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第12講 書店に行こう!

 今日は特別暑くもなく、寒くもない程よい気候の日曜日。

 こんな日は絶好の執筆日和だ! ……なんて言っていられないのだ、俺の場合。


 今日は颯夏と、一緒に書店に本を買いに行こうという約束をしている。正確にはさせられているのだけれども。午前十時半、俺は駅の改札前で颯夏が来るのを待っていた。

 近くに大型のショッピングモールがあり、そこにかなり広い書店が入っているから、そこへ行こうと提案したら颯夏もすぐに了承してくれたのだ。


 しばらくして、颯夏が改札を通って駅から出てきた。


「師匠っ、早く行こう!」


「おい、公共の場でその呼び名はやめろ」


 ほら、そばを通る人が何事かとこっちを見ている。本音を言うと普段からやめてほしいのだが、言っても聞かないのだから仕方がない。それにしても、小説に関することを色々と教えているつもりではいるが、今までに師匠らしいことをしたかと問われれば、今ひとつ頷けない。


 俺はやむなく、颯夏をモールまで案内した。ここからは徒歩五分程度で行ける。俺も母親に連れられて何度か訪れてはいるものの、行った回数で言えば少ない方だった。本を買う時は学校の近所の小さな本屋で済ますことがほとんどだし、わざわざ行く用事もない。


 本屋は四階にあり、そのフロアの大半のスペースを陣取っている。エスカレーターで四階に着くと、目の前にはもうすでに「桜梅おうばい書店」という看板が出ていた。毎度のことながら、日本らしい書店名だと思う。


 入り口に立つと、本日は休日ということで、もうすでに色々な人で混んでいるのがわかる。


「師匠、じゃあ何を買えばいいの?」


 まるで自分で選ぶ気がないかのごとき言い草だ。まあ、仕方がない。それを見越して、俺は昨日の晩のうちにあるものを用意しておいたのだ。それはズバリ、「俺のおすすめライトノベル」をいくつかリストアップし、プリントアウトしたものだ!

 初心者に易しく、それでいて俺が心から推薦できる作品だけを厳選した。これなら、ラノベに多少苦手傾向のある颯夏君とてすんなり入り込めるだろうという自負がある。


 俺は早速、肩掛けバッグからその紙を取り出して颯夏に渡した。颯夏はじっと、俺の選んだタイトルリストに視線を落としている。


「ここに、俺が今推してるラノベ作品がまとめてある。どれもメジャーなものばかりだから、探せばどっかにあるだろう。あとは自分で見つけてくれ」


 颯夏は顔を上げ、不思議そうな目を俺に向けてくる。


「師匠はどうするの?」


「こっちはこっちで、読みたい本を探してる。一時間後、レジのところで待ち合わせだ。いいよな?」


「オッケー!」


 ということで、俺と颯夏はここで一旦解散した。せっかく本屋に来たのに、やつに付き合うだけでは時間が勿体ない。俺は俺で、欲しい作品、今気になっている作品を探すとしよう。本屋に来る度に思うことだが、まるで宝探しのようなワクワク感がある。


 颯夏はやや嬉しそうな浮ついた足取りで、書店の中へ乗り込んでいった。その後ろ姿が数年前の俺に似ているように思えて、少しの間、ほっこりしてしまった。


 気を取り直し、俺も店内に足を踏み入れるとすぐ、行くべきコーナーへと向かった。


 俺が行くのは、もちろんライトノベルのコーナーだ。俺の敬愛する作家の新刊がいくつか出ているはずだから、それをまとめ買いするのが狙いである。最近は色々と諸事情あって本屋にさえ足を運べていたなかったから、俺にとって颯夏の提案は実は有り難くもあったのだ。まあ、「色々」と濁しはしたものの、要は、そのほとんどが颯夏関連である。が、今はそれを気にしていても仕方ない。


 俺は目当ての一冊を見つけてそれを手に取り、表紙を恍惚と眺めた。俺にとっては大先輩に当たる、舐瓜めろん草太そうた先生の『異世界マジック☆ワールド』だ。文体も読みやすく、しかもたまにユーモアあふれる独特な言い回しをする。俺も何度となく影響を受けたものだ。それに加え、イラストもドストライクで、新刊が出るたびに買ってしまう。今回も中央にこの巻のヒロインと思われるキャラクターが全面に描かれている。まさに、欲しかったラノベを手にした瞬間の醍醐味だろう。


「パリピ!」


 不意に、隣から子供のような甲高い声がした。まさか、と思って振り向くと、五歳くらいの男の子がこちらをじっと見上げて立っている。

 しかもその子が俺のことを指さしながら、あろうことかこう言ったのだ。


「パリピ!」


「はぁ? パリピじゃねーよ」


「パリピ!」


「だから、パリピじゃねーって! つーか、どこで覚えた、そんな言葉!」


 俺のツッコミも虚しく、男の子はニッコリとご満悦そうな顔をして、また言った。


「パリピ〜」


 というか、なんでこんな小さい子がラノベのコーナーにいるんだ? 親どこだよ。しかも、なんで俺をパリピだと思ったの? ラノベを持ってるだけでパリピなの? なんで?


 ところへ、一人の女性が走ってきて男の子を抱きかかえた。


「す、すみません」


 軽く頭を下げられ、俺も思わず会釈で返してしまう。そして女性は男の子を連れて再び駆け去ってしまった。どうやら、あの子の母親だったらしい。まったく、子供から目を離すなんて言語道断だ。


 俺は内心ため息をつきながら、とりあえず手に持っていた『異世界マジック☆ワールド』を棚に仕舞った。

 そこへ、後ろからまた新たな声がかけられた。


「東光くん?」


 聞き覚えのある声だな、と思って振り返ると、そこにいたのは古代だった。薄手のブラウスにジーンズを着て、頭には白いカンカン帽を被っている。思いがけないところで会ったこともさることながら、俺は初めて見る彼女の私服姿を目にし、少しばかり狼狽してしまう。


「どうしたの、またため息なんかついて」


「え? ついてた? 俺?」


 心の中だけのつもりだったが、実際に俺はため息をついていたらしい。これはある種の病気かもしれない。気をつけよう。


「それにしても、奇遇だね。東光くんは新しい小説を物色中?」


「ま、まあな。古代は?」


「私も、たまには本読みたくなっちゃって」


 古代はそう言って、書棚に並んだ背表紙のタイトル群をじっと眺めている。それを見て、俺は彼女にも何か勧めようかと悩んだが、やっぱりやめにした。押しつけがましいと思われるかもしれないし、余計に気まずくなるだけだろう。


 それから俺と古代は、黙って各々欲しいものを探し始めた。


「ここって、ライトノベルのコーナーだよね?」


 突然、古代がまた俺に話しかけてきた。


「そうだけど?」


「隣に、漫画のコーナーがあったんだけど、それって何か関係があるのかな?」


 いきなりそんなことをきかれたので、俺は咄嗟にいい答えが思い浮かばなかった。


「いや……別に、関係はないと思うけど……」


「そうなんだ。私、てっきりライトノベルは漫画と同じ扱いなのかと思った」


「まあ、そうかもしれないよな。大抵の書店では、わりと漫画コーナーの近くにあるのが普通だし」


「東光くんは、それで悔しくないの?」


 はい? と俺はつい古代の方に目を向けた。古代は俺を見ずに、ただ書棚をぼうっと眺めている。どういうことなのか、その問いの真意がよくわからなかった。というより、全くわからなかった。


「いや、悔しいって、どういうこと?」


 とりあえず、そうきき返してみる。


「小説なのに、漫画と一緒にされて、複雑だな〜とか思わないのかなって思って」


 ここで、古代はちらっと目の端に俺を捉えるようにして、こちらを見る。

 俺はすべてを理解した。今まで、そんなことは考えようともしなかった。


 ラノベの表紙は、確かにアニメに出てくるようなキャラクターが描かれているものが多い。メディア化されるにしても、アニメになる率が極めて高い。本文の途中に挿絵も入っている。本来なら、小説は挿絵なんか入らず、想像力だけで楽しむべきものなんだ。

 そんなラノベを小説と呼ぶのは、往年の文豪たちに失礼。――そんなことを、どこぞの小説家志望のやつも言ってたような気がする。

 よくよく顧みれば、実際、そうなのかもしれない。


 ただ、絶対に揺るがないこともある。俺はラノベが好きだ。他の小説ももちろん好きだが、俺が創作を始めるきっかけを作ってくれたのがネット小説、もといライトノベルだから。


「まあ、そう思わなくもないけど、俺は別にそれでいいと思う。だって、それだから本が売れなくなるわけじゃないし、他の作者や読者もあまり気にしてないと思うから」


「そうだよね。なんか、変なこときいちゃって、ごめんね?」


 古代はそれから、何も手を付けずにその場を離れていった。俺は、彼女が遠慮したんじゃないかと、別の意味で複雑な気持ちになった。



 颯夏との約束の時間が近づき、俺は数冊の本を抱えてレジの前に行った。見渡すと、颯夏はまだ来ていない。とりあえず、先にレジに並ぶことにした。


 店員の女性がバーコードを通しながら、


「カバーはどうされますか?」


 と尋ねてくるので、俺は「いいです」と断った。

 その時、背後に誰かが来たような気配を感じた。そして俺が振り向く間もなく、「ちょー!」というやんちゃな声とともに、俺は自分の尻に激痛を感じた。まるで、ケツの割れ目に何かが挿入されたような。


「うぎゃあぁぁぁぁぁ!!」


 店員の目の前で、俺は絶叫した。

 痛みに耐えつつ振り返ると、さっき俺のことを「パリピ」呼ばわりした男児が、背を向けて逃げていくのが見えた。俺は、そいつに後ろから浣腸されたのであった。

 またあいつかよ。というか、親どこにいるんだよ、マジで。ちゃんと見とけや!


 次いで、バサッ、と今度は前のレジに幾冊かの本が置かれた。ふと横に視線を移動させると、隣に颯夏が立っている。


「師匠。これもお願い」


 颯夏は、平然とした顔でそう言う。


「は? お前、金は?」


 すると、颯夏は満開の笑顔で、


「んん?」


 と首を傾げた。


「お前もかよ!」


 いや、疑いもせず颯夏の心の内を読まなかった俺も俺だけど。てっきり、自分の財布くらい持ってるだろうと思い込んでいた。でもなんでこいつ、のっけから俺に貢がせようとしてるんだよ。自分が読む本なんだから、自分で買うのが筋だろうが。



 今日は、俺にとって散々な日となった。まあ、欲しかった本が収穫できただけでもいいか。

 と、無理やり自分を納得させつつ、駅に向かう途中、俺は電卓に今日の収穫分の金額を打ちながら、隣を歩いている颯夏に話しかけた。


「今日、俺が払った分は絶対にあとで返してもらうからな」


「じゃあ、それまで師匠、預かっといてよ」


「なんでだ?」


「だって、もうすぐ中間試験じゃん? 勉強もしないといけないし」


「だったら、今日来た意味なくないか?」


 そうだった。俺も今までうっかり失念しちゃってたけど、あと二週間ほどで高校入学以来初の定期考査なのだ。夢にばかりかまけて現実をおざなりにするほど、アホなことはない。颯夏もそれは自覚していたのだろう。


「じゃ、金が出来たら現物と交換ってことで……」


「お金ならあるよ。家に」


「じゃあすぐに持ってこい! 明日持ってこい!」


 まったく、師匠に立て替えさせるとは言語道断。まことに、今日は災難だった。俺が。


「あっ。ねえ、パリピ?」


「パリピじゃねーよ! 聞いてたのか!?」


「十円ならポケットに入ってた。これだけ前払いってことでいい?」


「いらんわ! ややこしい!」


 マジで俺、こいつの師匠なのか……?

【用語解説】

・宝探しのようなワクワク感:本屋行くとそういうのありますよね。ない?

・舐瓜草太:そういうペンネームの人、どこかにいそうじゃないですか?

・異世界マジック☆ワールド:センスが無いので、こんなタイトルしか考えられなかった。タイトルについては、前々講を参照。

・パリピ:パーティーピーポーの略。「馬鹿騒ぎしている人のこと」を意味するネットスラング。

・小説なのに、漫画と一緒にされて~:個人的な疑問。

・ラノベを小説と呼ぶのは~:第2講参照。

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