第七章 11
気を取り直した所で、突然誰かが私の腕を掴んだ。
振り返れば腕を掴んでいたのはデニス様だった。
「ルディア嬢、今こそ真価を発揮する時ですよ」
「何をおっしゃっているんですか、早く逃げないと騎士団の邪魔になります」
「見ていたでしょう?あの魔獣に剣は効きません。攻撃出来るのは魔術だけです」
デニス様の目がギラギラと恐ろしい相貌をたたえ、言動は常軌を逸していた。
一体何を考えているのだろう。
「ならば、魔導師であるあなたが戦うべきではありませんか」
「ええ、そうですねその通りです。さあ、一緒に行きましょう。ルディア嬢、あなたの力を貸してください」
「そんな、無理です」
「ニロコディ殿、ルディから手を離してください」
「大丈夫です、勇気を持って。私が補佐します」
アレンが割って入ろうとするがものともしない。
この人は何を言っているのか、一介の令嬢がそんな勇気など持てる筈がない。
モタモタしているうちに魔獣が足元の氷を砕き、巻き付いていたロープを振り払った。
ロープを掴んでいた騎士たちが数人振り飛ばされるのが見えた。
このまま立ち止まっていては危ない。
だがデニス様の腕を掴む力が離さないとばかりに強くなる。
「あなたは戦える」
「戦えません」
「ニロコディ殿、いい加減に」
ズンと近くに衝撃が走る。
落ちる影と唸り声に至近距離に何が降り立ったかわかる。
もう何度も経験した光景だ、顔を上げた瞬間には魔獣が爪を振りかぶっていた。
悲鳴すらあげられない。
さすがにデニス様の手は離れ、アレンは私を庇うように抱き込んだ。
来る、と思い身構えても予想した衝撃がやってこない。
アレンの肩越しに様子を伺うと私たちの前には魔獣の爪を食い止める大きな背中がそこにあった
見慣れた衣装に誰だか直ぐに気付く。
「おと、うさま」
お父さまは魔獣の爪を凍らせて勢いを止めていた。
手には何かの魔道具が握られている。
「退け」
短く放つ言葉に魔道具から出た衝撃波が魔獣を吹き飛ばした。
その威力は魔導師の攻撃を上回る程で魔獣はひっくり返っていた。
「デニス・ニコロディ、娘は魔術師ではない」
「マ、マクシミリアン・アスターフォード侯爵」
「何を根拠に娘に迫っていたのかわからないが貴殿の思い違いだ。それと今は魔獣の討伐が急務である、わかるな」
「は、はい」
「娘の事は私に任せてもらおう」
「……失礼いたします」
威圧的な物言いでお父さまはデニス様へ糾弾する。
デニス様は小さく会釈をすると私たちから離れて行った。
「遅くなってすまない」
「お父さま」
先程とは打って変わって心配そうな声色に思わず抱きついてしまった。
抱きしめたお父さまは息を切らせ、汗をかいている。
急いで駆けつけてくれたのだろう。
「怪我はないか?」
「ええ」
「怖い思いをしたな」
「魔獣が、私を、追って」
声が震え目頭が熱くなる。
ダメだ、まだ何も終わってないのに。
お父様は私を抱きしめ直すと優しく頭を撫でてくれた。
「もう大丈夫だ、すぐに片をつける。アートが」
アートおじ様が?
お父さまの後からアートおじ様がこちらに駆け寄って来てくれていた。
傍らにはマリおば様もいる。
「あなた遅いわ!」
「これでも全力で来たんだって。バルド、アレは何だ?」
アートおじ様の登場にバルド老がすぐに参じる。
手短に状況を説明した。
「何者かによる召喚により現れた魔獣ですがキメラのようで武器は効かず魔術が有効ですが致命傷は与えられておりません」
「送り返せるか?」
「厳しいですな」
「なら滅するしかない。使える魔術師は何人いる」
「この老いぼれとゾーイを含めて5名は」
「なら話は早い、一気に片付けるぞ」
アートおじさまが場に現れてから空気が変わった。
動じない物言いと的確な状況判断に安心感が生まれる。
「さて、うちの庭でこんな獣は飼ってなかったはずだけどね」
バキバキと指を鳴らしてアートおじ様が不敵に笑った。
アートおじ様が怒っている。
「ルディアはマリーと一緒に下がってなさい」
「陛下」
「大丈夫だよ、任せて」
キリリとした表情が緩み私に向ける笑顔はいつものアートおじ様のものだった。
お父さまとアレンと共にマリおば様の元へと駆け寄る。
「マリおば様」
「ルディ」
マリおば様は躊躇いなく私をギュッと抱きしめてくれた。
「怪我はないわね」
「マリおば様もご無事で」
「もちろんよ。ああ、せっかくのあなたの晴れの日だったのにこんな事になってしまって」
「本当に、私も何がなんだか」
社交界にガーデンパーティーに来ただけだと言うのに。
それに魔獣の事も気になる。
追いかけられる心当たりなどあるはずもない、なのにどうして。
でも今はもう疲れて何も考えられなかった。
それからの展開は早かった。
あれよあれよと言ううちにアートおじ様たちの魔術の一斉攻撃によって魔獣は消滅しそこには一筋の煙が立ち上るだけとなっていた。
素晴らしかった庭園はもはや戦場跡のようで
全てが終わって帰路に着いた時には随分と日が傾いていた。
馬車に乗り込んだ時には疲労のあまりお父さまに寄りかかって眠りかけていた。
家に着くまではと睡魔と戦う中でふと気付く。
クレメンティ姉妹とお話する約束だったのに……と。
とてもそれどころでは無かったけれど帰る前に何か声をかけてくれば良かったと後悔した。
帰宅してからは私のボロボロな身なりにハンナとレナが慌てて浴室へ連れて行って世話を焼いてくれた。
夕食までの間、体を休めようとベッドに横になり明日手紙でも出してみようかと思った所で意識が途切れてしまった。
目を覚ました時には開かれたカーテンから明るい陽射しが差し込んでいた。
「ねーさま」
いつかのようにアディリシアがベッドに乗って私の顔を覗き込んでいた。
キョトンとしたアディリシアの頭をぼんやりしながらも撫でてあげると嬉しそうに微笑む。
「ねーさまっ」
「おはようアディ」
「おはようございますお嬢様。もうお昼ですよ、昨日はお疲れでしたね」
挨拶が少し離れた所から返って来て体を起こす。
全身が筋肉痛で鈍く痛んだ。
ハンナが水差しを手に取りコップを差し出してくれた。
注いでくれた水を一口飲んで随分と喉が渇いていたのかそのまま飲み干してしまった。
「ハンナ……お父さまは?」
「お嬢様を連れて戻られたら後、また王宮に戻られてそのままお戻りになっておりません」
「そう」
きっとあの魔獣について話し合いがあったのだろう。
それなのに私を家に送るために一緒に帰って来てくれたんだと思うと申し訳ないながらも少し嬉しかった。
「今日は一日中お休みになるように旦那様から言い使っておりますけど、いかがしますか」
「……お腹が空いたわ」
昨日の夕飯を食べ損ねたせいか、ぐっすり眠った事もあり今にもお腹が鳴りだしそうな程お腹がすいていた。
「お食事は用意出来ていますよ、こちらにお持ちします?」
「大丈夫、着替えて下に降りるわ」
「畏まりました。ただ坊ちゃん方がお嬢様をお待ちでしたので賑やかになるかもしれませんよ」
「……覚悟しとくわ」
出かけた時と打って変わって惨憺たる有り様で帰宅したのだ。
何があったのか皆気になっているだろう。
いったい何を何処まで話せば良いのか。
なんだか体も頭もひどく重たかった。




