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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE

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「星に選ばれし少年」

プロローグ


人はなぜ生きるのだろう。


世界はなぜ存在するのだろう。


誰もが一度は問いかける。


だが、その答えを知る者はいない。


答えがないからこそ、人は悩み、迷い、傷付きながら歩き続ける。


これは――


一人の少年が世界の終わりと向き合い、


仲間と出会い、


別れを知り、


それでも未来を選び続けた物語。


世界は完成しない。


だからこそ、美しい。


ようこそ。


『ECLIPSE CHRONICLE』の世界へ。

 空は、泣いていた。


 夜空を埋め尽くす青い光。


 無数の星晶が、壊れかけた世界の上で静かに瞬いている。


 かつて、その光は希望だった。


 都市を浮かせ、灯りを生み、魔法を増幅させ、人々の暮らしに豊かさを与えた奇跡の結晶。


 世界の心臓。


 そう呼ばれていた時代もあった。


 だが今、その輝きを美しいと思う者は、もうほとんどいない。


 轟音が夜を裂いた。


 遠くで浮遊大陸の一角が崩れ落ちる。


 建物も、橋も、人の営みも、すべてが瓦礫となって闇の底へ消えていった。


 悲鳴が聞こえる。


 誰かが泣いている。


 誰かが助けを求めている。


 それでも星晶は、何も答えない。


 ただ青く、冷たく、世界を照らし続けていた。


 巨大浮遊都市――セレスティア。


 かつて楽園と呼ばれたその都市は、今、静かに終焉へ向かっていた。


 その端にある辺境都市グランベル。


 さらに下層。


 忘れられた者たちが暮らす、崩れかけた街。


 そこを、一人の少年が歩いていた。


 黒髪。


 蒼い瞳。


 破れた黒い外套。


 名は、シオン・アルヴィス。


 十六歳。


 足元には瓦礫。


 壁際には飢えた人々。


 路地裏には、明日を信じることをやめた顔。


 この街では、何も珍しくない。


 むしろ、それが日常だった。


 シオンは小さく息を吐く。


「今日も終わってるな……この世界」


 返事はない。


 返事を期待していたわけでもない。


 この街では、他人の独り言に耳を貸す余裕など誰にもない。


 誰もが今日を生き延びるだけで精一杯だった。


 シオンも同じだった。


 彼には家族がいない。


 十年前。


 星晶暴走災害。


 それが、すべての始まりだった。


 いや、シオンにとっては、すべての終わりだった。


 父も。


 母も。


 妹も。


 あの日、帰ってこなかった。


 燃える空。


 崩れる家。


 泣き叫ぶ人々。


 幼かったシオンは、瓦礫の隙間から青い光を見上げていた。


 あの時の空も、今日と同じ色だった。


 美しいほど青く。


 残酷なほど冷たかった。


「……綺麗なもんほど、信用できねぇな」


 誰に言うでもなく呟き、シオンは歩き出す。


 それ以来、彼は一人で生きてきた。


 盗みもした。


 喧嘩もした。


 地面に叩きつけられたことなど数え切れない。


 何度も死にかけた。


 それでも生き延びた。


 生きるしかなかった。


 優しさだけで生きられる世界ではない。


 正しさだけで守れるものもない。


 それを、シオンは嫌というほど知っていた。


 その日の夕方。


 市場広場が、異様な騒ぎに包まれていた。


「処刑だ!」


「教団の裁きだ!」


「月の民だぞ!」


 普段なら活気などない広場に、人々が押し寄せている。


 飢えた者も、怯えた者も、絶望していた者も、その瞬間だけは目をぎらつかせていた。


 誰かが裁かれる。


 誰かが殺される。


 その事実だけが、人々に歪んだ興奮を与えていた。


 シオンは眉をひそめる。


「……胸糞悪いな」


 関わるべきではない。


 そう思った。


 だが、足は自然と広場へ向かっていた。


 群衆を押し分けて前へ進む。


「おい、押すな!」


「見えねぇだろ!」


「月の民なんてまだ生きてたのかよ!」


 怒号と罵声と熱気。


 その中心で、シオンは息を呑んだ。


 一人の少女が拘束されていた。


 銀色の長い髪。


 透き通るような白い肌。


 蒼く輝く瞳。


 まるで月光そのものが人の姿をしているようだった。


 手足には鎖。


 服は汚れ、肩には傷がある。


 それでも少女は、どこか現実離れした美しさを失っていなかった。


「月の民の生き残りだ!」


「災厄を呼ぶ魔女!」


「殺せ!」


 少女は俯いたまま動かない。


 恐怖で震えていた。


 だが、泣いてはいなかった。


 泣くことすら、もう諦めたように。


 ただ静かに、自分の運命を受け入れていた。


「……なんで、そんな顔してんだよ」


 シオンの胸の奥が、わずかにざわついた。


 高台に立つ神官が両手を広げる。


 白と金の法衣。


 胸にはエクリプス教団の紋章。


 神官は群衆を見下ろし、声を張り上げた。


「異端種、ルナリア・セレス!」


 その名が響いた瞬間、少女の肩がわずかに震えた。


「世界秩序維持法違反により、ここに処刑を執行する!」


 群衆が歓声を上げる。


「やれ!」


「災厄を殺せ!」


「教団万歳!」


 処刑人が剣を振り上げた。


 銀色の刃が、青い星晶の光を受けて冷たく光る。


 その瞬間。


 シオンは走り出していた。


 理由は分からない。


 損しかしない。


 関われば死ぬ。


 教団に逆らえば、この街では生きていけない。


 そんなことは分かっていた。


 それでも。


 少女の瞳が見えた。


 諦めていた。


 助かることを望んでいない瞳。


 それは、昔の自分と同じだった。


 瓦礫の中で、誰にも助けを求められなかった幼い自分と。


 重なった。


「やめろォォォ!!」


 シオンの叫びが広場を裂いた。


 次の瞬間、鈍い衝撃が響く。


 体当たりを受けた処刑人が、高台の上を転がるように吹き飛んだ。


 群衆が静まり返る。


 神官の顔が引きつった。


 シオンは息を荒げながら、少女の前に立つ。


 背後で鎖が小さく鳴った。


「……どうして」


 ルナリアが震える声で呟く。


 シオンは振り返らない。


「知らねぇよ」


「え……?」


「俺が聞きたいくらいだ」


 神官が怒鳴った。


「何者だ、貴様!」


 シオンは肩で息をしながら答える。


「ただの通りすがりだ」


「異端者を庇うのか!」


「だったらなんだ」


 周囲がざわつく。


「馬鹿か、あいつ」


「教団に逆らったぞ」


「死ぬぞ……」


 神官の目が怒りに歪んだ。


「貴様、自分が何をしているか分かっているのか!」


「分かってるさ」


 シオンは笑った。


 挑発するように。


 どこか諦めたように。


「世界が終わりかけてるのに」


 神官を睨む。


「まだ誰かを殺して満足してんのか?」


 一瞬、広場の空気が凍った。


 神官の顔が真っ赤に染まる。


「捕らえろ!!」


 兵士たちが一斉に動いた。


 十人以上。


 剣。


 槍。


 盾。


 普通なら、その場で終わりだった。


 だが、シオンは動いた。


 低く身を沈め、最初に迫ってきた兵士の懐へ飛び込む。


 拳を叩き込む。


 鎧の隙間へ肘を入れる。


 足を払い、倒れた兵士の剣をかわし、別の兵士の顔面へ蹴りを放つ。


「こいつ、速い!」


「囲め!」


「殺すな! 教団へ引き渡せ!」


「うるせぇな!」


 シオンは歯を食いしばりながら吠えた。


「一人相手にぞろぞろ来やがって!」


 綺麗な剣術ではない。


 正統な武術でもない。


 ただ、生き残るために覚えた戦い方だった。


 兵士が一人倒れる。


 二人目が膝をつく。


 三人目が後ろへ吹き飛ぶ。


 群衆が悲鳴を上げる。


「なんだ、あいつ……!」


「教団兵を……!」


 だが、限界はすぐに来た。


 数が多すぎる。


 シオンの呼吸が乱れる。


 腕が重い。


 足が滑る。


「ぐっ……!」


 背後から剣が迫る。


 避けられない。


 そう思った瞬間。


 ルナリアの瞳が、青白く輝いた。


「危ない!」


 世界が止まった。


 風が止まる。


 人が止まる。


 舞い上がった砂埃が宙で静止する。


 剣の刃も、群衆の表情も、神官の怒声も、すべてが凍りついた。


 音が消える。


 時間そのものが止まったようだった。


 動けるのは、シオンだけ。


 そして、ルナリアだけだった。


「な……何だ……?」


 シオンは自分の手を見る。


 震えていた。


 恐怖ではない。


 胸の奥が熱い。


 心臓が暴れている。


 何かが、内側から目を覚まそうとしていた。


「あなた……その力……」


 ルナリアの声も震えていた。


「俺の力じゃねぇ」


 シオンは歯を食いしばる。


「こんなの、知らない」


 ドクン。


 視界が黒く染まる。


 青い世界が反転する。


 光が消え、音が消え、自分の鼓動だけが残った。


 そして。


 頭の中に、声が響いた。


『運命を変えろ』


 低く。


 重く。


 どこか懐かしい声。


『お前なら変えられる』


 シオンの右腕に激痛が走った。


「ぐっ……!」


 黒い紋章が浮かび上がる。


 皮膚の下を、黒い結晶が這うように広がっていく。


 星晶とは違う。


 青ではない。


 光でもない。


 それは、存在してはいけない色だった。


「黒……星晶……?」


 ルナリアが息を呑む。


 シオンは本能で理解した。


 これは、この世界にあってはならない力だ。


 だが同時に。


 この世界を変える力でもある。


 凍りついた時間が砕けた。


 次の瞬間。


 凄まじい衝撃波が広場を吹き飛ばした。


 兵士たちが宙を舞う。


 神官が悲鳴を上げる。


 石畳が割れ、処刑台が崩れ、周囲の建物が震える。


 群衆は悲鳴を上げながら逃げ惑った。


「化け物だ!」


「黒い星晶だ!」


「逃げろ!」


 シオン自身も、何が起きたのか分からなかった。


 ただ一つだけ分かった。


 もう後戻りはできない。


 鎖に繋がれたルナリアが、震える声で言った。


「あなた……何者なの……?」


 シオンは答えられなかった。


 空を見上げる。


 崩壊寸前の世界。


 青く輝く星晶。


 そして、胸の奥で脈打つ黒い力。


「俺にも分からない」


 それが本音だった。


 だが心のどこかで感じていた。


 今日。


 この瞬間から。


 世界の運命が動き出したことを。


 そして、遥か遠く。


 誰も知らない空の彼方で。


 巨大な何かが目を開いた。


『黒星晶を確認』


『観測開始』


 声は冷たく、無機質だった。


 世界の終焉まで。


 残された時間は、少なかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


シオンとルナリアの旅はまだ始まったばかりです。


次話「追われる者たち」へ続きます。

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