第13講 ライバル登場! 文学少年・史真奈夫(その2)
次の日の昼休み。
「師匠、文芸部に行こう!」
颯夏がいきなり現れて言うものだから、俺は返答に窮した。
「……いや、何しに行くんだよ?」
なんとか言葉を絞り出すと、颯夏はニコニコしながら言った。
「史師匠に、弟子入りするんだ。だから、東光師匠からも、お願いしてほしいんだよ」
「いや、なんでわざわざ俺が。ってか、お前、諦めたんじゃなかったのか?」
「やっぱり、史師匠にも指導してもらおうかなって」
まるで要領を得ない。……というか、第一の師匠である俺が何故、別のやつへの弟子入りを手伝わなきゃならないんだ? 単純に考えておかしい。
いや、待てよ。手伝わなくても、阻止することはできるわけだ。一人に対して二人も師匠はいらないからな。颯夏の師匠はこの俺だ。それも本当は嫌だけど、地位を他人に横取りされるのはもっと嫌だ。
「よし、行ってやろう」
俺は本音を隠して承諾し、立ち上がる。
「じゃあ、同行を許可して進ぜよう」
「なんで、俺から頼んだみたいな言い方してんだよ! しかもなんで偉そうなんだよ!」
聞き入れるんじゃなかった。腹立つわあ、めっちゃ腹立つわあ。
ということで、俺は結局、颯夏についていって二日連続の文芸部訪問をするに至った。ドアを一応礼儀としてノックした後、返事がないので勝手に開ける。
今日も史は作業机に向かって、原稿用紙の上で筆を走らせていた。こうしてみると、サマになっている。やっぱりパソコンで書くよりも、こうした方がカッコいいな!
周りを見ると、今日は彼以外に部員は一人もいないみたいだ。彼はいつもこうして、昼休みに来ては黙々と一人で作業をしているのだろうか?
「今日は何の用?」
俺たちが完全に部屋の中に入ると、史は顔も上げずにきいてきた。
「やっぱり、色んな人の創作術を参考にしたいから、弟子にしてほしいんだ!」
颯夏が言うと、史は依然として作業の手を休めることなく、冷淡な口調で答えた。
「ボクは弟子はとらないよ」
それから史は黙り、俺らも黙り、聞こえるのは時計の音と遠くから木霊する生徒の声だけになった。
気まずくなる前に、俺は気を利かせて、史に他の話題を振った。
「なあ、史は昼休み、いつもここで執筆してんの?」
返事はない。完全に無視されている。余計に気まずくなるじゃないか。
その時、颯夏が俺に話しかけてきた。
「そうだ、師匠。プロットはもう出来上がったから、持ってきたよ」
史とは関係のない話みたいだ。まあ、静かになるよりはいいか。
「また異世界ものか?」
「ううん、現代ファンタジー」
「どういうやつ?」
「現代が舞台だけど、魔物や魔族と戦ったりするの」
「オリジナル要素は?」
「ツンデレ!」
「は? もうちょい詳しく言ってね?」
「ここじゃあれだから、放課後持っていくよ!」
そんなどうでもいい(……は言いすぎか)会話をしていたら、急に他の声が割り込んだ。
「うるさいな!」
この部屋には三人しかいない。俺と颯夏じゃないとすれば、残るはあと一人しかない。俺は史の方を見る。案の定、彼は立ち上がってはいなかったものの、切れ長の目で鋭い眼光を放ち、こちらを睨むように見ていた。
「さっきから聞いていたら、ごっこ遊びにしか見えないのだけど。ボクは君たちのくだらない遊びに付き合ってる暇はないんだ。ボクは、本気で小説家を目指してる。君たちとは違うんだ」
いきなり能弁になる史に、俺は内心驚いていた。しかし颯夏は、すぐに反論に出る。
「俺だって、本気だよ」
「違うね。君のしていることは、小説に対する冒涜でしかない。ライトノベルだかなんだか知らないけど、ボクは君みたいにいい加減に自分の作品と向き合っていない」
「そんなこと……」
ないよ、と言い返そうとする颯夏の言葉に被せるように、史は続けた。
「君は一日あたり、どのくらい執筆してる?」
その問いに、颯夏はなかなか答えられない。史はさらに言い募った。
「この国だけでも、小説家になりたいやつは大勢いる。その中でプロになれるやつは、ほんの一握りしかいない。みんな、必死なんだ。君の小説に対する曖昧な態度は見るのも耐えかねるね。今のままでは、君は絶対に小説家にはなれない。それに、君みたいな何の努力もしようとしないやつがボクの最も忌避する対象なんだ。不愉快だから、もう二度とここに来ないでくれ。目障りだ」
それまでは確かに正論だなと思って穏便に聞いていた俺も、さすがに今の言葉にはカチンと来た。泥のついた手で頬に触れられたような不快さが、史への明瞭な敵意となって俺の中に息づいた。
確かに、颯夏は口では夢を語っていても、怠け者だ。でも、ちゃんと前向きに夢への階段を登ろうとしている。それは、俺が一番よく知っているだろう。何も知らないくせに、「何の努力もしない」だと? これは颯夏だけでなく、俺に対する批判でもある。
俺は拳を握りしめ、今にも史に殴りかかりそうな衝動を抑える。ただ、殴ることはできなくとも、何か言い返してやらないと気が収まらない。
しかし俺が口を開きかけると同時に、何かが風のように俺の腕を擦過し、それとほぼ同時に、バン! とドアを思い切り開く音だけが鳴った。続いて足音が廊下に響き渡り、それも次第に遠のいていった。振り向くと、颯夏が部室を出ていった後だった。
俺は咄嗟に追いかけ、教室に戻った。だが、颯夏の姿は見えない。どこに行ったのかと不安になりかけた時、ふと数週間前のことを思い出し、俺は踵を返した。
あそこの可能性が高い。俺は屋上へと続く階段を駆け上がり、屋上のドアを勢いそのままに開けた。今朝は晴れていたのに、今はどんよりとした曇り空が広がっている。その真下のコンクリートの地面に、颯夏はこちらに背を向けて立っていた。
俺はゆっくりと彼に近づき、そっと呼びかけた。
「おい」
ゆっくりと颯夏は振り返った。その瞳に映った光が、ゆらゆらと揺れている。それは、俺の予想した通りだった。しかし、颯夏のその後の行動は、俺の予想に逆らった。
颯夏はこちらに向かって駆け出し、突進するように俺の胸に飛び込んできたのだ。さすがは男の娘。ただ、その気持ちは俺にも少しだけわかった。わかってやりたかった。
「師匠……」
小さく掠れた声を漏らす颯夏の震える背中を、そっと優しく撫でてやる。お前も悔しかったんだな、よしよし。
雲がいっそう濃くなり、今にも降り出しそうなほど暗い空は、彼の心を映したようだった。




