間がいる。
共に未来を掴もうとする仲間がいる。
⸻
神兵AE-Ωが再び動き始める。
《世界終了命令》もなお続いている。
それでも。
今度は違う。
英雄たちが揃い始めた。
失われた記憶が戻り始めた。
そして。
忘れられた英雄は、再び世界へ帰ってきた。
⸻
王都セレスティア上空。
黒星王と神兵AE-Ω。
世界の命運を懸けた対峙を。
人々は息を呑みながら見上げていた。
⸻
その頃。
誰にも知られぬ場所で。
白銀の観測者は静かに微笑む。
「……ようやく始まったな。」
仮面の奥で、蒼銀の瞳が静かに輝く。
長き観測の果てに辿り着いた、この瞬間。
本当の戦い。
本当の物語。
『ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH』最大の戦争が、今――静かに幕を開けようとしていた。




