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第十一章 11

「うん?」


 膝に重みがかかり、うっすらと瞼を開けるとじっとこちらを見上げてくるつぶらな瞳と目が合う。

 アディリシアが私の膝に乗り上げようと手をつきながらこちらを見上げていた。

 お人形みたいな愛らしい顔は目が合うとにっこりと満面の笑顔を作る。

 可愛い、つられるようにして自然と私の顔もほころんだ。


「おねーさまおきた」

「アディ起こしたらダメだよ」


 意識がぼんやりとする中、何度か瞬きを繰り返すと視界がはっきりすると共に意識が戻って来た。

 そうだゾーイ様の所に来ていたのだった。

 そう思い至ってハッとし身を起こす。

 私にのしかかっていたアディリシアが体制を崩すがアレンがすかさず支えてくれた。


「あ、アディごめんね。というか、ごめんなさい私寝てしまって」


 慌てて謝罪の言葉を述べる。

 レン兄さまのマントを巻き付けた後、うっかり眠りに落ちてしまったらしい。

 見回すとテーブルの上にはいくつかの飲みかけのグラスが置かれている。


「私が寝ていたせいで……」


 もしかして私が起きるのを待っていたのだろうか、そう思うと申し訳なさで冷や汗がでた。

 アレンやゾーイ様も忙しいのに時間を作って協力してくれていて時間は有限だと先ほど言われたばかりだと言うのに。


「姉が寝ている間に妹はしっかり仕事をしていたぞ。なー?」


 レン兄さまがからかうように言ってアディリシアに同意を求める。

 当のアディリシアはキョトンとした顔で首を傾げた。


「本当にすみません、アディもごめんね」

「叔父上、ルディをからかわないでください。大丈夫だよルディ」


 恐縮する私の隣で幼馴染みが叔父を嗜めてくれた。

 気まずいながらも見回すとレン兄さまが少し離れたところに足を汲んで座し、同じソファではアレンがアディリシアを挟んだ隣で微笑んでいた。

 ゾーイ様は席を外しているようだ。

 私の体にじゃれているアディリシアを支えているアレンに気まずさを覚えながらも訪ねてみる。


「私どのくらい寝ていたかしら」

「そんなに経ってないから短い時間だよ。もう少し寝ていても大丈夫なくらい」

「そういうわけには……本当にごめんなさい。眠るつもりは無かったのにマントにくるまった途端意識が……ま、まさかレン兄さまこのマントに睡眠の魔術を」


「そんなわけあるか、そんな術かけたらそれを身につけている俺は起きていられないだろうが」

「ですよね。あんまりマントが心地良過ぎたので言ってみただけです」


 また寝てはいけないと心地好くくるまっていたマントを肩からずらすと私の体によじ登ろうとするアディリシアの体を引き上げて膝の上に抱き下ろした。

 きゃっきゃと嬉しそうに抱き付いてくるアディリシアの額に手を当てて熱を確かめる。

 今は微熱もなくご機嫌な様子にホッとした。


「ふん……マントには回復魔術をかけているからな。チビの漏れ出た魔力を吸収して効力が増している分、寝てしまうほどお前の疲れが溜まり過ぎているだけだ」

「そんな事はないのですけど」


 確かにここのところ気を張っていた部分はあるけれど、体力には自信がある方だ。

 こうも一瞬間で眠りに落ちてしまうとは、自分でも驚いている。


「まぁ少しは顔色が良くなったんじゃないか」

「あんな言い方しているけど、叔父上なりの計らいだと思うよ」


 こそりとアレンが小声で囁く。

 あえてマントを羽織る様に言ったのは心配してくれたからなのだろう。


「……ありがとうございますレン兄さま」

「ふん、一応今はアスターフォード家の医術師を担っているからな」


 照れを隠すように得意気な顔をするレン兄さま。

 わかりにくい優しさが暖かい。


「そんなに顔色が悪かったかしら」


 思わず頬に手をあててみる。

 アレンはアディリシアの抜けた隙間をずいと詰めて私の顔を覗き込んだ。


「ルディはいつも頑張りすぎなんだよ、夜もアディを寝かしつけた後に遅くまで家の仕事をしているんだって?ライルが心配していたよ」

「ライルったら……簡単な書類仕事だけよ、今はお父さまたちも忙しいし少しでも出来ることはやりたいの」


 お父さまは頻繁に離宮へと私たちの様子を見に顔を出してくれるけれどすぐにお仕事へと戻られてしまう。

 たまにお父さまと一緒に来るサイラス様も疲れた顔に無理して笑顔を作っていた。

 モーリスも忙しいのかあまり姿を見ないし、ハンナは大丈夫だと言ってくれるけれど。

 せめて、アディリシアの事はもちろん家の事も少しでも私に出来ることはしたいと思ったのだ。


「僕も心配だ、あまり無理はしないでね」

「ありがとう、アレン」


 幼馴染と微笑み合っていると小さな手がペシペシと私の腕を叩いた。


「おねーさまもゲームする?」

「ゲーム?」


 アディリシアがテーブルの端に置かれた色や形の様々な鉱石を指さす。

 おそらくどれも魔力を持った魔石なのだろう。

 いくつかは青や黄、赤など色のついた箱に入っていた。


「ルディが寝てすぐにアディが目を覚ましたからアディの相性が良い材料を選別するのに協力して貰っていたんだよ」

「アディねぇ“せいかい”いっぱいだよ」

「正解?」

「アディの好きな石が正解。アディはすごいね」

「えへへ、アディすごい」


 アレンに撫でられながらアディリシアが照れ笑いを浮かべ足をバタバタさせた。


「好きな石が正解なの?」

「チビの好きな石、つまりそれは相性の良い石という事だ。こういうのは直感で選ぶものだからな」


 頭にハテナを浮かべる私を察してレン兄さまが教えてくれた。

 選んでいる中で飽和している魔力も魔石に障ることで吸収され、今のアディリシアは体が軽いせいかテンションが高い。


「ルディアお嬢様!お目覚めになったのですね」


 明るい声とともにリタがお菓子の入った皿を手にゾーイ様と姿を現した。

 リタは足早にこちらへと来るとテーブルにお皿を置いて私の側へと屈み様子を伺う。


「お嬢様どこか具合が悪かったりしませんか」

「大丈夫よ、むしろ少し寝たおかげでスッキリしているわ」

「良かったです」

「ありがとう、リタはいつ来ていたの」

「少し前です。ジャンさんが皆様へとお菓子を持たせてくださったのでルーグ子爵にお皿をお借りしていました」


 リタが置いたお皿には焼き菓子が沢山乗っていた。

 アディリシアの好きなお花のお菓子もある。


「おかし!」

「はい、アディ」

「アレンさまありがとう」


 お菓子に目を輝かせたアディリシアにアレンが一つ手に取って渡してくれた。

 きちんとお礼を言って美味しそうに頬張っている。

 私はと言えば戻られたゾーイ様に速やかに頭を下げた。


「ゾーイ様、申し訳ありません。寝てしまって」

「問題ない。アディリシアにはアレン殿がついていたし、その間にレンフェウス殿と私で下準備を済ませた。今日はアディリシアも大人しいから気にしなくていい」

「ゾイせんせい、アディいいこ?」

「……ああ良い子だ」

「おねーさまアディいいこ」

「ええ、えらいわ」


 頭を撫でてあげると抱きついて頭をぐりぐりしてくる。

 照れ喜んでいる仕草がくすぐったかった。


「では、私はそろそろ次の作業を始めたい」


 ゾーイ様が立ったままそう言った。

 アレンとレン兄さまは次の作業が分かっているのか頷いて立ち上がる。


「んじゃ、やるか」

「アディ、少し僕たちのお手伝いをしてくれるかな」

「おてつだい?」

「うん、そうだよ。すぐに終わるからお菓子はまたここに戻ってきて食べられるよ」

「アディおてつだいする」

「ありがとう」

「おねーさまは?」

「お姉さまはもう少し休ませてあげようね。アディ、隣の部屋でやるから僕がだっこしてあげようか」


 アレンが身を屈めてアディリシアに手を差し出した。

 けれど珍しくアディリシアは首を降った。

 そしてある方向に視線を向ける。


「アディね、ぞいせんせーがいー」

「え……そう、ゾーイ殿が良いそうです」


 軽くショックを受けたアレンが振り向いてゾーイ様に声をかけた。

 ゾーイ様は眉間に皺を寄せて渋い顔をする。


「何故私に……無茶を言うな」


 無理だと引くゾーイ様とは反対にレン兄さまが名乗りを上げた。

 ニヤニヤと笑いながら近付いて来る。


「よしチビ、俺が抱き上げてやろう」

「……だぁれ?」

「おまっ、散々抱っこしてやっているだろうが」


 アディリシアが私にしがみついて警戒の眼差しをレン兄さまに送る。

 確かに良く抱っこしてもらっているけれど大体アディリシアが眠っているので当の本人にその自覚はないのかもしれない。

 レン兄さまがちょっと不憫。


「ま、まぁまぁ叔父上、落ち着いて」

「ではアディリシア様、このリタが」

「やーん。じゃアディおてつだいしない。おねーさまといる」


 ギュウと小さな手でしがみついてくるアディリシア。

 ここは私が抱き上げて連れていくのが良いだろう。


「じゃアディ、お姉さまと」

「……仕方がない」


 私が言うよりも先にゾーイ様がため息と共にアディリシアを抱き上げた。

 眉間に皺を寄せているがその手付きはぎこちなく不器用ながらも優しい。

 アディリシアは嬉しそうにゾーイ様の首に腕を回した。


「今回だけだぞ」

「ゾイせんせーありがとー」

「作業部屋は狭い、ルディア嬢はここで待っていてくれ」

「わかりました。妹をお願いします」


 隣の部屋へと移動するみんなを見送りながら忘れていた事をハッと思い出した。


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