第十一章 12
「リタ」
大事なことを思い出した私は側に立つリタに声をかけた。
リタにはアスターフォード邸に行ってあるものを持って来てほしいとお願いしていた。
頼んだものはどうだったかと尋ねようとするとリタは直ぐに察して笑みを浮かべて頷いてくれた。
「大丈夫です、持って参りました」
「ありがとう」
「いえ、遅くなり申し訳ありません。ご依頼のものはこちらに、ハンナさんとモーリスさんにも確認していただいたので間違いないかと」
差し出された小さなビロードの箱を受け取る。
そっと開けると頼んでいたものがしっかりと収まっていた。
「お嬢様に一筆書いていただいて正解でした、ハンナさんもモーリスさんも少し怪訝そうな表情をされていたので」
「……そう」
古くから我が家に仕えてくれている二人の反応は想像つく。
だから念の為リタには事前に私が頼んだ旨を記した手紙を持たせていたのだが役に立って良かった。
私なりに考えて決めたのだ。
「お嬢様……」
「ありがとう、リタ」
リタは何か言いたそうにしつつも私の意を汲んで頼まれてくれた。
私は箱を手にレン兄さまたちの後を追った。
隣の作業場を覗き込む。
薬棚と書棚が並び様々器具が所かしこに置かれていた。
「ゾーイ殿はどうやってアディにそんなに気に入られたんですか」
「……君は本気で言っているのか」
アディリシアを抱き抱えるゾーイ様に羨ましげにアレンが尋ねたところ、思い切り眉間に皺を寄せてゾーイ様が短く答えた。
レン兄さまはレン兄さまでとても悔しそうにしている。
「この俺を拒否するとは」
「腹黒さがにじみ出ていたのではないですか」
「おいアレン何か言ったか」
「さ、ゾーイ殿始めましょう、アディも宜しくね」
「はーい」
楽しそうなやり取りを聞きつつ様子を伺うとそう広くない作業場の入り口から近いところにレン兄さまの後ろ姿があった。
ちょうど良かったと控えめにその背に声をかける。
「レン兄さま」
「うん?」
振り向いたレン兄さまがアレンたちを気にしつつこちらへと来てくれた。
作業場から出て来てくれたところで手にしていた小箱をレン兄さまへと差し出した。
「レン兄さま、アディリシアの魔道具作りにこちらもお役立ていただけますでしょうか」
「これは……」
レン兄さまが珍しく目を見張る。
リタに頼んで持ってきて貰ったのはお母さまからいただいた黄水晶のブローチ。
淡い光を閉じ込めた黄水晶は稀少な魔石だったはずだ。
ブローチになる程の大きさの物ならきっと役に立つだろう。
これを身に付けて着飾ることができた、私はもう十分。
それに無くなるわけじゃない、私の元からアディリシアの元へ移るだけ。
だが、レン兄さまはその小箱の中身をじっと見た後にため息をついた。
「……これはレティシア殿のものだろう」
「知っていらしたのですか」
「ああ、だからダメだ。それは使わない」
「どうしてですか、精度の良い魔石が必要なのでしょう。アディリシアの為ならお母さまもわかってくださいます」
「魔道具は従魔契約をするまでの繋ぎだ。その魔石を使わなくても問題なく作れる」
「でもそれだっていつになるか、それに私に出来る事はこれくらいしか」
「あのな、確かに高品質の魔法石がいるとは言ったしお前が妹の為に何かしたいのもわかる。だがな、大事なものまで手放さなくていい」
私の言葉をレン兄さまの言葉が強く遮る。
まるで怒っているかのようだった。
「でも」
「形見だろう」
「……っ」
レン兄さまは小箱の蓋を閉じると私の手にそれを乗せた。
しっかりと握らせるように大きな手が包み込む。
「それはレティシア殿がお前に託したものだ。大事にしろ」
「……はい」
「それにな、これはアディリシアの魔道具に使うには魔力が大き過ぎる。もしどうしてもこれが必要になったらその時は声をかける」
「はい」
頷くとレン兄さま私の手を離した。
そして無骨な手が不器用に頭を撫でると私を元の部屋へと促して作業場へと戻って行った。
小箱を手に立ったままの私をリタがソファへと促して座らせてくれた。
「リタ、せっかく取りに行って貰ったのにごめんなさい。私ったら空回りしてしまったわね」
気まずさに強張る顔に力を入れて笑顔を作る。
そんな私の前にリタは膝を付くと両手で私の手を包み込んだ。
先ほどのレン兄さまより小さな手、だけど同じ暖かさを持つ。
「お嬢様……私はこれで良かったと思っています。この先アディリシアお嬢様の手に渡る時はきっとまた別の機会でまだこのブローチはお嬢様とあるべきだってことです」
「ありがとう、リタ」
「お茶を入れ直しますね。ジャンさんのお菓子、このトフィーは新作らしいですよ」
「それは食べて感想を伝えないとね」
護衛の合間に作ってくれたジャンのお菓子、サクサクとしたトフィーの甘さがほろ苦い私の気持ちを癒してくれた。
隣の部屋からは時折まぶしい光が漏れてきたり破裂音がしたりとハラハラしながら待ち続けること数十分。
アディリシアが小走りで戻って来た。
「おねーさま」
「アディお手伝いご苦労様」
私のもとへ飛びつくようにして抱きついてきたアディリシアを抱き上げる。
「あのねぇぐるぐるしてピカーってしてねコロンってなったの」
「うんうん」
作業はそれなりに楽しかったようだ。
興奮気味に様子を伝えてくれるアディリシアの頭を撫でているとレン兄さまたちも部屋へと戻って来た。
三人とも幾分か疲れた様子を見せつつも満足げな様子に魔道具が無事出来上がった事が伺える。
レン兄さまの手には一つの腕輪が握られていた。
「ありがとうございます、お疲れ様でした」
アディリシアを抱えたまま三人を労わるとゾーイ様がとても神妙な面持ちで私を見ていた。
どうしたのかなと小首を傾げてみるとゾーイ様が深くため息をついた。
「君はすごいな、子供をずっと抱き抱えているというのがあれほど大変な事とは」
「アディがゾーイ殿からしばらく離れたがらなくてね」
アレンによると作業の間もずっとゾーイ様がアディリシアを抱っこしていたらしい。
慣れない抱っこをしながらの作業はさぞ大変だった事だろう。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いや、別に迷惑ではない」
気まずそうに視線を逸らしたゾーイ様の肩をレン兄さまがポンと叩く。
「ゾーイも少しは鍛えた方がいいぞ」
「……善処します」
「ふわぁぁ」
不意にアディリシアがあくびををこぼす。
ぐしぐしと目をこするのでその手をそっと止めた。
「アディ眠い?」
「んー」
ぐずぐずしながらもぐりぐりと額を私の胸に押しつけるとアディリシアはとろんとした瞼を何度か瞬きする。
寝ても良いようにポンポンと小さな背を撫でた。
「まだ本調子ではないし疲れちゃったかな。ルディ、変わろうか?」
「ありがとう、大丈夫よアレン」
「取り敢えず魔道具は出来たし、さっさと戻るか」
レン兄さまはアディリシアの腕を取ると「ちっちぇ手だな」と呟いて出来上がった魔道具の腕輪を嵌めた。
装飾の施された鈍色の輪に魔石が幾つもはめ込まれていて一見すると魔道具とは思えない見た目だ。
罪を犯した者に付ける魔力を抑える魔道具は首を覆うものだという。
魔力の行使を封じ込めるためだ。
レン兄さまはそれと差別化を図るために腕輪にしたのかもしれない。
アディリシアの場合は魔力抑えて体への影響を減らすのが目的だ、魔石の効果を組み合わせて作るといっていたから様々な種類の魔石が組み込まれているのだろう。
「凝った装飾なのですね」
「身に馴染むためにチビの魔力を練り込む必要がある、細工がある方が多く練り込めるからな。そう難しい事でもないし」
「レンフェウス殿はそう仰いますがかなりの魔道細工の技術が必要な作業です。ご教授いただきたいものです」
「チビの魔道具作りで気が向いたらな」
「本当にアディリシアの為の魔道具なのですね」
見れば見るほど細やかな、洗練された意匠だ。
「それにしてもレン兄さまなんでも出来るんですね」
「悔しいけど叔父上のこの技術はブローセン家のお抱え工房にも引けを取らないよ」
「アレンにいただいたカーバンクルのブローチもとても素敵だったけれど」
アレンが工房の見習いに作ってもらったと言っていたブローチ。
見習いであの技術なら職人はもっと素晴らしいに違いない、それに引けを取らないなんてレン兄さまはどれだけ才能があるのだろう。
感心してレン兄さまを見つめているとゾーイ様と話していたレン兄さまがこちらを振り向いた。
「おい、今なんて言った」
「レン兄さまはなんで出来るのね」
「違うその後だ」
「叔父上の技術は……」
「その後」
「ブローチも素敵だったけれど?」
「それだ、何のブローチと言った?」
「え、あの、カーバンクルの……」
「それだ!」
何かが合致したのかレン兄さまが勢い良く手を打った。
ビクリと体をすくめるとアディリシアも驚いてパチリと目を開いた。
何事か分からずアディリシアを抱きしめて身構えているとアレンはハッとしてレン兄さまに尋ねた。
「叔父上、もしかしてアディの従魔ですか」
「そうだ、カーバンクルはこの国内に生息していたな。大人しくて保守的な魔獣だし小型だが魔力が高く中級魔獣に該当する。チビの従魔にするのにこれほど適した魔獣はいないだろう」
「それに生息地はうちのブローセン領地内の山岳で確認出来ています。アディを連れて行くには少し大変かもしれないけど僕が案内出来ます」
「よし、決まりだな。戻ったら早速アスターフォード侯爵に報告だ」
アレンとレン兄さまでトントンと話がまとまった。
大人して小型の魔獣ならアディリシアに理想的といえる。
まだまだ課題は多いけれど魔獣の目途がたったのは大きな進展だ。
「良かったね、アディ」
アディリシアはぼんやりしながらも腕を掲げると煌めく腕輪を不思議そうに眺めていた。
それを付けたことで何か変化を感じているのだろうか。
「アディ、痛かったり苦しかったりはしない?」
アレンの質問にアディリシアはこくりと頷く。
装着したことで違和感は起きていないようだ。
しばらく様子を見ながら魔石を交換するとレン兄さまが説明してくれた。
アディリシアが魔石選別ゲームを張り切ったおかげで付け替え用の予備の魔石があるらしい。
「鎮静の効果を強めに施しているから体の具合もマシになるだろう。ただ大泣きしたり感情が高ぶると……」
「ふぇっ、くちゅん」
パリン
「あ……」
「…………」
アディリシアのくしゃみで腕輪の魔石が一つ砕けた。
「この様に魔石が砕ける」
レン兄さまがため息をついてアディリシアの手から腕輪を抜き取った。
不可抗力とはいえ出来上がったばかりだったのになんてことだ。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺の見込みが甘かった。ゾーイ、アレンやり直すぞ」
レン兄さまは意気込むと二人を連れて速やかに作業場へと戻って行った。




