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第十章 07

 

「アディリシアの様子はどう?」


 一旦、部屋に戻るとアディリシアについていてくれた侍女に声をかけた。

 落ち着いた雰囲気の侍女ミレアは「お帰りなさいませ」と言って立ち上がり、ローブを脱ぐのを手伝ってくれる。


「今はお目覚めになられていますよ、お加減も落ち着いていらっしゃるようです」

「そう、良かった」

「おねーさま」


 ベッドの上でぬいぐるみと遊んでいたアディリシアがぽやぽやとした口調で体を起こす。

 ゆっくりと仕草はまだ体が重いのかもしれない。

 伸ばされた両手は抱っこの合図だ。


「お熱はどうかしら」


 抱き上げてコツンと額を合わせて見れば少し熱いくらいだった。

 汗もそんなに出ていないし、眠そうであるものの顔色もだいぶマシだ。


「今日は少し気分が良いかしら」

「あのね、あのね、ちょうちょがねフワフワってきたの」

「蝶々が飛んで来たの?」

「うんっ」


 アディリシアは嬉しそうに顔を綻ばせてからギュッと抱きついてグリグリと頭を押し付けてくる。

 よほど嬉しかったのか昨夜の涙が嘘のように機嫌が良い。


 通り抜ける風に窓の方を見れば換気の為か少しだけ開いている。

 蝶もそこから風に乗って迷い込んで来たのだろう。


「とても可愛らしかったのですよ。アディリシアお嬢様は眠りから覚めたばかりでぼんやりなさっていたのですが、その小さな指先に蝶々が止まった時に柔らかく微笑まれて……その時に蝶々の姿が一際明るく輝いたようにも見えてとても幻想的でした。まるで天使の元に妖精が訪れたようで」


 思い浮かべながらうっとりとミレアが情景を伝えてくれた。

 薄紫色の羽根をした綺麗な蝶々だったらしい。

 近くに花壇などがあるのかもしれない。

 その後はどうなったのかと聞けばアディリシアが「ちょうちょ」と言って掴もうとした瞬間飛び立った蝶々は部屋の中をさまよった後に窓から出て行ってしまったそうだ。


「私も見たかったわ」

「ちょうちょね、きれーなの」

「そう、良かったわね」

「おそとにいるかなぁ」

「どうかしら。ねぇアディ、お昼ご飯は食べられそう?」

「うん」

「じゃぁみんなの所に行きましょうか」


 ずっと寝てばかりだったし調子が良さそうな時くらいみんなと過ごせたら寂しさも紛れるだろう。

 ミレアと一緒にアディリシアの身支度を整えてから抱きかかえて居間へ向かうとチェスターとカイトが入り口で私が来るのを待ち構えていた。


「ルディ姉さま遅いよー」

「姉さまお帰り!あ、アディもう大丈夫なのか」

「遅くなってごめんなさいね」

「にいさま」


 2人が駆け寄ってくるとアディリシアも嬉しそうに笑った。

 カイトがアディリシアを抱っこしたいと手を伸ばすのでそっと屈みながら引き渡す。

 あまり積極的に抱き上げる事のないカイトだから珍しい、妹が臥せっているのは寂しかったのかもしれない。

 ライルがカイトの後ろからハラハラと見守っているのがなんだか新鮮だ。


「カイト落とすなよ」

「落とさないよ、鍛えているから心配しないでライル兄さま。アディは軽いね、ちょっとちっちゃくなったんじゃない」

「アディちっちゃい?」

「まぁ可愛いからいいよ」


 カイトはすりっとアディと頬を合わせた。

 うん、2人共可愛い。

 思わずライルと顔を見合わせて微笑んでしまった。


「ルディお姉さま、一緒にお茶にしましょう」

「ええ」


 チェスターに手を引かれて部屋の中へと導かれる。

 ベルグラントはどうしているのかと思えば第二王子のセオドールと一緒に大人しくソファに座ってこちらの様子を見ていた。

 二人の側に控えていたロイが私に「おかえりなさいませ」と会釈する。

 するとセオドールが立ち上がって礼儀正しく挨拶をしてくれた。


「ルディお姉さま、こんにちは」

「こんにちは、セオ。元気?」

「はい元気です」


 セオドールは随分としっかりしている。

 穏やかな雰囲気が少しベルグラントに似ていた。


「お姉さま、お帰りなさい」

「ただいま、ベルとセオは二人で本を読んでいたの?」

「はい、ベル兄さまに読んでもらっていました」

「お姉さまも座って」


 ポンポンとベルグラントがソファの隣を叩いた。


「じゃぁお邪魔しようかしら」


 ベルグラントの隣に腰を降ろすと反対側の隣にチェスターが並んで座った。

 セオドールも元の席に座り直すがアディリシアが気になるのか視線をそちらへと向けている。


「ルディお姉さま、アディもうだいじょうぶ?」

「ええ今日は割と良いみたい、セオも後でおしゃべりしてあげてね」

「はい」

「皆様、お茶をどうぞ」


 リタたちが弟たちの分までお茶の用意を整えてくれて軽い茶菓子を添えてテーブルに並べてくれた。

 ライルたちもそれにつられて各々席へと着く。

 アディリシアは結局ライルの膝の上に収まったようだ。

 弟たちには冷たい飲み物が並び、私の前にはリタが暖かい紅茶を出してくれた。


「ありがとうリタ」


 香りの良いお茶を飲んでホッと息をつく。

 暖かいお茶の方が心を落ち着けるのに良かった。


「姉上の御用は終わったのですか」

「ええ」

「じゃ姉さまも行こうよ」

「カイト、行こうって何処へ」

「騎士団の練習場!」


 ニコッと満面の笑みでカイトはそう言った。

 なんでも午後からオズワルドが迎えに来て騎士団の練習場へと弟たちを案内してくれるらしい。

 既にお父さまに話を通しているらしくジャンも一緒にという事で、もしかしたら元傭兵のこちらがメインのご招待ではないかと察したのは私だけではないだろう。

 お目付け役でロイが付き添ってくれるそうなので安心した。


「僕はゾーイ先生の魔術院に行ってみたいなぁ」

「お父さまに確認してみないとね、今日は騎士団の様子を見てきて私にも教えてちょうだい」


 ベルグラントは魔術院が気になるようだけれど、しばらく見学は難しいかもしれない。

 今の状況下でお父さまも許可はしないだろう。


「お姉さまは行かないの?」

「アディはまだ本調子じゃないし、今日は一緒にお留守番しているわね。チェスターたちも行くの?」

「行きたい「ダメです、にいさま」……けど行けない」


 チェスターはセオドールに言葉を遮られた後、ツンと口を尖らせて俯いた。

 午後は授業があるらしく二人がここに居られるのはお昼までらしい。

 誘惑にかられた兄をきちんと止められるとはセオドールは本当にしっかり者だ。


「偉いな、セオは」

「ありがとうございます、ライルおにいさま。チェスター兄さまがワガママを言ったらちゃんと止めるように母さまに言われているのです」


 エヘンと胸を張るセオドール。

 チェスターは変わらず口を尖らせていた。


「ちょっと言ってみただけで僕だってちゃんとわかってるよ。でも少しくらい遅れても」

「チェスター王子、約束は守らねばなりませんよ」


 渋るチェスターにロイがピシリと言葉を放つ。

 アスターフォード家にリタと共に来る前は王宮の侍従だったロイはチェスターたちのお世話をしていたことがあるらしい。


「ロイは相変わらず口うるさいな」


 反抗的なチェスターの言葉にロイはフッと口元に笑みを浮かべた。


「そうですか、殿下は迎えの従者を増やされたいようですね」

「なに?」

「どうせ戻る事になるのです、ご自分で歩いて戻られるか侍従に抱えられて宮中に晒されて戻るのかお考えになった方がよろしいのでは?」

「……自分で戻る」

「賢明な判断ですね」


 悔しそうな顔をするチェスターにロイはしれっとした顔で頷いた。

 我が家では見ないロイの一面に少し驚きつつもなんだか微笑ましい。

 ライルが慰めるようにポンポンとチェスターの肩を叩く。


「王子様も大変だな」

「僕は君たちの方が大変だと思うよ。ロイはとても厳しいんだ」


 どこか遠い目をしながら呟くチェスター。


「アスターフォード家の坊ちゃんたちは殿下よりも物分かりが良いので私は助かります」

「悪かったな!あ、お姉さま僕もいつもはちゃんとしているんですよ」

「ふふっ、そうね。チェスターもセオもお昼ご飯は一緒に食べられるのでしょう?」

「はいお姉さま」

「楽しい昼食になりそうで良かったわ」

「僕もです、お姉さま」


 機嫌の直ったチェスターの頭をヨシヨシと撫でるとはにかむ様に笑う。

 賑やかだけれどこの空気がとても落ち着く。


 たわいないお喋りをしながらしばらく過ごすと昼食の準備が整ったらしい。

 アディリシアも一緒に食べるよう準備してもらったのでみんなで食堂へと移動した。


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