第九章 03
「さぁアディリシアお嬢様、そろそろこのリタのお膝に移りませんか」
ポンと膝の上を軽く叩いてリタに声をかけられたアディリシアはプイッと顔を背けた。
「……や」
「お嬢様ぁ」
小さく返された言葉にガックリと肩を落とすリタ。
馬車の中でリタと向き合って座る私はしがみつく力を強くしたアディリシアの背を撫でながら苦笑を浮かべた。
アレンから腰痛に効くという貼り薬を作って貰ったので早速シスター・ナディアに届けるべく教会へと向かう馬車の中、初めは一人で座っていたものの揺れが気になるのかアディリシアは抱っこをねだり今は私の膝の上へと座っている。
「アディ、リタのお膝も私のお膝も変わらないわよ」
宥めてみてもぐりぐりと胸に頭を押しつけてくるので移動する気はないらしい。
リタとロイが来てからアディリシアの人見知りが発動している。
頑張ってリタが距離を縮めようとしてくれているけれどアディリシアは頑なだ。
「私の何が足りないのでしょう」
「そう言う訳じゃないと思うけど……でも不思議ね、同じ様に警戒しているロイは食事の時とかもアディが抵抗する間も無く抱き上げて椅子に座らせたり食べさせたり気付けばいろいろとお世話出来てしまうのよね」
ロイの無駄のない仕草がアディリシアに嫌がる隙を与えないのかもしれない。
弟たちの扱いもスマートだ。
「ロイはそういう人なのです。双子なのに何でもそつなくこなすので私はいつも悔しい思いをしているのです」
あの日、リタたちを紹介した後にお父さまはオマケみたいな感じで二人が双子だと伝えた。
双子を見るのが初めてで私もライルも驚いて二人を見てしまった。
性別が異なる事もあって外見はあまり似ていないが働き始めて気付いたのは仕事ぶりや仕草がどこか似ているという事。
「でも負けません、お役に立てるように頑張ります!」
リタにとってロイはライバルでもあるらしい。
「ふふ、頼もしいわね。二人とも真面目だし仕事を見ていればリタとロイの息が合っているのが良く分かるわ。あなたたちが来てくれて良かった」
「ルディアお嬢様……勿体無いお言葉をありがとうございます」
「アディの事は少しずつお願いね」
自分の名前に顔を上げるアディリシアの頭を撫でると嬉しそうに顔をほころばせる。
つられて私も微笑み返すとそれを見ていたリタがグッと拳を握りしめた。
「はい、焦らずいきます!」
そう言ってリタがアディリシアに向けてウインクするとアディリシアまたプイッと顔を背けるのだった……。
リタ、頑張って。
そうこうしているうちに馬車は貴族街を抜けて城下町の端にある教会へと到着する。
庭で遊ぶ子供たちがいたので邪魔しないようにいつもより少し手前で馬車を止めて貰った。
馬車から降りると私たちに気付いた男の子が手を振って駆け寄って来てくれた。
「ルディア様!こんにちは!」
バザーの時も活躍してくれたわんぱく少年ジョージだ。
「こんにちは。今日も元気いっぱいね!」
「うん!」
孤児院へとジョージと一緒に向かうと他の子供たちも集まって来たので新しく侍女になったリタの紹介や孤児院の最近の出来事などを聞きながら賑やかに歩く。
アディリシアはもちろん抱き上げて連れていく、ここでも抱っこを拒否されてリタは落ち込んでいた。
「ねぇねぇルディ様」
「なぁに」
「パンサム亭って知ってる?」
ジョージと同じくらいの歳で二つのお下げを揺らすラナが問いかけて来た。
私のスカートの端をちょこんと掴んでいる。
「確か、ここに時々パンを届けてくれるパン屋さんでしょう?」
「そう!ルディ様も食べたことある?」
「まだないの、どんな味か教えてくれる?」
「うんとね、丸くってふわふわってしていて温かくて柔らかいの」
「そうそう」
「ふわふわなんだよ」
「でね、食べるとおいしーってなるの」
パンを思い浮かべたのか顔を綻ばせたラナの言葉に他の子供たちも次々に賛同する。
孤児院ではパンはフライパンで焼く薄いパンが主流で一度に沢山焼くのでみんなが食べる頃には冷めてしまっているらしい。
「だからね、パンサム亭のパンが来るのが楽しみなんだ!」
子供たちは嬉しそうに口を揃えてそう言った。
どうやらパンサム亭のパンは子供たちに大人気らしい。
「ルディア様、ようこそいらっしゃいませ」
「ごきげんようシスター・アネット。あら、少し顔色が悪いようですけれど……」
「気のせいですわ、お気遣いありがとうございます」
「あまり無理をなさってはいけませんわ。何かお手伝い出来る事があれば仰ってくださいね」
「恐れ入ります、さぁどうぞ中へ」
シスター・アネットは疲れを隠すように笑顔を浮かべて招き入れてくれた。
子供たちも一斉に外遊びから戻り手洗い場へと競うように向かっている。
沢山の子供たちの面倒を見るのは容易ではないし疲れが出て来たのかもしれない。
院長室に案内され、シスター・ナディアと挨拶を交わす。
まだシスター・ナディアの腰痛はなかなか改善していないらしい。
立ち上がるのも辛そうだったのですぐに座る様に促した。
「今日はシスター・ナディアにお渡しするものがあって参りました」
あまり長居しても気を遣わせてしまうだろうからとお茶を入れようとしてくれるシスター・アネットに直ぐにお暇する旨を伝えた。
貼り薬の入った包みをリタがシスター・アネットに手渡す。
使い方や注意書きのメモも合わせて渡すとシスター・アネットはシスター・ナディアの看病は責任を持ってすると請け負ってくれた。
シスター・ナディアがあまり動けないと言う事はシスター・アネットの負担もさぞ大きい事だろう、私の懸念を察したのかシスター・アネットはノーラが年長組をまとめて手伝ってくれているから大丈夫だとそっと教えてくれた。
それでも心配なので今度はシスター・アネットに滋養の薬湯をお持ちしようと思う。
「えールディア様もう帰っちゃうの?」
早々に帰る私たちを残念がってくれる子供たちにまた近いうちに本を読みに来ると約束し、シスターのお手伝いをして良い子にしているように話すとみんな素直に返事を返してくれた。
「また改めて参りますね。」
そう言ってシスター・アネットに見送りを辞すがせめて扉までと付き添ってくれた。
「お見送りありがとうございます」
「どうぞお気を付けて」
丁寧な見送りを受けて馬車へと向かう。
その途中、大きな箱を抱えた男性が孤児院へと向かって来るのが見えた。
どこか見たことのある人物にすれ違うタイミングでハッと気付いて声をかける。
「あの、パンサム亭のご店主ではありませんか?」
「お嬢様っ」
見知らぬ相手に自ら声をかけた事にリタが諌めるように声をあげた。
突然の声掛けに驚いた男性は一歩後ずさるが、こちらが貴族だと気付いてすぐに頭を下げる。
構わないと顔を上げてもらえば男性は尋ねた通りパンサム亭の店主サムだと名乗った。
孤児院にパンを届けてくれるお礼を言う。
「ありがたいことですけれど……ご負担ではありませんか?」
「なぁに、つい焼き過ぎた売れ残りのパンを届けているだけなんで気になさらんでください」
サムはそう言ってポンと大きな箱を叩く。
箱の中には沢山のパンが入っているのだろう。
そこで思い出す、孤児院の子供たちが温かさの残る柔らかいパンがとても美味しいと言っていた事を。
サムが大事そうに届けてくれたのは焼きたての“残り物のパン”。
「あなたの……お心に感謝致します」
「へへっ、お嬢様にそんな風に言ってもらえるなんて嬉しいものだね」
「私もあなたの様な方がいてくださって嬉しいです。お引止めして申し訳ありませんでした。どうぞ行ってくださいませ」
美味しいパンを早く子供たちへと促すとサムは一つ会釈をすると孤児院へと向かった。
いつか私もパンサム亭のパンを食べてみたいとそう思いながら馬車へと歩く。
リタが次から見知らぬ相手に声をかける時は自分を通すようにと苦言を呈すのを聞きながら馬車に乗り込んだ。
意外としっかり叱ってくるので素直に善処すると答えながら腕の中のアディリシアが随分と大人しい事に気付いた。
「アディ?」
くたりとして寝ているのかとその顔を覗き込むと見えたのは火照る顔に潤んだ瞳。
小さな唇がやっとと言うようにゆっくりと開く。
「おね……さま」
「アディ、お熱があるじゃない」
「はひゅぅ」
ずっと抱っこをしていたので子供体温で暖かいなと思っていたがいつの間にか発熱していたらしい。
急いで帰宅するとすぐにお父さまへと連絡し医術師を手配してもらう。
診察を終えた医術師に幼子特有の突発的な熱で薬を飲めば問題ないと言われたけれど気が気でない。
もしかしたら今日は一日具合が良くなかったのかもしれない。
「ごめんねアディ」
早く良くなります様にと切に願った。




