第十章 08
「早く早く」
居ても立っても居られないと足踏みしてカイトが急かす中、淡々と身支度を整えてライルが私を振り返った。
お父さまに似て相も変わらず冷静沈着な長男が頼もしい、どんな時も弟たちの手綱をしっかり握ってくれるだろう。
「行ってきます姉上」
「ライル、みんなを宜しくね。ジャンとロイも弟たちを頼むわね」
「お任せくだせぇ」
「はい目を離さないように気を付けて行って参ります」
ドンと胸を叩くジャンと折り目正しく礼を取るロイ、こうして見ると対照的な二人だ。
「ルディ嬢、そんな心配しなくても大丈夫だって」
「それでも心配してしまうものなのよ。オズも迷惑をかけるけど宜しくね」
「いろいろ大変だったんだろう?少しでも気晴らしになればと思ったからさ、気にすんなって」
昼食後にチェスターとセオドールが迎えに来た侍従たちと戻った後、程なくしてオズワルドが弟たちを迎えに来てくれた。
騎士団の青いマントを纏う姿は見習いと言っても立派な騎士の姿だった。
その姿に感化されたのかカイトは直ぐにでも飛び出して行きそうな程興奮している。
「もー早くー」
「カイトは少し落ち着きなさい、くれぐれも騎士団の皆さまにご迷惑をかけないようにね」
「わかってるって」
「お姉さまは本当に行かないの」
クイッと私の袖を引くベルグラント。
一緒に行けたら良いのだけどアディリシアを一人残しては行けない。
「今回はアディと一緒にお留守番しているわね、また今度一緒に行きましょう。ベル、戻って来たらいろいろ教えてね」
「……はい、行ってきます」
「ほらベル行こう」
カイトがベルグラントの手を引いて歩き出すのに合わせて出発する一行を扉を出た所で見送る。
途中何度かこちらを振り返るベルグラントに笑顔で手を振り返した。
騎士団の見学に行くのに少し緊張しているのかもしれない。
「お嬢様、そろそろ戻りませんと」
「ええ、アディが泣き出しちゃうわね」
名残惜しく弟たちを見送って部屋へと戻ると案の定アディリシアが泣き出していた。
ミレアが抱き上げて宥めてくれているけれど泣き声こそ控えめだがグスグスと涙を零していた。
「アディリシアお嬢様、ルディアお嬢様がお戻りですよ」
「ねえさまぁ」
大粒の涙を零しながらこちらに両手を伸ばすアディリシアを受け取り、ポンポンと背を撫でる。
「どうしたのアディ、直ぐに戻るって言ったでしょう」
「はひゅっ、はひゅっ」
「もしかしてお熱上がってきたのかしら」
涙を拭って額に手を当てると先程よりも少し熱くなっている気がした。
お昼は薬膳スープを半分くらいしか食べられなかったけれど薬湯はちゃんと飲んだはずだからもうそろそろ効いても良さそうなのだけれど……。
「にいさまたちは?」
「お外にご用があってお出かけしたのよ。アディはちょっとお昼寝しようね」
ベッドに連れて行こうと踵を返すとアディリシアがギュッと私の服を掴んで顔を上げた。
ぱっちりと大きな目を開き、頬を膨らませている。
「アディもおそといきたい」
「そ、そうよね、お兄様たちがお出かけしたらアディも行きたいよね」
「おひるねしない、おそといく」
困った、まだ本調子ではないし外に出ても大丈夫だろうか。
でもこのまま寝かせるのも可哀想な気もするし……いやでも熱が上がってきたら心配だし。
「うーん、もう少し元気になったらお外行こうね」
「おーそーとーいくぅ……うぁぁぁん」
「ア、アディ」
「うぁぁぁん、そとぉぉぉ」
ジタバタと足を動かしながらまた泣き出してしまった、今度は盛大に。
宥めてもイヤイヤと首を振って外に行くと繰り返している。
これだけ動く元気があったのかと思いつつもこれは寝かせるにしても苦労しそうだ。
「お嬢様」
「リタ」
「お庭を少しお散歩されてみてはどうですか、ひと回りして戻られるならそうお時間もかからないと思いますしアディリシアお嬢様も外の空気に触れれば落ちつかれるのではないでしょうか」
「ええ、それが良いですわ」
リタの提案にミレアが賛同する。
どうしようかと少し思案するものの、頷くことにした。
このままずっと泣き続ける事を考えたら少し外に出る方が収まるかもしれない。
「それくらいならアディも負担が少ないでしょうしね」
散歩の途中で寝てくれればそこで戻ればいいだろう。
外に散歩に行くと伝えればアディリシアはころりと泣き止んで笑顔になった。
子供って複雑だと思ったら変に単純だったりするから不思議だ。
「アディ、暑くない」
「なーい」
リタとミレアが直ぐに準備を整えて外へ出ると夏の日差しが降り注ぐ。
薄布を纏って私の腕の中にいるアディリシアは共に歩きながらリタが日傘をさしてくれていてミレアが扇で風を送ってくれているので快適そうだ。
私はと言えば再びマリおば様の白いローブを纏っている……リタが少しの散歩であっても外に出るならと持ってきたのだ。
のんびりと歩きながら離宮の裏手に回ると生け垣が並んでいた。
青々とした葉が陽の光を受けて輝いている光景はどこか元気を分けてくれているようで気持ちが和む。
「風が気持ちいいわねアディ」
「あっおねえさま、ちょうちょ!」
「まぁ本当ね」
ふわりと小さな蝶が目の前をよぎる。
黄色い蝶はフワフワと弾むように飛びながら生け垣の向こうへと遠ざかっていく。
すると小さな手がぐいぐいとその方向を指した。
「ねえさま、あっち」
「蝶々の方に行きたいの?」
「ねえさまアディおりる」
「えっ降りるの?」
ジタバタと身じろいで私の腕から降りるとちっちゃな足でトコトコと駆け出して行く。
その姿はとても可愛いけれど意外と機敏に生け垣の隙間をくぐり抜けて行くので遅れまいと私たちは追いかけた。
「待ってアディ」
「ルディアお嬢様、アディリシアお嬢様は興奮して元気な様に見えますけど」
「ええ、リタ。興奮が収まったら確実に熱を出して倒れるわね」
この後の展開にリタと不安を募らせつつも寝込んでいた鬱憤が爆発したかのようなテンションで走るアディリシアを捕まえるべく走った。
久しぶりの外でタガが外れてしまったのかもしれない。
「アディ待ちなさい」
呼びかけるも何かに夢中になって聞こえないのかこちらを振り返りもしなかった。
アディリシアはくるりと生け垣を曲がり小さな姿が見えなくなる。
「ルディアお嬢様、先に参ります」
リタは一言断ると日傘をミレアに預けてスピードを上げてアディリシアを追いかけた。
生け垣がそう高さはないものの迷路の様になっている事もあり、早くアディリシアを捕まえて貰った方がいいだろう。
「リタ、頼んだわ」
既に息切れしている私はリタにそう声をかけるのが精一杯だった。
「ルディアお嬢様、あまり無理をなさらずに」
「ありがとうミレア、リタは足が速かったのね」
スピードを落とす私にミレアが並び合わせて走ってくれた。
「リタは目立つ方ではありませんが妃殿下の侍女の中でも有能な方だったのですよ」
「そうなの、うちに来てくれたのは有り難いけれど有能なら物足りなくなってしまったかもしれないわね」
アスターフォード家は家人が少ないから雑用も多いし、社交の場にあまり出ない私に弟妹の面倒も見てもらっている。
やりがい……あるかしら。
「ふふっそんな事を言ったらリタに怒られますわ」
「怒られる?」
「ルディアお嬢様は『リタのお嬢様』なのですもの」
「どういうこと?」
「心からお仕えしたいと思う特別なお嬢様の事です。侍女はいつか自分だけの特別だと思える方に出会い仕えたいと思うものなのですよ」
「そう」
「アスターフォード家に雇われる事になった時、リタが嬉しそうについに『私のお嬢様』に仕える事が出来たと教えてくれました。だからリタはルディアお嬢様のお側に居られることが幸せなのですよ。あ、でもこの話はどうぞ内密に」
人差し指を口元に立てて大人びているのに愛らしく微笑むミレア。
ちなみに彼女の特別なお嬢様にあたる人物はマリおば様ことマリーアン王妃殿下でもう十年近く仕えているらしい。
お忍びで我が家に来た時も一緒に居た事があるらしい、全く気付かなかった。
思わぬところでリタの心情を知ってしまったけれどその慕ってくれている暖かな思いに応えられるよう良い主でいたいと思う。
「あ、追いつきましたわ」
佇むリタとアディリシアが視界に入る。
リタに両肩を掴まれて捕獲されたアディリシアは何故かしょんぼりと下を向いていた。




