第十一章 10
ゾーイ様の麗しい顔が不機嫌を隠さぬ険しい表情で恐ろしく見える、かなりお怒りのようだ。
ヒヤリと気温が一気に下がった気がした。
「待っている人の身にもなっていただきたい。時間は有限だと言うことをあなた方はご存知ですか」
どうやらいつまで経っても来ないので様子を見に来てくれたらしい。
確かにお仕事の時間を割いて貰い、協力をお願いしているのだからこちらが悪い。
「「申し訳ありません」」
「悪かった」
三人してすぐに謝罪するとゾーイ様は少しだけ表情を緩めてくれた。
極わずかな変化でもホッとする。
そのままゾーイ様に案内されて私たちは魔術院へと向かった。
魔術院の建物の外観は何度か目にした事はあったけれど近くで見るとなかなか物々しい。
薬術院の白を基調にした緑と黄色の暖かみのある色合いと対照的に灰色を基調とした濃い色合いでまとまっている。
そして作りがとても頑丈そうなのが印象的だ。
入り口の扉から入るのかと思いきや、ゾーイ様は入り口を通り越し裏手へと回った。
裏庭と呼んで良いのかわからないがぽっかり空いた空間に崩れかけたブロックや抉れた土塊に薙ぎ倒された草木などがところかしこに散乱している。
その光景に既視感を覚えると思った瞬間ハッと頭の中にいつぞやの崩壊した東屋が浮かんだ。
初めてゾーイ様とお会いした時にベルグラントとアディリシアの魔力で壊した東屋はゾーイ様が魔道具の暴発という事にしてくれた。
その時の光景に似ていると言う事はもしかしたらここは製作した魔道具を試す場所なのかもしれない。
ゴロゴロと転がる瓦礫、それらを迂回するように出来た獣道とも言える細い道を辿ると木々で隠れた中にポツンとある小さな塔が見えて来た。
古い、とても古い塔だ。
「ゾーイ様、以前お部屋をいただいたと仰っていましたけど……」
「ああ、この離れの塔を一ついただいた」
長い間放置されたままだった塔を好きにして良いと鍵を渡されたらしい。
確かにここまで来てゾーイ様に構う人は少ないかもしれない。
「長い間使われていなかったのを改良して使っているのでおかしなところもあるが掃除はしているので安心していい」
ゾーイ様はそう言うと扉を開けた。
堅牢な作りの塔は不思議な雰囲気を纏っている。
躊躇いなくレン兄さまが入って行き、それに続くアレンのローブの端を思わず掴んで私も足を踏み入れた。
「塔だなんて、なんだかすごいですね」
「本当に」
私とアレンはつい物珍しげに室内を見回してしまう。
外から見たときは小さな塔だと思ったのに何かの魔術が施されているのだろう室内はとても広く感じた。
それに薄暗いかと思いきやどこからか日差しを得て拡散しているようでとても明るい。
「そうか?塔なんてどこもこんなものだろ」
レン兄さまはそう言ってゾーイ様の後に続いて行く。
私とアレンは顔を見合わせた。
「まさか叔父上もこの様な塔を持っているのですか?」
「自分の塔もあるが……サウジリアスの王都では魔術師たちの集う魔塔がある。そもそも魔術師は本来塔で研究するものだと言って古の魔術師たちに倣って塔に住まう魔術師は多い……ってお前たちに言ってもわからないか。話すと長いが詳しく聞きたいか?」
「気になるところですが聞かないでおきます」
本当に話が長くなりそうなのでアレンは深く追求するのをやめた。
私も同意して頷く。
魔術師に力を入れているサウジリアスとは違ってウィルズエルトではもう魔塔が使われていないというのはそのあり方が異なるからだろう。
「客間と呼べる部屋が無いのでここで我慢してくれるだろうか」
ゾーイ様は入り口からほど近い広めの部屋に私たちを案内してくれた。
長方形のローテーブルを中心にした不揃いなソファーや椅子が並ぶ部屋で一旦腰を落ち着ける。
おそらく気を遣ってくれたのだろう、かき集めてくれたと思われるクッションが幾つか置かれているソファーにレン兄さまがそっとアディリシアを降ろした。
アディリシアはすっかり寝入ってしまっているようで身じろぎもしない。
その隣に座り顔にかかる髪をよけながら額に触れ、熱をみたが少し熱っぽいくらいで症状は落ち着いているようだった。
ホッとして柔らかい髪を撫でる。
「持ってきた物はどこに置けば良いですか」
アレンが手にした鞄を見せて問いかけた。
今日はアディリシアの魔道具を作るために集まったのだけれどレン兄さまとアレン、ゾーイ様は事前に打ち合わせをして下さり作業の方向性を纏めてくれていたらしい。
妹の事なのに何も出来ない自分が少し歯痒い。
「どれどれ、なかなか良い品が揃っているな」
レン兄さまが鞄の中身を見て満足そうに笑った。
私も中を覗き込んでみると様々な鉱石と薬液などが詰め込まれていた。
「こんなに……すごいのね、アレン」
「採取や蒐集は薬術院にお任せあれってね。個人的に貯め込んでいた分も出番が来て嬉しいよ」
「貴重な物でしょうに、ありがとうアレン」
「使い道が無いものもあったから役に立てて良かったよ」
そう言ってアレンが笑うとバチンとレン兄さまが勢い良く鞄の口を閉じた。
そして続き部屋の入り口に立つゾーイ様に顔を向ける。
「ゾーイ、作業場はそっちか」
「はい」
「アレン、さっさと持って行け」
「はい」
「レン兄さま、私にもお手伝い出来ることはありませんか」
「こういうのは専門家に任せておけって、お前はそのチビドラゴンが泣いたり暴れたりしないようにするのが仕事だ」
ビシッとすやすやと眠るアディリシアを指さす。
確かにそれが私の専門的な仕事とも言える、むしろ役に立てそうな事が思いつかない。
「ルディア嬢、今お茶を入れる。たいしたものはないが作業の間くつろいでくれ」
「あ、ゾーイ殿。せっかくなので冷たい薬草茶を持って来たんですよ。グラスをお借り出来ますか」
アレンが鞄の中から水筒を取り出した。
夏に合う滋養に良い薬草茶を作って来てくれたらしい。
私も手伝おうと腰を上げようとした瞬間「ルディはそこで待っていてね。アディについていてあげて」とアレンに言われてつい座り直してしまう。
ゾーイ様とアレンが連れ立って部屋を出ていくとレン兄さまがポンと手を叩いた。
「茶の準備をしている間にひと仕事するか。ルディ、ローブを脱いで寄越せ」
「はい?」
「さっさとする」
何かを思いついたレン兄さまが急かすように言って私に手を差し出した。
言われるままに白いローブを脱いで手渡す。
「ローブをどうするんですか」
マリおば様からいただいたものだから大事にしないといけないと思っている。
レン兄さまが何をするのか分からずにハラハラした。
「まぁ見てろって」
ローブをテーブルの上に広げると腰に付けた鞄のようなものから幾つかの小瓶を取り出した。
最初に濃い青色の液体の小瓶の蓋を開けると中身をローブに振りかけた。
「なっ……」
何をするのだと呆然として言葉を失った。
だが予想した青いシミは残らずにすぐに消えて元の白い色に戻る。
「見てろって言ったろ?心配するなって悪いようにはしない」
レン兄さまは私の反応にニヤリと笑いながらローブに手をかざす。
小さく何かを呟いたかと思うとローブの上に液体と同じ色の幾何学模様が浮かび上がり、光と共にローブに溶ける様に消えていく。
次に同じ様に赤色の液体を振りかけ幾何学模様を浮かび上がらせる。
黄色、緑色と続き最後に茶色と5色の液体がローブに吸い込まれて行った。
「何をしているのですか、先ほどの光は」
最後の光が消える時にゾーイ様とアレンが茶器を手に戻って来た。
テーブルに広がるローブとレン兄さまを交互に見る
「ああ、魔術を付与しただけだ」
「魔術を?」
ゾーイ様が興味深そうにローブに視線を落とすが、レン兄さまがサッとそのローブを取り去ってしまった。
空いたテーブルの上にアレンが茶器を並べるのを手伝っているとレン兄さまはアディリシアをくるんでいるマントをほどき、代わりに私のローブを巻いて包んだ。
「新しく施した魔術だから魔力を充填した方がいい、チビの漏れ出ている魔力を吸収するのは俺のマントと同じだから心配するな」
「まさか、アディリシアをくるんでいたのはレンフェウス殿のマントなのですか」
ゾーイ様が驚愕してレン兄さまが手に持ったままのマントに視線を落としたので
レン兄さまは良く見えるように広げてみせた。
「形状記憶の魔術で皺はつかないから心配ない」
「そこは気になっておりません。このマントに施されている魔術は……」
「わかるのか?」
「防寒防熱、耐久性強化と守護に防御反射まで……それと回復効果も施されていますね」
「よく読み取ったな」
「凄い……これをあなたが?」
「まぁな」
「聞きしに勝る才能がおありなのですね」
ゾーイ様が珍しくキラキラした目でレン兄さまを見ている。
レン兄さまはまんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。
同じ効果の魔術を私のローブにも施してくれたのだと気付く。
「レン兄さま、ありがとうございます」
「おう」
その後、簡単にお茶をすませるとレン兄さまとアレン、ゾーイ様は隣の作業場へと向かった。
去り際にレン兄さまがアディリシアをくるんでいたマントを私の方へと差し出した。
「皺伸ばしに俺のマントを羽織っていろ」
「……はい」
渡されたマントを言われた通り素直に肩に羽織る。
あれ?皺は付かないとか言っていたような気がしたけれど……気のせいだったろうか。
考えてみるも程よい暖かさに包まれた瞬間からじわりと体が解れるような感覚に体の力が抜けていく。
いろいろな魔術が施されていると言っていた効果だろうか。
気付いたら瞼が重くなり、いつの間にか意識を手放していた。




