第八章 03
カーバンクルの結晶は緑水晶とも呼ばれ古くから魔を弾くお守りとしても重宝されていた。
アレンの言っていたお守りみたいに身に付けて欲しいと言うのはおそらくそういった意味合いもあるのだろう、優しい心遣いが嬉しかった。
髪留めは淡いブルーグリーンのカーバンクルの結晶と真珠を組み合わせた小さなスズランを模しており、ブローチは蔓草に朝露の様な煌めく水晶が施されている。
どちらも繊細な意匠なので早速身に付け始めた弟妹に大切に使うようにとよくよく言い聞かせたものの、伝わっているのか心配だ。
この日、アスターフォード家にいくつかの手紙が届いた。
カイト宛てのオズワルドからの手紙には当分はこちらに来られそうもないのでジャンに従いトレーニングをするようにと、ベルグラント宛てにはゾーイ様から同じ様にしばらくは直接指導出来そうもないので自主練に励むようにとそれぞれ別紙に課題が書かれていたようだった。
あの魔獣の騒動でお父さま同様に二人もしばらく忙しいらしい。
そして私にはマリおば様とナターシャ様からの気遣いの手紙が二つとクレメンティ姉妹からの手紙が来たのだった。
クレメンティ姉妹へと手紙を書こうと思っていたけれど先にいただけるとは予想していなかったので嬉しさに胸が弾む。
部屋に戻って手紙を開くと、騒動の後に姉妹も直ぐ迎えが来て帰宅した為にお話しましょうと約束したのに叶わなく挨拶も出来なかったので残念だという思いと改めてお茶会をしましょうと言う内容が二人の連名で綴られていた。
同じ事を思っていたことが嬉しくて直ぐに返事の手紙を書いた。
*******
「また今日も遅くなる」
「はい、お父さま。いってらっしゃいませ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
微かに疲労の見える顔をしながら家を出るお父さまを送り出す私の言葉に弟たちが続いた。
馬車に乗る前にこちらを振り返り、軽く片手を上げるお父さまにカイトとベルグラントが大きく手を振り返す。
ライルも抱き抱えているアディリシアの手を掴んで振らせていた。
あれから数日、お父さまはお仕事が忙しくなりあまり屋敷にいる時間はなかったけれど少しでも私たちの様子を見ようと顔を出してくれていた。
少し前までは交流する努力をしてくれているのだと感じていた行動だったけれど今はもう自然と気にかけてくれているらしい。
それもあってか短い会話でも以前より交わす回数も増え、離れてしまったお父さまと弟たちの距離が近くなっていくのは嬉しかった。
唯一、お父さまとの距離を縮められないアディリシア。
相変わらずだけれどこればっかりは時間をかけないと仕方ないのだろう。
そんなアディリシアを連れて今日はシスター・ナディアに会いに教会へと来ていた。
手紙のやりとりはしていたものの教会を修繕していた事もあり久しぶりの訪問だった。
手土産にジャンに作って貰ったお菓子を渡せば子供たちはとても喜んでくれた。
「それにしても、ずいぶんとキレイになりましたね」
「ええ、沢山の方々が手を貸してくださいましたのでこんなにも早く教会を建て直す事が出来ました」
教会の一室でシスター・ナディアとお茶をしながら辺りを見回せば真新しい木材が所々に見える。
修繕された教会の内部は以前よりも丈夫に作られたらしい。
バザーの後、詳しい事情はわからなくても酷い有り様となっていた教会の姿に城下町の人々が建て直しに協力してくれたそうだ。
マリおば様や騎士団の助力も陰ながらあったと聞く。
あのバザーの事件からシスター・ナディアはとても気落ちしてしまっていたけれど今はシスター・アネットが奮起して孤児院を支えており、ナターシャ様たちご婦人方みんなの励ましもあって少しずつ元気を取り戻していったそうだ。
窓の外に目を向けると子供たちが元気よく庭で遊ぶ姿が見える。
子供達もしばらくは落ち着かない様子だったもののノーラが安心させるように明るく振る舞う事でいつも通りの生活を送ることが出来たらしい。
「今日はノーラはお出かけですか?」
「あの子は街に手伝いに出ています、将来何の仕事に付くか考える為に様々な業種をお手伝いさせて貰っているようですね」
「まぁ、すごい行動力ですね」
「ジミーのこともあって時折塞いでいた事もありましたがあの子は本当に強い子です」
「シスターたちの愛情の賜物ですね」
「いいえ、あの子の力ですよ。私たちシスターは側で見守ることしか出来ませんもの」
「でも、見守ってくれる人がいないと足元が不安になりますから、誰かが側で見守ってくれていると思うだけで安心して前を向けるのだと思います」
「……ルディア様」
「あの、出過ぎた事を言いました。すみません」
「ふふっ、感心していたのです。あの小さかったルディア様がずいぶんと大人になられたと」
シスター・ナディアの穏やかな笑みは昔から変わらないものの少しだけ年を感じさせた。
なぜか胸が締め付けられるような切なさが込み上げる。
「そうですね、見守ってくれている人も手を差し伸べてくれる人もありがたいものです。ルディア様はオズワルド様からパンの事は聞き及んでおられますか?」
「オズワルドから、ですか。いえ何も……」
特に彼の口から教会の話は出てきてなかったと思う。
オズワルドとこの教会に接点など合ったのだろうか、あったとすればバザーの時しか思いつかない。
「あのバサーの後、お知り合いのパン屋さんのパンを子供たちに時折届けてくれているのですよ」
「まぁ」
「子供たちがとても喜んでいて、本当に助かっています」
知り合いのパン屋とはきっとあのバサーの時にオズワルドが手伝っていたパンサム亭というお店だろう。
気のよさそうな店主の笑顔を思い出した。
「バサーでの出来事は忘れがたい事ですが、こういったご縁もあるのですね」
「世の中捨てたものではないですね」
「ええ、本当に。ありがたいことです。女神様に感謝致します」
シスター・ナディアは目を閉じて両手を組むとそっと祈りの言葉を呟いた。
「おねーさま」
「なあに」
私の膝の上で大人しく話を聞いていたアディリシアが急にもそもそと動き出しテーブルのお菓子へと手を伸ばした。
届かないお菓子を一つ取ってあげて小さな手に乗せようとするとその手をグッと握り込んでアディリシアは口を大きくあけた。
キラキラした目が食べさせてと甘えて見上げてくる。
「アディ、自分で持って食べられるでしょう?」
「やーん」
「アディリシアは赤ちゃんに戻ってしまったのかしらね」
アディリシアは相変わらず私にべったりだが最近は色んな事にイヤイヤをするようになった。
パキリと割った焼き菓子の欠片を開いた口に入れてあげて、ため息混じりについそうこぼれてしまった言葉。
今やあれこれおねだりしてくる分赤ちゃんの時より大変だった。
「おいし、おねーさまありがと」
「どういたしまして」
可愛いから許してしまうのだけど。
もうひとくちと開いた口に残りの欠片を放り込む。
「ふふっ、愛情を溜め込もうとなさっているのですよ。自我が芽生え始める頃はいろんな事が不安で許される愛情を求めてしまうのでしょう。成長の証ですよ」
「この子もこれから自分でいろいろ考えたりこんな風に甘えてこなくなってしまうのでしょうか」
「成長は見守るものにとって喜びと寂しさを合わせて持つものですね」
シスター・ナディアは慈しむ様にアディリシアの頭を撫でた。
その顔は沢山の子供たちを育て送り出してきた“母親”そのものだった。
帰る際、シスター・ナディアが出口まで見送ってくれようとしたけれど腰の痛みがあると言うのを聞いていたのでその場で辞する挨拶を済ませて遠慮する事にした。
寄る年波には勝てないと呟いて残念そうにしていたのでアレンに良い腰痛の薬がないか聞いてみようと思う。
アディリシアを抱き上げて出口へと向かうとシスター・アネットが扉を開けて外の子供たちに声をかけているところだった。
「みんなそろそろ時間よ、戻ってらっしゃい」
「「はーい」」
元気良く返事をして子供たちが駆け戻ってくる姿が見えた。
「このあと何かあるのですか?」
「ルディア様、お帰りですか」
声をかけるとシスター・アネットはゆっくり振り向いて笑みを返してくれた。
丁寧に黒髪を結い上げ色白で細面のシスター・アネットは一見すると冷たい印象を持たれがちだかとても穏やかな女性だ。
生まれは他の国らしく縁あってこの教会へと辿り着いたと昔お母さまから聞いた事がある。
今まではシスター・ナディアのサポートとして控えめに側にいたけれど今はしっかりと芯を持ってこの教会と孤児院を支えていた。
「シスター・ナディアとのお時間をいただきありがとうございます」
「こちらこそ素敵な手土産をいつもありがとうございます。最近は日暮れには少し早いですがこの時間に子供たちを戻すようにしているのですよ」
「まぁ何か理由があるのですか?」
「ルディア様は近ごろ物騒な噂があるのをご存知ですか」
「物騒な噂、ですか?」
「実は城下町の人たちが住む地域で獣が出たそうなんです」
「獣?」
ふと先日の新緑の宴で現れた魔獣が頭に浮ぶ、もしそうだとしたら大変な怪我人が出るはずだ。
貴族以外で魔術を使える者は極わずかだろうし警備の騎士団が駆けつけても魔術の攻撃しか効かないのであれば魔術師の派遣が必要になる。
騎士団に比べて魔術師は少ないし攻撃魔法が使える人も限られると聞く。
それでは討伐に時間がかかってしまうだろう。
「どこから来ているのかわからないらしく、いつの間にか町中に出現しているそうです。夕暮れから夜にかけて出るようで幸い巡回の騎士団が駆けつけて被害は抑えられているらしいのですけど」
確かにここに来るまでも騎士団の巡回する姿を頻繁に見かけていた、警邏を強化しているのかもしれない。
聞けばこの教会にも、定期的に騎士団が見回りに来てくれているらしい。
「確かに夕暮れから外出するのは控えた方が良いかもしれませんね」
「ルディア様もどうぞ帰りはお気を付けて」
「ありがとうございます」
帰り道、馬車の中から城下町を見れば店じまいを始める人や足早に帰路につく人が多く目立つ。
お父さまはこの事をご存知だろうか。
言いようのない胸騒ぎに膝に乗るアディリシアをギュッと抱き締めた。




