第十一章 09
遠目にも待ち合わせ場所で待つアレンの姿はすぐ見つける事が出来た。
姿勢の良い立ち姿や風になびく蜂蜜色の髪が目を引く。
側に置かれている大きめの鞄にはゾーイ様とレン兄さまが頼んだという物が入っているのだろう。
時折立ち話をしたせいで約束より遅れてしまったようだ。
待たせて申し訳ないと急ぎ足で距離を縮めていく。
「アレ……」
「ブローセン公子ではございませんか」
私たちが声をかけるよりも先に高く愛らしい声と共に鮮やかな色が視界を遮る様に現れた。
キラキラと着飾った令嬢がアレンに近づき、慌てるように侍女がその後を追いかけていくのを見て思わず足が止まる。
「やっぱり、アレン様ですね。こんなところでお会い出来るなんて感激です」
「リアラ嬢、お久しぶりです。このような場所にどうして」
「父が王宮に呼ばれたので付き添いでわたくしも来たのですわ。こうしてアレン様に偶然お会いできるなんて運命のようです」
「そう、ですか」
声高に詰め寄るリアラ様の勢いに押されアレンは少し戸惑っているようだった。
リアラ様はフリルが沢山ついた朱色のドレスに身を包み、時折耳や襟もと指や手に付けたアクセサリーが光を反射させる。
「なんだあの派手な女は」
レン兄さまが面白そうに目を輝かせて身を屈めコソコソと話しかけてきた。
「リアラ・キャンベル公爵令嬢です。レン兄さま、失礼ですよ」
「聞こえてなきゃ失礼じゃない」
「そういう問題じゃ……わわ、なんですか」
レン兄さまに肩を押され近くの壁際へと身を寄せる。
「面白そうだから少し様子を見ようぜ」
「ええっ」
これではなんだかアレンたちを覗き見しているみたいだ。
いや、みたいではなく覗き見だろう。
「リアラ嬢、このような場所にどうして」
「父が王宮に呼ばれたので付き添いでわたくしも来たのです。こうしてアレン様に偶然お会いできるなんてまるで運命のようですね」
「は、はぁ……」
詰め寄るリアラ様にアレンが一歩あとずさった。
リアラ様は大人しい方といった印象だったけれど意外と勢いのある方のようだ。
「おい、聞いたか?付き添いが偶然こんなところ通るのか」
あり得ないだろうと含ませてレン兄さまが言った。
確かにここは来客などが使う主だった通路とは異なり、王宮から魔術院と薬術院へ続く裏道である。
付き添いであれば通常は控え室に通されるはずだ、こんな場所に間違っても来る事はないだろう。
レン兄さまはニヤニヤした笑みを浮かべた。
「アレンも隅に置けないな」
「ええ、アレンはとても人気があるのですよ。あのご令嬢は『社交界の薔薇』と呼ばれる注目の方ですがアレンに好意があるようですし……アレンも『若葉の君』と呼ばれていて」
「ぷはっ」
吹き出したレン兄さまは口を手で押さえて必死に笑いをこらえようとしているが体が小刻みに震えている。
ツボに入ったのか目に涙まで浮かべていた。
「わ、若葉って……」
そんなに面白い呼び名だろうか。
レン兄さまの笑いは当分収まりそうも無かったので視線をアレンへと移す。
「お忙しいのはわかっておりますが一度我が家へお茶にいらしていただけませんか」
「お誘いはありがたいのですが」
「先日新緑の宴で助けていただいたお礼も出来ておりませんし」
「当然のことをしただけですので礼には及びません」
「そうおっしゃらずに、我が家はお父さまのお仕事柄異国の面白いものを沢山コレクションしておりますからぜひアレン様にもご覧いただきたいのです」
キャンベル公爵は物流を管理する仕事に携わっているから変わった物をお持ちだと聞いた事があった。
なんだか必死とも取れる誘いに流石にアレンも無下に出来ないらしい。
困ったようにしながらも笑顔で対応している。
なんだかモヤッとした瞬間、未だ笑いを堪えるレン兄さまがツンと肩をつついた。
「なぁルディ、お前の社交界の呼び名も教えろよ」
「……あると思います?」
「悪かった、忘れてくれ」
素直に引き下がられるとなんだかちょっとムッとする。
「……そう言うレン兄さまの呼び名はなんなんですか」
「俺か?ありすぎて答えられんな」
「ハイハイそうですか」
聞いた私が間違いだった。
自信たっぷりなその顔に腹立たしいを通り越して脱力する。
そして視線を前に戻した瞬間、ぱちりとアレンと目が合ってしまった。
気まずさにへにゃりと笑う私を見て驚いた様な顔をしたあと、アレンはすぐに表情を戻しリアラ様へと向き直った。
「……仕事の待ち合わせをしておりますのでお相手を出来かねます。リアラ嬢もお戻りになられた方が良いでしょう」
「アレン様、そんなつれないことを仰らないでくださいませ。ここのところいろいろ騒ぎがありましたでしょう?出歩く事もままなりませんし、社交の場も皆さま控えるようになってしまって私寂しくて……アレン様にお会いできたことが本当に嬉しいのです。もう少しお話しませんか」
せつなさの籠る声音にきっと泣き出しそうな顔をされているのだろう。
可憐な令嬢にそんな風に言われて無下に出来る人はきっといないはずだ。
「あの令嬢ロマンス小説の読みすぎだろ」
「レン兄さま、先にゾーイ様の所へ行きませんか」
私はレン兄さまの袖を引いた。
アレンもこちらに気付いているのだから先に行くと合図をすれば察するはずだ。
後から来て貰っても問題ないだろう。
「アレンが捕まったまま置いて行くのか」
「そう、なりますけど……」
「呼んでこい、時間が勿体無い」
「ええっ」
先ほどは自分で様子を見ようと言ったのに勝手だ。
リアラ様とアレンの間に割って入るのは正直あまり気が進まない。
もう少し待てば話が終わる気もするし……と、逡巡しているとレン兄さまがしびれを切らした。
「早く行ってこい」
「そう言うならレン兄さまが行ってくださいよ」
「俺はああいう手合いが苦手だ、そこのベンチにチビと待っているから早くしろよ」
「レン兄さま!」
レン兄さまは片手をヒラヒラと振るとさっさとベンチへと向かってしまった。
本当に勝手だ。
アレンはまだリアラ様に話かけられている。
気が重いけれど仕方なく今来た風を装って近付いて行く事にした。
通りを吹き抜ける風に白いローブの裾がなびく。
足取りが重い、チラリとレン兄さまを振り返ればベンチから早く行けとばかりに手を振られた。
「……」
仕方なくじりじりと歩み寄る。
アレンが話を切り上げようとしている会話が聞こえてくるどう割って入ろうかと考えていると私の存在に気付いたリアラ様がこちらを振り返った。
「あなたは……」
「お、お久しぶりですリアラ様、ルディア・アスターフォードです」
リアラ様は私の姿を上から下までおもむろに眺めるとにっこりと美しい笑顔を浮かべた。
私の装いはリアラ様とは対照的に地味で装飾品と呼べるのはアレンに借りているローブの留め飾りくらいだ。
「お久しぶりです、アスターフォード邸に起きた出来事は伺いましたわ。災難でしたわね。でもルディア様にお怪我が無かったようで何よりでしたわ」
「ありがとうございます」
「その白のローブ、アスターフォード侯爵令嬢は魔術師の才を開花させ王妃の庇護を得たという噂は本当でしたのね」
「はい?」
「これからご活躍なさるのでしょう?お忙しくなられると思いますがわたくし応援致しますわ」
「あの、何の事だかさっぱり」
「まぁまだ内緒事でしたのね、わたくし口外は致しませんわ」
「いえそうではなくて」
まったく話が通じていない。
リアラ様は訳知り顔で意味ありげに微笑むが心当たりのない内容に不安が込み上げてくる。
なんと言っていた?
魔術師の才?これからご活躍?
何がどうなっているのだろう。
思わず握りしめた手を解くように横から大きな手に包み込まれた。
「リアラ嬢、申し訳ないけれど僕たちはこれで失礼します」
そう言うとアレンは私の手を取って歩き出した。
いつの間にか大きな鞄も反対の手に掴んでいる。
「アレン様っ」
リアラ嬢が呼び止めるもアレンは振り向かない。
足早に立ち去る私たちをリアラ様は追いかけては来なかった。
「アレン、良かったの?」
「これから優先順位を間違えないって言ったでしょう」
「え?」
「ごめん、早く切り上げるつもりだったんだけど……それよりも叔父上と随分仲良くなったんだね」
アレンが繋いだ手にギュッと力を込めた。
覗き見していた事を言っているのだろう、なんだか少し拗ねたように聞こえる。
「ごめんなさい覗き見するつもりは無かったの」
「いいけど、叔父上に困ったらちゃんと僕に言うんだよ」
「ふふっナターシャ様もそう言っていらしたわ」
「まぁ確かに僕より母上の方が叔父上に対して効果はあるだろうね、叔父上は本当に自由な人だから」
「確かに自由気ままね」
そんな話をしながらレン兄さまの待つベンチへ向かうと、レン兄さまはシロを手に乗せて何やら話しているようだった。
従魔契約を結ぶと意思疎通が出来ると言うのはなんだか少し憧れる。
シロは私たちが近付くとまた空に羽ばたいて行った。
アディリシアは変わらず眠っているようだ。
「叔父上」
「おう、遅かったな」
「他に言う事は無いんですか」
「んー?女一人も上手くあしらえないんじゃ、お前もまだまだだな」
ポンポンとアレンの頭を撫でるレン兄さま。
アレンがその手を払おうとするとサッと躱した。
「叔父上はさぞ女性のあしらいが上手なんでしょうね、ぜひご教授いただきたいものです」
「そんなの簡単だ、無視すればいい。それか冷たい言葉の一つでもかけてやれ」
「最低です」
「星の数ほどの女を相手にしてればお前もいつかそうなるさ」
「レン兄さま、すごい」
「駄目だよルディ、こんな人の言葉を信じちゃいけない」
アレンが私の耳を塞ぐ。
レン兄さまはまたニヤニヤと笑っている、冗談だったのだろうか。
そう言えば、さっきはああいう手合いは苦手だって言っていたような……。
「まったく、あなた達はいつになったら来るんですか」
呆れたような声に振り返れば、腰に手を当ててこちらを見つめるゾーイ様がいた。




