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第十章 03

 ぼんやり開けた視界に映る見慣れぬ景色にここはどこだろうと考えて自室でない事を思い出した。

 胸元からスピスピと寝息が聞こえアディリシアを抱えたままいつの間にか眠ってしまったのだと気付き、泣きながら眠ってしまったせいで目元が少し赤くなってしまった妹の頬を撫でた。

 起こさないようにとアディリシアをそっと離して布団を掛け直すと身支度をするべくベッドから足をおろし強張った体を伸ばす。

 今日も長い一日になりそうだと深呼吸して気合を入れた。


 簡単な朝食を終えてお父様と二人で審議の場での予想される質疑内容について話した後、準備のために部屋へ戻るとリタ達侍女がすでに待ち構えておりテキパキと正装へ整えてくれた。

 昨夜のうちに運び込んでくれたドレスは見たことの無いものでどうやらお父様とライルが金の羽衣にお願いしていたいくつかの一つらしい。

 いったい何着依頼しているのだろうか……。

 胡桃色をベースにした落ち着いた色合いのドレスに丁寧に施された細かい刺繍やレース飾りにメリッサの情熱を感じるとどこか励まされたような気持ちになった。


「ルディアお嬢様、とても素敵です」


 髪を結い終えたリタが鏡越しに笑みを向けてくれる。

 丁寧に編み込んだ髪の先に結ばれたリボンの髪飾りを見てアレンから貰った緑水晶のお守りを失った事を思い出した。


 残念で寂しい思いに胸がつまり思わず手を握りしめる。


「お嬢様?」

「なんでもないわ、ありがとうリタ」


 心配そうに声をかけてくれたリタに笑顔を返し、後はもう大丈夫だと手伝いの侍女たちに声をかけて下がって貰った。

 手伝いに来てくれているのはマリおば様の侍女たちで無駄な動きも無く、リタも知った者ばかりで上手くやり取り出来ているようだった。


「お嬢様、リタはお嬢様の味方ですからね」

「ふふ、ありがとう」


 励ますように私の手を取るリタはまだ短い付き合いだと言うのにとても心を寄せてくれている。

 その真摯な言動に私はすっかりリタを頼りにしていた。


「リタ、アディリシアの事をお願いね」

「はい、お任せくださいませ」

「アディはまだ寝ているのね。……最近は寝ている時間が長いような気もするけれど」

「まだ体力の無いアディリシア様ですから仕方ないのかもしれませんが近ごろは1日のほとんどをお眠りになっているようにも思います」

「ナターシャ様のお話だとそろそろお返事が来るようだし王宮に来ている事はお父さまが伝えて下さっているから、もう少しの辛抱ね」

「はい、早く良くなられるといいですね」

「ええ本当に」


 そう言って立ち上がるとリタが最後にこれをと柔らかい布を私に羽織らせた。

 それは上等な生地で作られた白いローブ。

 控えめに縁取られている青銀の刺繍にふとマリおば様の姿が浮かんだ。

 成人の儀でお会いしていた時に白いローブを着ていたはずだ、もっと豪奢な刺繍のものだったけれどそれと似ている。


「王妃殿下からの贈り物です。王宮内を移動する際はこちらを着用するようにと言付かっております。白のローブを纏う者は王妃殿下の庇護下にある者です。おいそれと手を出す者はいないでしょう」

「……マリおば様に本当に感謝しなくてはね」


 私を守ってくれようと心を配ってくれているのが伝わり、有難くそのローブを纏う。

 手触りの良いサラサラとした生地のローブは軽く、しっくりと身になじんだ。

 何かの思惑に巻き込まれているなら負けないようにと気持ちを強く持ち客間へと向かった。







「ルディ!」

「アレン、どうしてここに」


 客間へ入るといつの間に来ていたのかアレンが待ち構えていた。

 仕事前に来たのだろう、薬術師の装いでアレンは立ち上がる。


「父上から聞いたんだ」


 今朝、セドリックおじ様から話を聞いて矢も楯もたまらずと駆け付けて来たらしい。

 リタにお茶を入れて貰うと昨日の魔獣の襲撃と今日の審議の場への召喚命令についてアレンに話した。

 そして、せっかく貰った貴重な髪飾りがお守りの効果を発揮して壊れてしまった事を謝罪する。

 アレンはその為に渡したのだから役目を果たしたならそれで良いと笑ってくれた。

 大切にしたかったのにと目を伏せるとそれならまた贈らせて欲しいと言う。


「もう充分貰ってばかりだわ、私はお返しも全然出来てないし」

「君が笑ってくれたら、それで良いんだ」

「またそんな事を言って」


 和ませてくれているのだろう。気障きざなセリフにそう返すとアレンの肩を落とした仕草にクスクスと笑う。

 するとアレンは表情を引き締めて顔を上げた。


「僕はまだ見習いだから審議の場へは付いて行けないけれど」


 そう言ってアレンは薬術師のローブに付けていたブローチを一つ外した。

 草木をモチーフにした留め飾りだ。

 その繊細な意匠は以前貰った髪飾りと同じ工房で作った物だろう。


「緑水晶の髪飾りの代わりになるようなお守り効果はないけれど……僕の代わりに連れて行ってくれないかな」

「……ありがとう。とても心強いわ」


 そのままマリおば様にいただいた白いローブに付けて貰う。

 アレンは最後に飾りをひと撫ですると私の手を掬い上げた。

 私よりも大きな手が包み込むとじわりと温かさが伝わってくる。


「大丈夫、君への疑いは直ぐに晴れるよ」

「……アレン」


 力強い視線が私を射貫く。




 コンコン


 ノックの音にハッとすると思いのほかアレンと距離が狭まっていた事に気付いた。

 咄嗟に距離を取るとアレンは最後にギュッと握りしめてから私の手を離す。


「……すまないが邪魔をする」


 入り口近くに居たノックの主は苦いものでも噛み潰したようなゾーイ様だった。

 私とアレンを見てボソリと呟く。


「君は弟妹だけでなく、幼馴染とも距離が近いのだな」

「何か?」

「いや、なんでもない」


 聞き取れずに問いかけるもゾーイ様は首を振ってため息を付く。

 仕切り直しとばかりに軽く咳払いをしてゾーイ様は言った。


「私がルディア嬢の案内を務める事になった」


 審議の場である会議室まで案内してくれるらしい。

 お父さまとはそこで合流出来るそうだ。


「お手数をおかけします。でも迎えに来て下さったのがゾーイ様で良かったです。怖い方が来られたらどうしようかと思っていました」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 私を騒動の元としたい方々からしたら逃がさぬとばかりに最悪の場合は犯罪者の様に連れていかれるのではないかと思っていたくらいだ。

 お父さまがそれを許すとは思えないけれどもしかしたらと少し不安だったのだ。

 それでもこれから向かう先にはそういった方々がいるのだからと気を引き締め直す。


「僕も途中まで一緒に行こう」


 アレンもそう言って席を立ち、私たちは共に離宮を出る事にした。

 沈黙のまましばらく歩き続けアレンとは別の建物へ入る前に行き先が別れた。


「ルディ、頑張って」


 励ましの言葉と共にポンと背を叩いてアレンは別の方向へと向きを変えた、そして仕事が終わったらまた寄ると言って離れていく。

 少しの心細さが胸をかすめるけれどキュッと手を握りしめて待たせていたゾーイ様へと向き直り足を進めた。

 二人になるとゾーイ様が口を開く。


「ルディア嬢、今回の事は同じ魔術院に勤める者として申し訳ないと思う」

「ゾーイ様のせいではございませんわ」

「いや、事件の究明にも至らずルディア嬢に嫌疑をかけるなど不徳の致すところだ」

「まだ何も掴めてはいないのですか?」

「……父君はなんと?」

「何も聞いておりません」

「では私がお伝えする事はありません」

「そう、ですか」


 当然ながら機密事項なのだろう。

 すでに巻き込まれている身では知りたいけれど、お父さまたちが解決に向けて動いているのならばと口を閉じる。

 その後は話を変えるようにゾーイ様から弟妹たちの様子を聞かれ、答えていく。

 アディリシアの病状について心配そうに眉を寄せる様子に人の伝手を頼ってなんとか病名が分かりそうだと伝えると手伝う事があればと協力を申し出てくれた。


 そんなやり取りの末、辿り着いた大きな扉の前にはお父さまとサイラス様が私たちを待っていた。

 

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