第十一章 08
戦略的、その言葉はどこか不穏な響きを感じさせる。
返す言葉に迷っているとレン兄さまはパッと表情を変えた。
「あ、お前の弟たちには医術師って事にしといたからな」
「そう、なんですか」
「いろいろ言ってもまどろっこしいからな。一時的な滞在だしその方が収まりが良い、ここにいる間はそう言う事にしておく」
「アディの主治医ということですね。改めてよろしくお願いします」
今アディリシアの病状に一番詳しいのはレン兄さまだから言い得て妙といったところだろう。
アディリシアを抱き上げる姿もいつの間にか様になっている。
今もそう、身じろいだアディリシアを抱え直すとポンポンと優しく背を叩いてくれている。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれてしまった。
「何だよ」
「いいえ」
弟たちとレン兄さまの会合の場に私は居合わせなかったのでやりとりを知らなかった。
お父さまがレン兄さまを紹介されてようだけど、その後の弟たちのなんだか落ち着かない様子が少し気になってはいた。
レン兄さまに弟たちの印象を聞いてみる。
「長男はあれだな、俺の事覚えてないとか言っていたがチビっこい頃に会ったこと覚えているな。目を合わせないようにしやがって可愛がってやったのに」
ライルは幼い頃に私と一緒に何度かレン兄さまに会ったことがある。
確かに仲良く遊んではいたものの大人しいライルはレン兄さまがちょっかいをかける度に私の後ろに隠れていたのを思い出した。
「可愛がっていたというよりもいじっていたように思いますが……あまりからかわないでくださいね」
「人聞きの悪いことを言うな。構ってやっているんだ」
「弟たちを困らせたらナターシャ様に相談しますからね」
「な、お前それは卑怯だぞ」
「ナターシャ様からはレン兄さまが何かしたら直ぐに言うように言われていますもの」
「くっ姉上……」
悔しそうにしながらもレン兄さまは反論してこなかった。
やはりナターシャ様の名前を出すと効果的である。
「しかし長男、次男、三男と毛色の違うのが揃ったもんだな。末っ子が怪獣でも納得できる」
「怪獣だなんてひどいですレン兄さま。見てくださいこの愛らしい顔を」
あなたの抱きかかえている天使を見よと足を止め、アディリシアを撫でる。
顔にかかっていた髪を避けてあげるとアディリシアはパチリと目を開けて顔を上げた。
くりっとした大きな目が少し潤んでキラキラしている。
可愛らしい天使はレン兄さまと視線を合わせ不思議そうに眺めていた。
「小動物的だな……いや、あの時の泣き様はドラゴンに匹敵する」
レン兄さまの中では泣き叫ぶアディリシアの印象が強いらしい。
確かに強烈な印象を与える出来事ではあったけれど。
ちなみにあれから蝶のモチーフや姿を思わせる物はアディリシアの前から撤去された。
「普段はそんなことないんです、それにドラゴンなんて会ったことないしょう」
「いや俺にわかる。な、末っ子ドラゴン」
「ぷ?」
つんと頬をつつかれてアディリシアが首を傾げた。
眠いので少しぼんやりとしている。
「もう、この子にはアディリシアというかわいい名前があるんですからチビとかドラゴンとか呼ばないでください」
「いいな、それ。チビドラゴンと呼ぼう」
「レン兄さま!」
「ふあぁぁぁ」
アディリシアが大きなあくびをした。
すると目を閉じたかと思うとコテンと眠り出す。
その愛らしい姿にレン兄さまと目を合わせた後、どちらからともなく笑いがこぼれた。
「……ふふっ」
「……ははっ、大きなあくびだなチビっこドラゴン」
今日もアディリシアはレン兄さまのマントにくるまれている。
回復を促す魔術が施されているそうだが、大事なマントがおくるみ状態で良いのか心配する私にレン兄さまは気にするなと言ってくれた。
アディリシアの体調を安定させるのが優先だからと。
レン兄さまのそんなところに感謝と尊敬の念を抱く。
「ああ、そうだ。ついでにチビの事も弟たちに特殊な熱病だって事にしているから気をつけろよ」
「え、あ、はい。でも気をつけろとは?」
「女神の口付けの名を出さないようにって事だ。侯爵たちともそう話している」
お父さまたちと話してそうすることに決めたらしい。
確かに“女神の口付け”は特殊な熱病とも言えるけれど。
「その名の意味を分かる人はそういないようにも思いますが……」
「子供は何をどこで誰に漏らすかわからないからな。念には念をだ」
「女神の口付けを受けると魔力が増えるから、ですよね」
「ああ、つまり……このチビは将来有望な魔術師の卵って訳だ。女神の元へ行かない限りは。まぁ俺がついているから万が一でもそれは無いだろうが」
「信じていますレン兄さま」
「当たり前だ」
「つまり従魔契約を結んでアディリシアが元気になっても、更にいろんなことに気を付けないといけないという事ですよね」
魔力をコントロール出来るようにとゾーイ様に教わることで大人になるまで静かに過ごせると思っていたけれど、なかなかそうも行かないらしい。
不可抗力とはいえ我が妹はとんでもない存在になりつつある。
「この国の人間に“女神の口付け”の意味がわからなかったとしても他の国の人間が耳にして興味を持つ可能性もあるだろ」
「他の国の人ですか」
「主だった異国人の出入りはなくとも異国との商業は行われているだろう、商人なんかの情報網は侮れない」
サウジリアスとの行路が開かれているのでその道を通って異国との物流は行われているがウィルズエルト王国は大陸の西の端の国なのでそう多くの旅人は訪れない。
それに森や山が国を囲むようにあるのも要因だろう。
「こんな小さな国の幼子の事など話題になるでしょうか」
「こんな小さな田舎の国の幼子でも、話題にするのが商人なんだよ」
「田舎は余計です」
「田舎は田舎だ。そもそも魔術師の減少は世界的にも深刻な課題となっている。ここみたいな田舎の国にはそういった話も届いていないだろうがな」
三回も田舎と言われるとその通りでもなんだか腹立たしい。
じろりと睨んでみるもフンと鼻で笑って返される始末だ。
「他の国でも魔術師は減っているのですね」
「魔術師の不足を補う為に必死な国もある、ゴルカダールとかそうだな」
「ウィルズエルトとサウジリアスの両国に接している国ですね」
「そう、魔術師の多いサウジリアスに劣等感を持っている国な。その点、この国は危機感が無くてのんびりしている」
「そうでしょうか、魔術師が少ないのはそれなりに問題視していると思いますが」
特に今は、魔獣の出現で特に魔術師が注視されている。
魔獣退治に魔術師として協力するよう言われた事を思い出してゾクリと体が震えた。
「魔術師が減ると言う事は魔術が廃れていくという事とも言える、時代の流れに任せるか抗うかはまた国ごとに異なる判断だな」
ふと、ある人が頭に浮かんだ。
だから、デニス様は銀の花を作ったのだろうか。
魔力に魅せられた狂信者ではなく、魔術師が減るこの国を憂いて?
魔力持ちの貴族同士の婚姻は魔力持ちの子供を増やし、魔術師を絶やさないように?
いや、考えすぎかもしれない。
「ゴルカダールなんかは魔道具の研究が盛んで魔力の無い人間にも魔術を使えるようにしているらしいぞ。他にも工夫を凝らして補おうとしている国は多い」
「そんなにも魔術が必要なのでしょうか」
「まぁな国としては戦うにも守るにも必要なんだろうさ。魔術師が望もうと望まぬとも」
「……」
「今は収まっているが昔からサウジリアスとゴルカダールの国境では小競り合いが頻発している。先に言っておくが仕掛けてくるのは向こうだからな、負けると分かっているのに攻撃してくる神経はわからないが」
ゴルカダールとはウィルズエルトも一部隣接しているが間に険しい山岳を挟んでいるので交流は然程深くなかった。
それに他国の戦の状況など王宮勤めのお父さまたちは知っていたかもしれないがよほどでなければ人々の耳に入ってこない。
「レン兄さまも戦いの場に出た事がおありなのですか」
「ある、それは素質がそこらとは違ったからな。なにせ女神の口付けを受けている。13の頃には戦争に出ていた」
「そんな歳に……」
13歳なら今のライルと同じ歳だ。
ライルが戦争に行く事になったら私はきっとなにがなんでも止めるだろう。
「年なんて関係ない、力のあるものが戦場に立つ。一刻も早く終わらせるために」
どこか遠くを見ながら話すレン兄さまの胸中を察して切なさが込み上げる。
そんな私の頭にレン兄さまはポンと大きな手を置いた。
「余計な事を言ったな。この国には争いごとなど似合わない、田舎らしくのんびり平穏にのほほんと暮らしてればいい」
「そう、ですね」
「ああ。そう言う国だからこそ、俺は姉上を送り出したんだ」
「その話、詳しく聞きたいです」
アレンのお母さまであるナターシャ様の恋物語。
落ち着いた人柄のセドリックおじ様がどうやって他国のナターシャ様と出会い結婚に至ったのだろう。
そして姉贔屓のレン兄さまそれを許したなんて、なんだかとても素敵なロマンスがありそうだ。
「……話したいのはやまやまだが、残念。アレンの姿が見えたぞ、またの機会にな」
「アレンがいると話せないのですか?」
「まぁ、な。そういう事にしておいてくれ」
不思議に思いながらも今はこれ以上聞かないで欲しそうだったので口をつぐんだ。
いつか機会があったら聞かせて欲しいと思いながら。




