第十章 04
室内はシンと静まりかえっていた。
さも会議室といったシンプルな部屋に人数は絞ってくれていたのか、正面に座すアートおじさまとマリおばさまを除いて10人程。
おそらく各部署の上役の人ばかりなのだろう……圧が凄い。
緊張に小さく息をのむとこの部屋に入る前のお父さまとのやり取りを思い出した。
「お父さま」
扉の前でお父さまは眉間の皺を深くして私たちを待っていた。
「すまないな、だが私が側にいるから安心しなさい。ルディ、昨日言ったことは覚えているか」
「はい」
胸元に手を当てて頷く。
奥に押し込めた魔力に掛け金はきちんと掛かっているはずだ。
お父さまは頷き返すと私に手を差し出した。
その手はまだ私を守るように握られている。
息が詰まるような空気の中、その手の温もりを感じながら静かに深呼吸して姿勢を正す。
改めて視線を向けると濃紺のローブを纏う年かさの魔術師たちがジロリと訝しげに私を見つめてくるのを感じた。
服装から他に騎士団と薬術師、政務官が数名同席しているようでそんな中で筆頭薬術師のセドリックおじさまだけが穏やかな表情を浮かべてくれている。
それがとてもありがたかった。
「お呼びにより参上致しました、ルディア・アスターフォードでございます」
悠然と不敵にならない程度に笑顔を浮かべて名乗り、丁寧にお辞儀をした。
するとこの中では若い方に入るだろう黒髪の男性が立ち上がった。
「ルディア嬢、突然このような場にお呼び立てして申し訳ございません。いくつかお話を聞かせていただければと思います。どうぞおかけください。アスターフォード卿もどうぞ」
そう言うと入り口のほど近くに他のテーブルに囲まれるように置かれた席に私とお父さまを促す。
お父さまにそのままエスコートされ席に着くと一緒に入ってきたゾーイ様とサイラス様は私たちから離れた壁際に控えた。
進行役なのだろう黒髪の男性はオスカー様と仰り、第一騎士団の副団長だそうだ。
横にいる団長と思われる方は見るからに騎士といった筋肉隆々の大柄の男性だけれどオスカー様は一見政務官とも見えるほどすらりとしていて表情も時折笑顔を浮かべるなど温厚そうだ。
私に対しても気を遣ってくれているのが見て取れる。
簡単に主だった方々の紹介をしてくださった後、オスカー様は本題へと移った。
「ええと、魔獣の出没についての話はご存知でしょうか」
「……多少ですが」
「我々はその原因の究明に努めているのですがまだ決定的な根拠に至らず恥ずかしながら足踏みをしているような状況です。そこで調査上にあがった可能性をしらみつぶしに当たっている中でルディア嬢にご足労いただきお話を聞かせていただく必要があるとお呼びした次第になります」
オスカー様が言葉を区切ったところでアートおじさまが片手を軽く上げた。
いつも私たちと接する時のにこやかな表情を見せず、厳しいお顔付きだ。
マリおばさまも凛として前を見据えている。
「私と王妃は立ち合い人としてこの場に居合わせている。令嬢から話を聞くのはやぶさかではないが質問者は令嬢を貶めるような発言をせぬように」
覚えのある声より低く発生られた言葉に皆が頭を垂れ恭順の姿勢を示す。
その仕草に頷くとアートおじ様は私を見て少し語調を和らげて続けた。
「ルディア嬢、この場は断罪の場ではないので安心して意見を述べると良い」
「恐れ入ります」
「……陛下、それは話を聞いてみませんとわかりませぬぞ」
年かさの魔術師の一人がジロリとこちらに視線を向けながらそう言った。
「まだ昼間だと言うのに寝言か?イージソク」
お父さまがその方に向けて強い言葉を放つ。
ピリリと空気が張り詰めた気がした、お父さまが低温でお怒りになっている。
「ああ、日頃から安易な憶測により曲解にしか物事を考えられないのだったな」
「落ち着けマクシミリアン」
平坦な声で挑発するような事を言うお父さまをアートおじ様が強い視線で宥める。
私の知る普段のお父さまたちのやりとりとは逆の立場だ。
お父さまはこんなに好戦的だっただろうか。
先程のイージソクと呼ばれた年かさの魔術師は忌々しそうにお父さまを睨み付けていた、どうもこの人からは悪意を感じる。
「アスターフォード卿には席を外していただいた方が良いのではないでしょうか?」
今のやりとりを踏まえてか別の魔術師からそう意見が飛ぶとアートおじ様はお父さまが何か言うよりも先に払うように手を振った。
「問題ない。この様に令嬢を囲む場は好まぬ故、早々に聞きたいことを尋ね終わりにせよ。オスカー、進めろ」
「はい」
その言葉を皮切りにオスカー様が書類を見ながら話を始めた。
側にお父さまがいてくれる方が安心出来るのでホッと胸を撫で下ろした。
アートおじさまありがとうございます。
「先にひとつ検証をさせてください」
オスカー様は席を立つと私の目の前に花瓶に入れられた一輪の花を差し出した。
デニス様の銀の花だ、蕾の状態で鈍く光る銀の花はあの時のものと全く同じだ。
「この花に見覚えはありますか?」
「……はい、デニス・ニコロディ様がお持ちのものですよね」
「そうです。申し訳ありませんがこの花に触れていただけませんか」
魔力を吸い取る銀の花、それはつまり咲かせてみせろという事だろう。
魔術師たちがギラギラとした視線を向けてくる。
私は隣に座すお父さまにちらりと視線を向けた。
「……“そのまま”で触れるといい」
それは“掛け金”をかけたままでという事で……そっと手を伸ばして銀の花に触れる。
花はあの時のように光ることは無くそのまま変わらずに蕾のままだった。
きちんと掛け金がかかっているようで良かった。
「おや、デニス殿の話では一瞬で咲いたという事でしたが」
オスカー様は拍子抜けしたように首を傾げている。
魔術師たちもざわざわと呟きを交わし始めていた。
「もう一度お願い出来ますか」
再度手を伸ばすもやはり何も起こらない。
するとお父さまがスッと立ち上がった。
「再現出来ないようですね、これでは話にならないでしょう。元々根拠のない疑惑ですし私たちはこれで失礼します」
淡々とそう言ってお父さまが私に立ち上がるよう手を差し出した。
退出して良いのだろうか、迷ったけれど戻れるならそれに越したことはない。
そろそろアディリシアも目を覚ましているだろうし、あの子は今すっかり心も弱ってしまっているから出来るだけ側についていてあげたい。
お父さまの手を取ろうとすると「待て」とイージソクが立ち上がった。
「アスターフォード卿、まだ話は終わっていない。」
「ルディアは魔術師のように訓練していないのだから魔力が安定していない。デニスの銀の花を咲かせたと言うのもたまたまだろう。魔獣を召喚など無理に決まっている」
お父さまの言葉にコクコクと頷きを返す。
だが、イージソクは余裕の笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「ふん、その花が咲かなくとも問題ない。再度確認が出来ればと思っただけだ。すでにある材料で話は可能、オスカーさっさとアレを出せ」
「では皆様一旦着席なさってください。イージソク殿もお言葉に気を付けてください」
仕切り直しとばかりにオスカー様がそう言い、お父さまとイージソクはまた席に戻った。
感化されず落ち着いて対応するオスカー様は柔和な印象とは裏腹にとても胆力があるのだろう、さすが副団長様。
「ルディア嬢が王都で出没している黄昏の魔獣に関与しているという可能性に至った経緯として、新緑の宴での魔獣の出現があります。新緑の宴の魔獣の調査を行った際に出現の痕跡の中にルディア嬢のものと思われる魔力の残滓がございました」
オスカー様はトンと机の上に透明の四角い小さな箱を置いた。
その中には淡い水色に輝く結晶が閉じ込められている。
「この結晶はその魔力の残滓を結晶化したものです。そして、こちらの花に見覚えはございませんか」
幾分か小さくなったような銀の花が取り出された。
あの新緑の宴でデニス様に渡された銀の花と同じ様な色をした結晶が並ぶ。
「……デニス・ニコロディ様に差し出されて、わたくしが咲かせた花かと」
「ええ、その通り。ルディア嬢の咲かせた銀の花です。魔力によって咲くというのはご存知でしたか?」
「咲いた後のデニス様のお話でそうなのだと……後から気付きました」
「他に、新緑の宴で魔力に関わる何かをした記憶はございますか」
「いいえ、ですからどうして私の魔力の残滓が発見されたのか不思議でならないのです」
「本当にそうですかな、よく思い出してみてください」
イージソクが口を挟む。
お父さまが何か言い返そうとするのを制して言葉を続けた。
「新緑の宴で魔力を使っておりません。わたくしの魔力の痕跡があったとしたらそのデニス様の銀の花だけです。その花は今の状態よりもとても花弁が多いものでしたし花びらが落ちてもおかしくないかと。それにデニス様とお会いした場所は魔獣が現れた祭壇の側ですし、わたくしが疑われているのならデニス様も疑われているのでしょうか」
「ふむ、落ちた花びらがたまたま現場に残ったものだと?はたまたデニスの関与はないのかと?ニコロディ伯爵はどう思われますかな」
イージソクはチラリと意味ありげに紳士然とした隣の魔術師に視線を向けた。
ニコロディ伯爵は少し長めの前髪といい年を重ねたデニス様とも言える整ったお顔立ちだった。
伯爵は表情を変える事なく澄まして答える。
「デニスには難しいでしょうな」
その場にいる魔術師たちは同意を示すように頷いた。




