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第八章 05

 

「またお誘いさせてくださいね。機会がございましたら兄たちをご紹介したいですわ」

「そうそう!お兄さま方のお話はとても面白いの」

「ええ、ぜひ」


 クレメンティ姉妹には兄が二人いるらしくこの日は二人とも王宮勤めの為にお会いする事は出来なかったけれど姉妹のお話からとても妹思いの兄たちということは伝わってきた。


「アスターフォード家にも是非いらしてください。少し賑やかになってしまうかもしれませんが」

「ふふっ、可愛いご弟妹(きょうだい)にもお会いしたいわ」

「楽しみにしていますわね」


 私の弟妹にも興味を持ってくださって話が弾んだせいかクレメンティ姉妹とのお茶会の時間はあっという間だった。



 楽しかったお茶会のお礼を手紙にしたためながらその時の事を思い返す。

 あんな風に時間を忘れて年の近い令嬢たちとおしゃべりしたのは久しぶりで楽しい気分が収まらず帰ってから勢いのままライルに報告してしまったくらいだ。


「姉上に良い出会いがあり私も嬉しいです。良かったですね」

「ライル」


 読書の邪魔をしてしまったにも関わらずきちんと話を聞いてくれて可愛い事を言う弟に思わず抱きついてぎゅうぎゅうと抱きしめる。


「あ、姉上!」


 年頃なせいか真っ赤になって戸惑う姿すら可愛くてしばらくくっついていたかったけど「お嬢様、ほどほどに」とハンナに言われて仕方なく離れたら「浮かれすぎです」とライルに叱られてしまった。

 確かに浮かれすぎていたかもしれない。

 クレメンティ姉妹の所でも浮かれすぎてはしなかったか心配になってきたのでお礼状は少しでも上品にと丁寧にお礼の文を綴った。

 庭先のテーブルで手紙を書いているとそよそよと緩やかに流れる風が頬をくすぐる。

 書き終えて何度か見直してから手紙を侍従に預けるとハンナがそっと紅茶を差し出してくれた。

 お礼を言って一口飲むとホッと人心地つく。


 目の前ではベルグラントとアディリシアが魔術の訓練に励み、少し離れた場所でカイトがジャンに教わりながら武術の稽古をしていた。

 夏の終わりに寄宿学校へ入るライルは部屋で勉強に励んでいるらしい。



「それにしても暑くなってきたわね」


 晴れた空を見上げて思わず呟く、初夏に入り日々気温が上がっていくようになっていた。

 日除けの傘をテーブルに差してもらっているけど暑さまではしのげないので外で過ごすのはそろそろ控えた方が良いかもしれない。

 ベルグラントとアディリシアの魔術訓練は屋内でも出来そうだけれどカイトの武術訓練は外でないと難しかったりするのだろうか。

 木陰でせっせとトレーニングを続けるカイトを見てふと思う。

 真夏の暑さに負けない身体づくりとか必要かもしれないし、無理のない訓練を後でジャンに相談してみた方がいいだろう。


 テーブルに視線を戻すと水の入ったグラスを前にベルグラントとアディリシアがゾーイ様からの課題に取り組んでいた。

 今やっているのはなんと、水を凍らせると言うまさしく夏向けの課題だった。

 ゾーイ様はよく考えてくれているのだと感心する。

 私も軽く挑戦してみたものの全く手ごたえを感じられなかったので直ぐに離脱した。


 まだ王宮はいろいろと忙しいらしい。

 先日、ベルグラントの課題の成果を確認しに忙しい中で時間を作って様子を見に来て下さったゾーイ様はいくつかの新しい課題の一つとして水を凍らせて見せてくれた。

 何もない場所から現れた透き通った氷の結晶にみんなして感動したものの「まずはグラスの水を凍らせるところからだ」と言われベルグラントは早く上達したくてやる気になっている。

 そろそろ水はぬるま湯に変わってしまっていそうだけれど……


「イメージ、イメージ……凍れ凍れ……っ出来た!」


 ボソボソと呟く言葉の後、キンッと高い音と共にベルグラントが歓声を上げる。

 目の前のグラスに入っていた水は見事に凍りグラスの回りには霜が出来ていた。

 触れればひんやりとして逆さにしてもこぼれない程しっかりと凍っている。


「すごいわベル!」

「つめたい!つめたーい!ベルにーさますごい!」


 凍ったグラスに触って楽しそうにはしゃぐアディリシア。


「よく頑張ったわねベル」

「はい」


 成果を上げて嬉しそうにしているベルグラントの額に浮かぶ汗をハンカチで拭ってあげるとふにゃりと溶けるように微笑んだ。

 可愛い、年相応の笑顔だ。

 可愛すぎてついでに頭も撫でてあげる。


「アディのつめたくない」


 アディリシアはベルグラントと同じように置かれた水の入ったカップをじとりと眺めた。

 グラスは割ってしまいそうだとハンナの気遣いで割れないカップに水が半分ほど入っている。


「まだアディには難しいかもしれないわね」

「こんな風に凍れ~って思いながら手に魔力を込めてやってごらん?」


 ベルグラントが凍った自分のグラスを見本のようにして優しく教えてあげるとアディリシアは急にバンッとテーブルを叩いた。


「こおれ~!」

「ち、違うよアディ。いたっ」


 バンパンッと繰り返しテーブルを叩くアディリシアをベルグラントが慌てて止めようとするが振り回す手にバシッと弾かれる。


「アディ落ち着いて!物理的に手に力を入れるんじゃなくて」


 私も止めようとするが何かのスイッチが入ったのか止まらない。


 バシャッ


 コップが倒れテーブルに水が広がった。


「わぁ!」

「ハンナ布巾を!」


 焦るベルグラントと私をよそにアディリシアはまだ続けようとテーブルを叩く。

 パシャリと濡れた場所を手で叩いた為に水しぶきが飛んだ。


「もう!アディリシア!」

「こおれ!」

「わっ!お姉さま離れて!」


 ピシッピシピシピシッ


 テーブルに広がった水が急速に凍り始めて行く。

 慌ててベルグラントと私は立ち上がってテーブルから離れるとテーブルクロスごと全てが凍ってしまった。

 もちろん乗っていた私のティーカップも冷たく凍ってしまっている。


「ぴ……」

「アディ?」

「ぴぎゃぁぁっあぁぁぁあぁぁ!」


 突然、火が付いたように泣き出したアディリシア。

 どうしたのかと近寄ればテーブルについた手ごと凍ってしまったらしい。

 小さな紅葉の手が二つ、ぴったりとくっついて取れない。


「うぎゃぁぁぁ」

「アディリシア落ち着きなさい」


 手が離れなくてパニックになったアディリシアは全力で泣き叫んでいる。

 このままでは凍傷になってしまうとハンナたち侍女も慌て出した。


「ジャン!お湯を持って来て、大至急よ」


 アディリシアの泣き叫ぶ声にこちらの様子を見に来たジャンにハンナが大声で指示するとジャンは急いで厨房へと走って行った。


「お姉さまアディを抑えていて」

「ベルお願い」

「溶けて水に戻れ」


 私がアディリシアを抱き抑えるとくっついた手に重ねるようにベルグラントが手を置いて一生懸命念じる。

 盛大な泣き声にイメージがしづらいのかギュッと目を閉じて「水に戻れ」と繰り返す。

 次第に氷がその形を崩し、液体へと変わっていく。


「溶けてきた!」

「もう大丈夫よアディ」

「う……ヒックヒック」

「アディリシア様、頑張りましたね」


 溶けた氷によりテーブルから外れたアディリシアの両手は赤くなってしまっていて素早くハンナがタオルで包み込む。

 ジャンが急いで持って来てくれたお湯で温めたタオルが気持ち良かったのかアディリシアはグスグスしながらも泣き止んでくれた。

 レナがベルグラントにもその温めたタオルを渡してくれて取り敢えず二人とも大事なさそうだった。


「肝が冷えましたわ。ルディアお嬢様、アディリシアお嬢様にはまだ魔術の訓練は早いのではないでしょうか」


 ハンナの言う事はよくわかる、私もさっきまで暑くなってきたと思ったのに今はすっかり寒々としていた。

 凍ってしまったテーブルを溶かす為に侍女と侍従が日の当たる場所へと運んでいく。

 ぐずりながらしがみつくアディリシアを見て私はため息をついた。

 怪我がなかったのは幸いだけどこれは確かに心配だ。


「……ゾーイ様に相談してみるわ」


 ゾーイ様に事の顛末を手紙で伝えると直ぐに返事が返ってきた。


「一体どうしたらそんなことになるのだ」と呆れた文面と共に当面はポップコーンフラワー以外の魔術の訓練は禁止だと書かれていた。


 アディリシアの機嫌を損ねない為にも直ぐにアレンへとポップコーンフラワーの種を依頼する事にした。

 

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