第八章 04
「お越しいただけて嬉しいわ」
「本当にありがとうルディア様」
「こちらこそお招きくださってありがとうございます、イザベラ様オリビア様」
何度かの文通を経て、クレメンティ姉妹がお茶会に招待してくださったのでお言葉に甘えてお邪魔する事になったある日。
迎えの馬車でたどり着いた伯爵家は瀟洒な白いお屋敷で室内には様々な花々が所かしこに飾られ優しい空気を醸し出していた。
案内された部屋も白色をベースにレースや花々が散りばめられた愛らしい客室で円いテーブルには香り良いお茶とお菓子が並び華やかなおもてなしを受けていた。
「うちはお母さまが愛らしいものがお好きで……少し落ち着かないかもしれないけど」
「いえ、とても素敵ですわイザベラ様」
キラキラした室内の装飾を気にした姉のイザベラ様が気遣いの言葉を下さったけれど、アスターフォード家の内装とは全く違ってそれはとても新鮮だった。
我が家の内装は落ち着いたと言うかシンプルでこちらと比べると華やかさは随分と控えめだ。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
「ねぇ、今日のあなたのドレスも素敵ね。贔屓のお針子がいらっしゃるの?」
興味津々にオリビア様が私のドレスを眺める。
イザベラ様は少し年上と言う事もあってとても落ち着いた雰囲気の方だけれど私と同い年のオリビア様は好奇心旺盛に溌剌となさっていた。
今日の私のドレスもメリッサに仕立てて貰った新しいもので新緑の宴の後に屋敷に届いたものだった。
お茶会用という事で明るいオレンジと白の縦縞が交互に並ぶ生地がベースになっていて腰元には茶色のリボンが結ばれその下に広がるフレアスカートがとても華やかなドレスは今まで着た事の無いデザインでどこか落ち着かなかったけれどオリビア様が目を輝かせて褒めて下さったのでホッとしたと同時に嬉しかった。
このドレスはお父さまとライルが追加で依頼していたらしい、まだいくつか頼んでいるようで追って届くそうだ。
「はしたないわよオリビア、落ち着きなさい」
テーブルに手を着いて立ち上がり私を見つめていたオリビア様をイザベラ様が窘めるとハッと気付いたイザベラ様は慌てて座って居住まいを正した。
感情で体が動いてしまうタイプなのかもしれない。
私は気にしていないとニッコリ笑顔を見せた。
「お褒めくださってありがとうございます。城下町の仕立屋“金の羽衣”と言うお店にいつもお願いしております」
「「き、金の羽衣!」」
「まぁお二人ともご存知ですか?」
「ご存知も何も……あのお店はなかなか依頼出来ないほどの人気店ですわ」
「私たちもまだ数着しか作っていただけてないの、そのお店がご贔屓だなんて」
二人ともしげしげと私のドレスを眺めながらため息をつく。
お母さまが懇意にしている仕立屋だったのでそんなにも人気店だったとは知らなかった。
そんな人気店であるなら副店長のメリッサも忙しい合間を縫ってドレスを作ってくれているのだろう、今度会った時にはもっときちんとお礼を言わなくては。
「「羨ましいわ」」
声を揃えて二人はそう呟やくと紅茶に手を伸ばす。
私を羨ましいと言うけれど彼女たちのドレスだって十分素敵だ。
レースをふんだんにあしらった柔らかい色合いの揃いのドレス。
それに二人ともくるくると巻いた髪がとても上品で紅茶を飲む仕草も大人っぽく、いかにもご令嬢と言った様相で素敵だった。
いつも弟妹とワイワイ騒ぎながらお茶を飲んでいる自分は気を引き締めないと粗相をしてしまいそうだ。
キュッと胃の辺りが締まる感じがする。
「あら、どうかなさって?」
緊張して落ち着かない私の様子にイザベラ様が心配そうに声をかけてくれた。
これは正直に言うべきだろうと思わず苦笑いが浮ぶ。
「すみません、私はこう言った年の近い方とのお茶会は初めてで失礼があったらと思うと緊張してしまって」
恥ずかしさから顔に熱が集まって行くのがわかる。
湯気が出てしまいそうだ。
「「……可愛い」」
「え?」
「ルディア様……いいえ、もうルディと呼ばせてもらうわ。私たちもうお友達でしょう?私の事もオリビアと呼んでちょうだい」
「私の事も良かったら姉だと思って気さくに話してちょうだいね」
目を輝かせたクレメンティ姉妹に両手を掴まれてギュッと強く握られる。
思わず私はコクコクと頷いていた。
お茶をもう一杯いかがと勧められお願いすると、控えていた侍女が丁寧に二杯目を注いでくれた。
緊張のせいか喉が渇いていたらしく、いつの間にか空になっているのに気付かなかった。
一杯目の時よりも落ち着いてお茶を堪能すると上品な花の香りが気持ちを落ち着かせてくれた。
二人は社交界の流行や話題の人物などといろいろと私の知らないことを教えてくれ新鮮な会話がとても楽しい。
「こんな可愛らしい方とお知り合いになれて良かったわ」
あまりにも流行に疎いため私が一喜一憂しているのをオブラートに包んで可愛いと評してくださるイザベラ様は優雅に微笑む。
話上手でコロコロと笑う彼女をこの短時間で“お姉さま”と呼ばせていただきたい程に私は尊敬して始めていた。
「これもご縁ですわね、お姉さま。先日の騒動は大変でしたけれど…」
「ええ、あの時は驚きましたね」
よりによって初めて参加したと言える社交界で魔獣が出るとは思わなかった。
前代未聞の事件だったらしく私もなかなか運が悪い。
「あっ!」とオリビアが急に思い出したとばかりに声を上げた。
「そう言えば、聞きまして?リアラ様ったら新緑の宴で魔獣が現れたときにブローセン公子が危険を省みず自分を助けに来てくれたって言い回っているらしいですわ」
「でも私、あの時ブローセン公子はルディと一緒にいたと思ったのだけど」
イザベラ様はそう言って私の方を見ながら首を傾げる。
クレメンティ姉妹と遭遇した時にはアレンは居なかったはずだけれどその後で一緒にいる所を目にしたのだろうか。
「リアラ様のおっしゃっていることは本当ですわ。逃げ遅れたリアラ様に私とブローセン公子でお声かけしたのですもの」
「まぁ、その場にルディもいらっしゃったの?」
「リアラ様のお話では公子だけが助けに来て下さったようでしたわね」
「きっとリアラ様の目には公子しかお見えになってなかったのでしょう」
恋する乙女は好いた相手しか目に入らないと虎の巻に書いてあったし、実際そんな感じだった事を思い出す。
「都合の良い目をお持ちですものね、リアラ様もそのお友達方も」
「オリビア」
フンと腹立たしそうな物言いでオリビアは目を伏せた。
イザベラ様が心配そうに妹を見る。
「…………」
「あの?」
なんとも言えない空気に窺うように問いかけるとオリビアはカッと目を見開き、ダンッと勢い良くテーブルを叩いた。
ビクリと思わず身をすくめてしまう。
「ルディ、聞いてちょうだい!私が社交界にデビューして間もない頃、たまたまブローセン公子と同じタイミングで会場に到着し入場する事があったの。お姉さまもいなくて1人で心細かったから公子から声をかけていただけて嬉しかったのだけど、その挨拶を交わしている所を見たリアラ様たち一行は勝手に私が公子を待ち伏せしていたみたいに言い始めて!」
当時の感情がこみ上げてきたのかオリビアはワナワナと怒りに身を震わせる。
「偶然だって言っているのに人の話を聞きもしないで失礼だとか攻め立てたのよ!」
「落ち着きなさい、オリビア」
「だってお姉さま!思い出しても腹立たしいわ」
「あなたの気持ちはわかるけど忘れた方がいいわ」
オリビアの話を聞いてリアラ様の取り巻き令嬢たちが喚きたてる光景が目に浮かんだ。
新緑の宴の時に私が取り巻き令嬢たちに耳打ちされた言葉を思い出す、それがリアラ様の指示なのかどうかはわからないけれど邪魔をするなと言う事は伺えた。
あの時は私が幼馴染だからかと思ったけれど、そうではなかったらしい。
偶然話していても絡まれるなんて面倒くさいことこの上ないだろう、このままだとアレンの出会いのチャンスが失われてしまうのではないかと心配だ。リアラ様には今のところ興味はなさそうだし。
「ごめんなさいね、この子ったら気が短くてすぐカッとなってしまうの。だからなかなかお友達が出来なくて」
「お、お姉さま!ルディごめんなさい、幻滅したかしら?」
我に返ったオリビアは恥ずかしそうに身を小さくして私を伺い見る。
驚きはしたものの嫌悪感は無く、むしろ感情がストレートなところが好ましいとさえ思った。
「そんなことありませんわ、オリビアさ…オリビア」
「本当に?」
「ええ本当ですわ」
「また、お茶会にお誘いしても良いかしら?」
「もちろん」
にっこりと微笑んでそう答えればオリビアは安心したように顔を綻ばせた。
幼さの残る素の笑顔だった。
「ありがとう。私あなたとなら仲良くなれる気がするわ」
「私もです」
「良かったわね、オリビア。これからもよろしくね、ルディ」
「ええ、オリビアもイザベラ様も親しくしていただけると嬉しいです」
社交界で出来た初めての友人だ、気のいいクレメンティ姉妹とは長く付き合っていければ良いなと願う。
女同士のおしゃべりはしばらく賑やかに続いた。




