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第十一章 07

 マリおば様はしばらくすると護衛騎士であるエマ様が迎えに来た為、名残惜しそうにしながらも離宮を去って行った。

 いろいろと忙しいだろうに心配をかけて時間を割いていただいて申し訳なく思う。

 眠ったままのアディリシアを眺めながらぼんやりと過ごすと身綺麗になったシロを連れたミレアが戻って来た。


「ピュイ」


 パタパタと羽根を弾ませて近くに降り立ったシロはずいぶんとご機嫌なようだ。

 見てとばかりに羽根を広げたり尻尾を見せたりしてくれる。

 コミカルな仕草に思わず笑みがこぼれた。


「ふふっ綺麗になって良かったわね」

「洗っている間も大人しくてイイコでした」


 ミレアがそう褒めるとシロは胸を張る様な仕草をしてからちょこんとこちらに向けて頭を差し出した。

 撫でてという仕草につい手が伸びて小さな頭を撫でてあげると気持ち良さそうに目を細める姿に見ているこちらもほんわりと癒される。


「えらいえらい」

「ピュー」

「人の言葉が分かるみたいですね」


 リタが不思議そうにシロを見つめる。


「きっと分かるのよ、賢いもの」

「ピュ!……ピュイイ」


 シロは返事とばかりに鳴いた後、急に羽ばたいたかと思うと窓の縁へと留まりコツコツとガラスを叩いた。

 様子を見ていると繰り返しガラスを叩く。


「開けて欲しいみたいね」

「お嬢様、いかがいたしましょうか」

「開けてあげましょう」


 私の返事を受けてミレアが窓を開けてあげるとシロはまたひと鳴きして外へと飛び立っていく。

 軽やかな身のこなしで宙を舞う白い鳥。


「飛んで行ってしまって大丈夫でしょうか」

「離れていてもレン兄さまと通じているようだからきっと大丈夫よ」


 空を気持ち良さそうに飛ぶシロの姿を眺めているといつの間にか随分と日が傾いている事に気付いた。

 青とオレンジ色の空に濃い紫のベールがかかった様な不思議な色合いの空。


「……黄昏の魔獣」


 夕暮れ時に出没するという黒い魔獣、今日もどこかに姿を現しているのだろうか。

 不穏な状況が早く収束する事を願わずにはいられない。







「姉さま聞いて聞いて」


 弟たちが帰ってくると真っ先に私のいるアディリシアの部屋に駆け込んで来たので一気に部屋が賑やかになった。

 なかでも次男であるカイトの興奮は凄まじい勢いだ。


「ずいぶん楽しかったようね」

「うん!俺将来は絶対騎士団に入る」


 騎士団の見学に刺激を受けたらしく見聞きしたことを身ぶり手振りを加えて教えてくれる。

 ひとつひとつ頷き聞いていると私までその場にいたように楽しく感じた。

 みんなそうだったのかと思えばベルグラントは微妙な顔をしている。


「僕は魔術の方がいいな、武器は怖いもん」

「ベルはあまり楽しくなかった?」

「そうじゃないけど……」

「姉上」


 ごにょごにょと言葉を濁すベルグラントの肩をライルはポンと叩いて代わりに教えてくれた。


「見学中に弾かれた木刀がベルの側に飛んで来たのです、ジャンがすかさず打ち落としてロイも庇ってくれたんですがベルはとても怖かったようで」

「そう大変だったのね」


 おいでと手を広げると飛び込んで来たベルグラントをギュッと抱きしめてあげた。

 ただでさえ人見知りで引っ込み思案な三男だ、楽しいよりも怖い思いが強く残ってしまったのだろう。

 内向的なのも悪くはないけれど、少し心配だ。


「でね、でね、姉さま聞いてる?」


 対照的に外向的で能動的な次男はまだずっと高いテンションで話続けている。

 この子はこの子でもう少し落ち着きを持ってもいいような気がするけど……。


「どっちも個性よね」

「お姉さま?」

「なんでもないわ」


 ギュウギュウとくっついたままのベルグラントの柔らかい髪を撫でる。

 ふわりと日向の匂いがした。


「ジャンはね、頼まれて訓練に参加したんだけどすごく強かった!うちの料理長だって言ったら騎士団のみんなが驚いていたよ」

「お菓子作りが得意だって知ったらもっと驚くかもしれないわね」


 ジャンは疲れているだろうに帰って来てからすぐに厨房へと戻ったらしい。

 離宮にいる間は護衛として居てくれればいいので無理しなくていいとお父さまは言ったけれどジャンは料理が生き甲斐だからとここでも料理人を請け負ってくれている。

 騎士団に呼ばれていたとは言え弟たちに付き合ってくれたお礼を後で改めて伝えておこう。


「ライルはどうだった?」

「私は……ほどほどに手の届く範囲は守れるくらいにはなりたいなと思いました」

「そう、ほどほどが一番かもしれないわね」


 弟たちもいろいろ感じることがあり、濃い1日だったようだ。

 付き添ってくれていたロイにもお礼を伝えると彼は短い返事と会釈を返してお茶を入れているリタを手伝う。

 息の合ったテキパキとした準備はさすが双子ならではである。


「お姉さま、アディはずっと寝ていたの」


 腕の中で顔をあげたベルが眠るアディリシアを見て心配そうに言った。

 こんなに賑やかなのにアディリシアはすやすやと眠っている。


「少しお散歩には行ったのよ」

「それでまた寝ちゃったの?」

「ええ、アディはまだ調子が良くないから眠って体を回復させないといけないの。でもアディの症状に詳しい方が来て下さったのよ。アレンの叔父様なの、今はお父さまたちとお話されているけどあなたたちも後でご挨拶しましょうね」


 ちょっと癖が強いけれどレン兄さまならきっと弟たちとも直ぐに仲良くなれるだろう。

 外の国の人と接する機会はあまりないから色々と新鮮かもしれない。


「また騎士団の見学行きたいなー」

「僕は魔術院を見に行きたいです」

「私は王立図書館に行きたいです」


 三人そろってじっとこちらを見つめる弟たちの“お願い”の視線。

 若干気圧されながらも頷き返す。


「……お、お父さまにお願いしてみるわ」


 と、弟たちの期待を背負って戻られたお父さまに話してみるが


「ここに滞在する間はチェスターたちと一緒に勉学に励むように」


 素っ気なくそう言ったお父さまの言葉にライルは素直に頷き、カイトはあからさまに嫌そうな顔をしてベルグラントもしょんぼりと肩を落とした。

 微妙に困った様な顔をするお父さまの脇腹を軽く肘でつつく。


「お父さま、勉強を頑張るにはご褒美も必要ですよね」

「……あ、ああ。励んでいるようなら、希望の場所へ連れて行こう」

「「「本当に」」」


 明るい声が揃う。

 お父さまもホッとしたように息を付いた。

 弟たちのモチベーションも上がるし、お父さまは息子と交流出来るし良い結果になりそうだ。




 そんなこんなで弟たちは迎えが来て王子の勉強部屋へ通い始めたある日、レン兄さまと一緒にアディリシアを連れてゾーイ様の元を訪ねる事になった。

 微熱続きのアディリシアは一日の大半を寝て過ごしており、今もレン兄さまに抱きかかえられながら小さなあくびをしてウトウトとしている。

 既にレン兄さまとゾーイ様は顔を合わせていて今日は魔道具作りの一環で工房となっているゾーイ様の研究室へと向かう。

 どうやら魔術院の離れの建物がゾーイ様の研究室らしい。

 人気のない通路を進んで行く、途中でアレンも合流する予定だった。


「ゾーイ・ルーグ、あいつは中々使える奴だな」


 レン兄さまの中でゾーイ様の評価はなかなか高いようだった。

 タイプの違う2人だけど意外と上手くやっている様で安心した。


「この調子だと早々に準備が整うかもしれないぞ」

「本当ですかレン兄さま、宜しくお願いします」

「おう、任せておけ。準備は上々、俺は知識もあるし体験者な上、何と言ってもサウジリアスの大魔術師だからな」

「レン兄さまは医術師ではないのですか」

「この国は魔術師と医術師が別だったか。サウジリアスでは魔術を使うものは何でも修得するから医術師とか薬術師とかの職業分けは基本無いな、ひっくるめて魔術師だ」

「なんだかすごいですね」


 国が違えば魔術師の在り方もずいぶん違うらしい。


「戦略的に魔術師を育成しているからな」


 そう言ったレン兄さまの表情はどこか苦いものを感じさせた。


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