第十章 05
「魔術師のデニス様に難しいのでしたらわたくしはもっと無理ではございませんか」
当然とも言える私の疑問にニコロディ伯爵は表情を変えず淡々と答えた。
「あれは魔力がとても少ないのですよ、魔術院に所属は出来ましたが魔術師と呼べるかどうかもあやしいものです。あなたの様に銀の花を咲かすことすら出来ない」
実の息子に対して突き放すような言葉に思わず固まってしまうがそれは周知の事実なのか驚いているのは私だけのようだった。
シンと静まる中に低い声が響く。
「無論、あれにも話は聞いています。難しくとも何か別の方法で関与したとも考えられます、もっともその可能性は低いでしょうが」
先程から自分の息子を“あれ”と呼ぶこの人の目はひどく冷えて見えた。
まるで他人事のように話すこの人は本当にデニス様の父親なのだろうか。
「新緑の宴には他にも魔力持ちの貴族がいたはずです」
「ええ、おりましたが魔獣の現れた痕跡にはルディア嬢の魔力の残滓があった」
「私には心当たりがございません」
「そのようですね、嘘をついているようには思えませんが……新緑の宴の際、ルディア嬢は魔獣に追われていたそうですね。大勢の中からあなただけが。その事には心当たりはおありですか」
「ありません」
「ではルディア嬢、こういった話をご存知ですかな。召喚に失敗した場合、魔獣は召喚主を襲う事があるのですよ」
「いい加減にしろ」
「お父さま」
ニコロディ伯爵との掛け合いにお父さまが割って入った。
伯爵の視線が私からお父さまへと移り、ふっと息を吐く。
想像以上に息が詰まる思いがした。
召喚の痕跡から見つかった私の魔力の残滓、新緑の宴で魔獣に追われていたのも私だ。
つまり未熟な令嬢が魔獣を召喚したものの失敗したために魔獣に襲われていたとそう言いたいのだろう。
だから、私が呼ばれた。決めつけて逃げないようにと屋敷にまで押しかけるくらい疑われている。
でも、何故魔獣が私を追いかけて来たのかなんて分からないのだから説明出来ない。
戸惑いに視線を落とし膝に置いた手を握りしめる。
その時、視界にキラリとしたものが映った。
アレンが付けてくれたブローチだ。
あの優しい手と言葉を思い出しながらそっと飾りに触れるとひんやりとした感触が落ち着きを取り戻させてくれた。
「アスターフォード侯爵、私は必要な質問をしているに過ぎないのだが。それに報告では令嬢が懇意にしている城下町の教会とアスターフォード邸の道中に黄昏の魔獣が出るという話もある」
「そのような話、こじつけに過ぎない」
お父さまはニコロディ伯爵に強い視線を向けてそう言った。
私もそれ倣うようにしっかりと前を見て言葉を紡ぐ。
「わたくしは新緑の宴での魔獣にも黄昏の魔獣にも関与しておりません」
「……さて、皆はどう思われるだろうか」
ニコロディ伯爵はそう言うと他の魔術師たちを見回した。
その場にいた人たちの反応は様々だった。
「あり得るのでは」「素人に可能かどうか」
「アスターフォード家の令嬢」
「目的は」「魔力が」「関連は」
ザワザワと憶測を交わす声が聞こえてくる。
話しているのは専ら魔術師たちだ。
「皆さん、お静かに」
オスカー様が注意を促すが魔術師たちは我関せずと話を続けていた。
セドリックおじ様がアートおじ様と視線を交わし合い何かを言おうとした時、イージソクの声が響いた。
「過去に魔術師を多く輩出しているアスターフォード家は様々な魔術書を所蔵している。魔術院に所属せずとも魔術を覚える環境は整っており、ルディア嬢はそれを実行できるだけの魔力を有している」
「歴史ある貴族の蔵書に魔術書などあって当たり前だろう。我が家だけではない。そのような背景は誰にでも当てはまる」
お父さまが話にならないと一蹴する。
イージソクは魔力の結晶と私を見比べながらニヤリと口角を上げた。
「そういえばルディア嬢はあまり社交の場に出られていなかったのでしたな」
「イージソク、その話は必要か?」
お父さまが眉間に皺を寄せて相手を睨んだが怯むことなく言葉を続けていく。
「珍しく参加された場で魔獣の出現、果たして偶然でしょうか。やはり……」
「偶然ですわね」
イージソクの言葉に凛とした声が割って入った。
今までずっと黙っていたマリおば様が口を開いたのだ。
「……王妃殿下」
「新緑の宴にはわたくしがルディア嬢を招待したのです。アスターフォード家に女神の帳が降りたことは皆様ご存知でしょう。悲しみが抜けきらぬ彼女はわたくしが招待せねばあの場に来る事はなかったでしょう。このような事態になると思いもよらずルディア嬢には申し訳なく思っています」
憐憫の籠ったその言葉にその場にいた方々は私が母をお父さまが妻を亡くした事を思い出したようだった。
オスカー様など眉根を下げて目に見えて労わる表情へと変わっていた。
反対に焦った表情を見せるのは魔術師たちだった。
「お、王妃殿下のご招待でしたか」
「思わず口を挟んでしまいましたけれど構わないわね?」
「ええ、もちろんです」
丁寧な話し方だけれどマリおば様は怒っているのがわかった。
冷や汗をかきながらイージソクは誤魔化すようにへらへらと笑みを浮かべていたが私に視線を向けたところで何かに気付き目を見張るとより顔色を悪くした。
「王妃殿下のローブを纏っておられるとはルディア嬢に随分とお心を砕いているようで」
「ええ、ルディア嬢だけでなくアスターフォード家の子供たちには王子たちの側付きも打診しておりますの。ですからその為人については充分存じているつもりですわ。ですから……」
胸に手を当ててため息を付くようにマリおば様は続けた。
いつもサバサバしているマリおば様とは別人の様に嫋やかな仕草に少し驚く。
「この疑惑につきましては非常に残念に思っています。ですが、どうしてもとこの場を設けたのですもの様々可能性を検証することで見える解決の道筋もあるのでしょう」
言外に憤りを匂わせて目を伏せる。
場が沈黙に包まれるとマリおば様はニッコリと微笑んだ。
「話が逸れてしまいましたわね、どうぞ続けてくださいませ。それとも質問は以上かしら」
ニッコリと麗しく微笑みを浮かべて告げられた言葉に魔術師たちが戸惑う中、役目を思い出したオスカー様が咳ばらいをして場をまとめ始める。
「ルディア嬢が魔獣を呼び出したという因果関係は憶測しかありませんし、これ以上の質問は意味がないでしょう」
「ではこの場は解散とする」
アートおじ様が終了の合図をしようとしたところでイージソクが音を立てて立ち上がった。
バンと勢い良く机に手を打ち付ける。
「お、お待ちください。先程耳にしたのですがアスターフォード邸は昨日魔獣の襲撃を受けたそうですな」
イージソクの発言にまた場がざわつき始める。
この話は昨日の出来事の為まだ知らない人も多いようだ。
今度は魔術師たちだけでなく他の方々さえも困惑していた。
「それは本当なのか?」
「なぜアスターフォード家に?」
「魔獣が貴族の屋敷に出るなど初めてではないか」
「今までの魔獣の行動とは異なりますね」
新しい情報にその場に動揺が走る。
「そうです、今まで魔獣は日暮れ前に町中に現れ、特定の場所に現れる事などありませんでした。なぜルディア嬢の側に魔獣が出るのでしょう、やはりあなたが魔獣と関わりがあるからではないのですか?」
イージソクは口元をゆがめてそう尋ねた。
理由など私が知りたい。
「どうしてそのような話になるのでしょう?」
「それは被害者だという演出ですかな。もし違うというのであればこれから証明していただくのはどうでしょう?」
「どういう事ですか」
「ルディア嬢は歴史あるアスターフォード家のご令嬢です。そして魔力持ちでいらっしゃる」
何が言いたいのか分からず自分が険しい顔になっているのがわかった。
イージソクは気にも止めないようで高々と言葉を続けた。
「魔獣退治に率先して出られれば令嬢の疑いも晴れましょう」
「……は?」
「そのような話は聞いていないぞ、私は娘に魔獣退治などそんな事をさせるつもりはない」
気付いた時には私よりも早く言葉を把握したお父さまが語気を強めて言い返していた。
イージソクは私を疑っていたのではなかっただろうか。
「私はルディア嬢にお尋ねしているのです。成人しておられるのだから父親が口を出す事ではありません」
「何を……」
「ルディア嬢が潔白を証明するためにも魔獣退治をするべきです」
「待て、私も許可するつもりはない」
「僕もその提案には反対です」
アートおじ様とセドリックおじ様がそう断じるもイージソクは引かない。
その表情や口調は高揚感に酔っているかのようだ。
「何故でしょう?女性だからと言うのであればそれは王妃殿下の嫌悪する女性軽視にあたるのではないですか」
「訓練をさせていない者を討伐には出さない」
「魔術院の研究職の者は急遽訓練をする事となり討伐に参加となりました。令嬢も同じ訓練を行えば可能でしょう?魔力持ちの貴族なのですから。力を持つ者の義務というものもあります。ああ、魔力が不安定なのでしたな、それも対策を講じればなんとかなるでしょう」
「イージソク、少し強引すぎるのではなくて?」
マリおば様も引き合いに出されたせいか不機嫌が増している。
尋常ではない様子のイージソクに私は言葉を失っていた。
「コホン」
突然、お父さまは咳ばらいをして居住まいを正すとアートおじ様に問いかけた。
「埒が明かないようですので娘を退出させても宜しいでしょうか」
「まだ話は終わっていませんぞ」
「ルディア嬢の退出を許す」
「ありがとうございます。ルディア、先に戻っていなさい」
「は、はい」
イージソクが喚くも即答したアートおじ様にお父さまはお礼を言うと直ぐに私を立ち上がらせて手を引いた。
部屋の端に控えていたゾーイ様が察して側へと来て下さると当時に追い立てられるように部屋の外へと促され、廊下へ出たとたんにパタリと扉が閉まってしまった。
後半の急展開に何が何だか頭の中がぐるぐるして止まらない。
「……」
「……離宮へ戻ろう」
ゾーイ様も困惑気味のまま短くそう言うと役目とばかりに呆然とする私の手を取ったのだった。




