第13講 ライバル登場! 文学少年・史真奈夫(その1)
「昨日、私もライトノベル、買ったよ」
前席の古代が脈絡もなくいきなり、くるっとこちらを向くなり話しかけてきた。
「お、おう……何を買ったんだ?」
どう反応を示せばよいのかわからず、とりあえずそうきいてみる。
「東光くんの小説」
古代は屈託なく、ハキハキと答えた。
こいつとは昨日書店へ行った時、偶然会ったのだ。結局買ったのか。しかも俺の書いた小説。けど、そこは純粋に嬉しい。涙が出そうだ。
「ど、どうだった?」
きくのはちょっと恥ずかしかったけど、相手に感想を求めたくなるのは作者の本能というやつだ。
古代は少し考えた顔をし、
「うーん、やっぱり異世界とかはよくわからないけど、私も何か書きたくなっちゃった」
と言った。初め、どういうことかわからなかったが、古代が言うには俺の小説に触発されて自分も何か書いてみようという気を起こしたのだという。これも、実に喜ばしいことだ。俺の作品を読んだやつが創作意欲を掻き立てられたなら、創作者冥利に尽きるというものである。
「そうか。そう言ってくれただけでも、自信つくぜ」
「まあ、気が向いた時に書く程度だけどね」
その余計な発言により、さっきまでの心意気が一気に萎んでしまった。もちろん、俺の。
「それ、三日坊主のする発言じゃないか」
「失礼ね、坊主だなんて。せめて三日少女って言ってよ」
「なんで三日は否定しないんだ!?」
俺は脱力しつつ、額を机の上にくっつける。
「あ、そうそう。ねえ、東光くん。私、文芸部に友達がいるんだけど……」
ああ、まだ話続くのね。顔を上げて「文芸部?」と思わず尋ねると、古代は答えた。
「同じ委員会で、話してるうちに仲良くなったの。それで、その子が言ってたんだけど、同じ部活に小説家志望の人がいるんだって」
その話に、俺はさらに関心を寄せる。「小説家志望」という響きが、興味をそそったのだ。
「それ、新米じゃなくて?」
「私も最初はそう思ったんだけど、違うみたい。なんでも、一日の読書冊数が十冊なんだって」
「なんだ、それ。バケモンだろ、そいつ」
さすがの俺でも一日に十冊は読めない。というか、人間に可能なのかとさえ思えるんだが。
「東光くんも小説書きだったら、会って意見交換とかしてみてもいいのかなって思って。私もその人とは話したことないから、今から文芸部の友達のとこへ行って紹介してもらおうよ」
いやに積極的な古代に俺は内心引いたが、それでも彼女の優しさを噛み締めながら、頷いた。俺としても、刺激になる相手は欲しい。ココの学校は読書嫌いが多すぎて何の張り合いもないからな。
俺は古代に連れられて、隣の教室へ行った。古代は後ろのドアの前に立って、廊下から中へ呼びかけた。すると、ショートカットの背の低い女子が出てきた。
「あ、ルビイちゃん。何かご用かしら?」
なんか、昔の少女漫画みたいな喋り方するやつだな。古代は俺のことを指して、紹介した。
「こちら、東光くん。私と中学が同じで、小説家なの」
「えっ? あの有名な東光くん?」
相手の女子は驚いたように、こちらを凝視してくる。俺、他クラスにまで知られてるのか? 有名人になるのはいいが、こう一々驚かれるのは慣れていないせいか、どうも落ち着かない。気まずさに耐えかねて、俺は教室前のロッカーに目をそらす。
続いて、古代が今度は相手を俺に示した。
「こちら、白根聡香ちゃん」
白根さんという人は、ペコリと頭を下げた。礼儀の正しさは見習うべき点がある。次に白根さんは、俺の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
「それで、東光くんはどんな小説を書いてるの?」
若干、目が輝いている。興味津々だな、この人。まあ、最近少し馴れてきたから、俺はいいんだけど。
「ら……ライトノベル、とか」
「ライトノベル? 何それ?」
知らないのかよ。文芸部なんだから、そのくらい知っときなさいよ。
「私、漫画専門だからあんまり小説とか詳しくないんだよね。そんなに読書するわけでもないし……」
あぁ、そういうことね。……にしても、それはそれでちょっと悲しい。いや、だいぶ悲しい。
「聡香ちゃん。その……前に話してた人いるじゃない? 文芸部の。東光くん、その人に会いたいんだって」
古代が白根さんに本題を伝える。その言い方だと、俺がむちゃくちゃ会いたがってるみたいなことにならないか? まあ、会ってみたくはあるけど、本来、古代から提案してきたのだ。
「あっ、もしかして史くんのこと? 今、教室にいないから、多分部室にいると思うよ?」
白根さんは教室の様子を振り返りながら、言った。続いて「よかったら案内しようか?」とまで言ってくるので、さすがにそれは……と思っていると、古代が口を挟んだ。
「いいじゃない、案内してもらえば!」
こいつが会いたいだけじゃないか? と思ったけど、ぐっと心の内だけに留めて、せっかくの機会だからと俺は承諾した。
それから俺は白根さんに案内され、文芸部の部室の戸を叩いた。結局、古代はついてこなかった。いまいち、あいつの考えてることがわからない。颯夏とはまた違う、奥ゆかしさがあの女にはあるように思われる。それはどうでもいいか。
文芸部のドアを開けると、廊下から中の様子を窺ってみる。部屋には二人いた。
一人は机に向かい、四百字詰めの原稿用紙を前に手を動かしている。グレーに近い黒い髪は短く、目許はキリッとつり上がっている。体格は細身で不健康な印象は拭えないが、肌が高校生男子にしては妙に白く、それがうまい具合に文学チックな印象を与えている。総じて、「文学少年」という肩書きが彼には相応しい。
もう一人は、その文学少年の周りをウロチョロとし、彼の肩を揉んだり、後ろのポットから茶を注いで彼の傍らにそっと置いたりしている。紅茶色の髪、身長はやや低く、子供のようなあどけなさを顔全体に残している。要するに、颯夏だった。
「ねえ、史師匠。そろそろ、答えを頂戴してもいい?」
「何やってるんだ!!」
思わず、俺は大声を上げていた。休み時間とはいえ、マナー違反だよな。反省。
颯夏も、ようやくこちらの存在に気づいたらしく、俺の方に顔を向ける。
「あれ、師匠も弟子入りに来たの?」
「意味わかんねえよ! お前、こんなとこで何してんだよ」
「史師匠に、弟子入りを申し込んでるんだ」
「いや、お前の師匠は俺のはずだろ?」
全く颯夏の思考が読めない。まさか、師匠を俺から史に鞍替えする気か? いや、それはそれで、やつから解放されて自由になれるから俺としてはいいのだが、颯夏から無理やり師匠に仕立て上げられたわけだし、簡単には納得できない。
「文芸部にすごい人がいるって聞いて、弟子にしてもらえないかって思ったんだよ。あ、安心してね。東光師匠には、これからもお世話になるからね」
「それでも! なんで、そいつにも弟子入りしようとしてるんだよ!」
「だって、師匠は多い方がいいじゃない?」
「そういう問題じゃない!」
呆れて物も言えない。というか、こいつの身勝手さがますますエスカレートしているみたいに感じる。ここは、第一の師匠として、史への弟子入りを阻止しなければ。
「ちょっと静かにしてもらえるかい?」
不意に、文学少年が原稿用紙から顔を上げてこちらを見た。その鋭い目には、叙情的な趣がある。どうやら、こいつが史真奈夫らしい。
颯夏とのこれまでのやり取りを後ろから見守っていた白根さんが俺の前に出てきて、史に俺がここへ来た経緯を説明した。
「知ってるかもしれないけど、隣のクラスの東光くん。彼も小説書いてて、史くんを紹介してほしいって頼まれたの。史くんも小説家を目指してるんだったら、彼と交流するのもアリなんじゃないかな?」
完全に古代からの受け売りだが、さり気なくフォローを入れてくれる。
史は黙っていた。俺も黙っていた。二人で沈黙を守り合い、互いの出方を窺う。
やがて、史が先に口を開き、
「君は、どんな話を書いているのか」
と、鷹揚にきいてくる。口調も純文学風だ。こりゃ、一人称は片仮名で「ボク」に決定だな。
「あ……え〜と、異世界、って聞いたことあるか? 要するに、ラノベだよ、ライトノベル!」
史は口を閉ざし、しばらくこちらをじっと見つめていた。そして、やがてこう言った。
「……なんだ、キモオタ小説か」
「キモオタって言うな!」
偏見だから、それ! いや、確かにそういうのも中にはあるけど! ほんの一部だから!
史は視線を原稿用紙に戻し、再び手を動かし始めた。古代や白根さんは意見交換がどうとか言っていたが、今の発言によって、俺はこいつとは相容れないということが判然とした。もうここに用はない。
身を翻して教室に帰ろうとすると、今度は颯夏の大声が後ろから俺を引き止めた。
「師匠! 中間テストが終わったら、今度の公募に出すやつ、途中まで添削してね! この間から書き始めてるんだ! 師匠、師匠、師匠!!」
「うるせーよ!」
振り向きざま、俺はやつに一声浴びせた。史はこちらを気にも留めず、執筆に集中しているようだ。一方、白根さんはこのノリについてこれず、ポカンとしている。
颯夏は無邪気な子供のような身振りで、俺に歩み寄ってきた。
「やっぱり、俺には東光師匠だけで十分だよ。今日の放課後も寄るからね」
「いや、そろそろ勉強に入らないと……ってか、お前、忘れてたけど金まだ返してないだろ! 今日、持ってくるって約束だったぞ」
昨日、書店でこいつの購入分の代金まで立て替えさせられてたことを不意に思い出し、催促すると、颯夏も焦ったように眉を上げた。
「あっ、それだけど、また今度でいい?」
そんなことを、言い訳がましく言ってきやがった。
「いや、言ったよな? 今日持ってこいって」
「もう少し待って! その代り、テスト期間中、師匠の家に押しかけたりしないから!」
「当たり前だろ! そんなことされたらさすがにキレるわ! ってか、家に金あるんじゃないのかよ!」
俺と颯夏が言い合っていると、ガタッ、と椅子から勢いよく立ち上がるような音が聞こえ、そこに目を向けると、予想通り史が席を立ってこちらを睨んでいた。そして原稿用紙とペンを持ち、静かにこちらへ近づいてきた。俺は咄嗟に身構えたが、彼は俺と颯夏を素通りすると、廊下に出ていった。
そんな史を気にした白根さんが、彼に向かって声をかける。
「史くん、どこ行くの?」
すると史は振り向き、文学的な声と調子でこう答えた。
「空き教室へいく。ここじゃ、やかましくて集中できやしない」
史は歩いていき、俺は廊下に出てそれを目で見送った。やっぱり、かなり怒ってるみたいだった。まあ、仕事してる隣であんなにうるさくされたら、そりゃ怒るよな……。
なんか、申し訳ない気持ちになった。
【用語解説】
・キャラクター名:ダジャレ。
・三日少女:坊主じゃないのに「三日坊主」というのに抵抗がある人のための言葉。類義語に「三日お姉さん」などがある。知らんけど。




