第九章 04
アディリシアの熱は翌日に一旦微熱に下がったもののまた上がったり下がったりを繰り返す。
本人もぐずり続けるのでまだ相当具合が悪いらしい。
抱き上げて泣くのを宥めながらなんとか水分を取らせるのが精一杯だった。
寝ても直ぐに目を覚ますのでなかなか離れられないでいる。
「姉上」
コンコンと小さなノックの音と共に弟たちが揃って姿を現した。
ライルに続いてカイトとベルグラントが控えめにこちらを覗き込む。
その仕草が可愛くて思わず顔が綻んでしまった。
「姉さま、アディ良くなった?」
「まだちょっとお熱があるの。寝ているから静かにね」
人差し指を口元にあててシーっと仕草をすると下の弟たちは声が出ないようにパッと口元に手を当てた。仕草が可愛いくて癒される。
「姉上、私が少し代わりますのでカイトたちとお茶でもして来て下さい」
ライルの提案にリタもレナもそうするようにと背中を押してくれたので有り難い気遣いに少し席を外す事にした。
「お姉さま、大丈夫?」
私の手をキュッと握って心配そうにベルグラントが尋ねてきた。
少し疲れた顔をしていたのかもしれない。
「大丈夫よ、二人ともあんまり一緒にいられなくてごめんなさいね」
「アディが具合悪いなら仕方ないよ、兄さまの言う事聞いてちゃんと俺たち大人しくしてるよ」
「そう、偉いわね。ありがとう」
アディリシアが熱を出してから食事も部屋で軽く済ませてずっと籠りっぱなしだったと改めて気付く。
弟たちの頭を順番に撫でであげると嬉しそうに二人ともニコニコと笑顔を浮かべるのでそれだけで疲れがどこかへ飛んで行ってしまった気がした。
居間へ降りるとハンナとロイが既にお茶の準備をしていてくれたらしく、テーブルに着くと焼き菓子が置かれ直ぐにお茶が差し出された。
アディリシアお気に入りの花の焼き菓子はいつの間にか定番となっていた。
ふわりと良い香りのするお茶を飲んでほっと息をつく。
私が一息つくと弟たちが近況を教えてくれた。
カイトとベルグラントは一緒に庭で訓練しているらしい。
暑さに気を付けて怪我の無いようにと伝えれば時々ライルが様子を見に来て休憩するように厳しく言ってくるので大丈夫だとカイトがちょっとつまらなそうに言っていた。
ライルはカイトのブレーキ役として頑張ってくれているらしい。
「自分たちでも気を付けるようにしないとダメよ。カイトは特に無茶するんだから」
そう言った所で遠くから泣き声が響く。
「あら、アディが起きたのかしら」
「ライル兄さまがいるから大丈夫だよ」
ベルグラントがそう言ってくれたけれどなかなか止まない泣き声に席を立つ。
「カイトとベルに元気を貰ったからアディにも分けてあげなくちゃね」
「えー……お姉さま行っちゃうの。もっとお話したいのに」
「仕方ないよ、ベルもアディの兄さまなんだから我慢しろって」
ポンポンとカイトに頭を撫でられながらもベルグラントは頬を膨らませる。
ぷっくりした頬を撫でてまた時間を作るからと小さなお茶会を辞す事にした。
それからしばらくしてもアディリシアの熱は下がらなかった。
お父さまも時間を作っては様子を見に来てくださり、ハンナにも手伝って貰って看病するも一向に回復の兆しが見えない。
食欲も無いアディリシアの為にジャンが栄養のある飲み物を作ってくれた。
ただ、熱が高い時はそれすらも受け付けず、なんとか水が飲めるくらいだ。
このままではますます弱ってしまう。
また高い熱が出た後、帰宅したお父さまがアディリシアの様子を見に部屋に来た際に相談を持ちかける事にした。
「お父さまもう一度医術師の方に診ていただいた方が良いのではないでしょうか」
ゆっくり眠れないせいかぼんやりとしたまま私の胸に寄りかかるアディリシア。
汗で張り付く髪をそっと避けて覗いた顔はすっかり憔悴してしまっていて可哀想なくらいだ。
「そうだな、直ぐに手配しよう」
辛そうなアディリシアを見てお父さまも表情を歪めた。
次の日の再び来てくれた医術師にお父さまと私が見守る中診察してもらう。
一通り診察を終えた医術師は困ったような顔で結果を伝えた。
「申し訳ありません。咳もなく胸の音も問題ありませんのでただ発熱しているとしか……」
「そうか」
そのほか外傷もなく熱の原因がわからない、前に言ったように幼子によくある突発的な発熱という見解は変わらないらしい。
ただ、そうであれば既に熱が下がっていてもおかしくないのでアディリシアの体が弱っていて長引いているのかもしれないとそう言って医術師は帰って行った。
追加で置かれた解熱の薬にコロンと角砂糖を落としてお湯で溶く。
薬で微熱に下がっているだけで根本の熱に効果が無いような気さえした。
「お父さま、アディは良くなるでしょうか」
「このまま熱が下がれば良いがそうでない可能性もある、セドリックに相談してみよう」
私の不安を察したお父さまがアディリシアの頭を優しく撫でた。
薬術師のセドリックおじ様なら熱の要因や何か他に良い薬を知っているかもしれない。
お父さまはもう少し家にいるつもりだったらしいが部下の方が迎えに来てしぶしぶとお仕事に出掛けて行った、セドリックおじ様には直接声をかけてきてくれるらしい。
翌日、アレンとナターシャ様がセドリックおじさまから話を聞いたのかお見舞いに来てくれた。
ちょうどアディリシアが寝付いた所だったので二人を一旦客間へと案内した。
今はアディリシアにレナが付いてくれている。
「アディもだけどルディも大丈夫?」
「ありがとう、ちょっと寝不足なだけだから大丈夫よ。お二人ともわざわざありがとうございます」
夜はレナやリタと交代でアディリシアに付いていたけれど何度か目を覚ましたアディリシアは抱き上げているのが私じゃないと分かると大泣きした。
半分寝ながらうつらうつらしているのにどうして分かるのか不思議だ。
結局ほぼほぼ抱き上げてベッドに座る形で夜を明かした気がする。
「今は少し熱が下がってアレンの花の香りの角砂糖のおかげでやっとゆっくり寝てくれたわ。夜にまた熱が上がらなければ良いのだけど」
「熱が高過ぎるとあまり効果が出ないのかな、改良の余地ありだね」
ブツブツと呟くアレン。
頭の中で薬草の組み合わせでも考えているのだろう、思考する姿は見習いとは言え立派な薬術師だ。
「ふふっアレンもゾーイ様と同じく研究肌なのね」
薬術師と魔術師の二人はどこか似ているかもしれない。
そう言うとアレンはなんだか複雑そうな顔をしていた。
「ルディ、あなたもちゃんと休まなくてはダメよ」
ナターシャ様が気遣わしげに私の顔を覗き込む。
「マリも心配していたわ。自分は行けそうもないから私に様子を聞かせてと頼んできたのよ」
「そうでしたか、マリおば様にも安心してもらえるように早くアディリシアが元気になると良いのですけど」
ほぅっと小さく息を吐く、まだ熱の原因がわからないのだ。
このまま熱が下がらなかったらどうしようなどと良くない事ばかり考えてしまう。
私がしっかりしないといけないのに。
弟たちに続いてナターシャ様たちにも心配かけてしまった。
「医術師にはよくある幼子特有の発熱だと言われたのですけど……一向に熱が下がらないのです。ナターシャ様もアレンが小さい頃そう言った事はありましたか?」
ハンナは確かに子供は熱を出しやすいけれどこんなに続くことは珍しいと言っていた。
ナターシャ様にも聞いてみる事にした。
「そうね、アレンは割と小さい頃から丈夫だったからたまに熱を出しても一晩寝れば直ぐに治るくらいだったわ。参考にならない息子でごめんなさいね」
「母上……」
おっとりとしたナターシャ様の言葉にアレンは短く抗議した。
ナターシャ様は息子の眉間に寄ったシワをつんとつついて微笑む。
微笑ましいやりとりに笑おうとして……失敗した。
「ルディ?」
私の異変に気付いたアレンが訝しげに名を呼んだ。
「ごめんなさい」
何でもないと続けたいのにアレンがあんまりじっと私を見つめるから突然込み上げてきた不安が思わず口から零れてしまった。
「私……お母さまの事を思い出してしまって……アディリシアが女神に愛されて連れて行かれてしまったらどうしようとか……」
じわり、目頭が熱くなる。
お母さまもずっと臥せっていて体調を崩したまま儚くなってしまった。
同じ様にお母さまに続いてアディリシアまでいなくなってしまったらと、思うと怖くて仕方なかった。
ダメだ、心が弱ってしまっているのかもしれない。
溢れそうになる涙を無理やり抑えるように笑顔を浮かべて堪える。
目の前の二人の表情を見て後悔した、こんなこと言うつもりなかったのに。
情けない自分に後悔する。
「ごめんなさい弱気な事を言いました。忘れてください」
「ルディ、あなたはよくやっているわ。まだ成人したばかりの16歳ですもの不安になって当然よ」
ナターシャ様が私の手を包み込んだ。
その優しいぬくもりに堪えた涙が溢れそうになってくる。
「不安を一人で抱え込まないで、どんなことでも私たちは聞くわ」
「ルディ、大丈夫だよアディは元気になる。その為に僕たちは力になりに来たんだ」
「ありがとう、ございます」
ぽろりと涙が頬を伝った。
そうだった、一緒に悩んで力になってくれる人がいるのに何を一人で思い悩んでしまったのだろう。
お母さまの言葉が思い浮かぶ。
“いつだって心豊かにありなさい”
閉じ込めた心を開けばほら、小さな不安にも手を差し伸べてくれる人がいるのだから。




