第八章 01
落ち着いた色合いの動きやすい服装に着替えた後、アディリシアを抱き抱えて一階に降りると弟たちが階段の直ぐ側で待ち構えていた。
チビッ子二人だけでなくライルまで一緒でモーリスが苦笑いしながら少し離れた場所で見守っている。
「みんなおはよう」
「おはようございます、お姉さま」
「姉さま、もうお昼だよ」
「本当、寝坊してしまったわね」
駆け寄って来るベルグラントとカイトの頭を順番に撫でた。
2人共嬉しそうに微笑んで私にピタリと寄り添ってくる。
可愛い可愛い弟たち。
「姉上、お体は大丈夫ですか?」
「ええ大丈夫よ」
「アディ、姉上は疲れているからこっちにおいで」
「やー」
私がアディリシアを抱き上げているのを気にしてライルが手を差し出すが、ライルの言葉にイヤイヤと返しアディリシアは私の首に腕を回してぎゅうぎゅうとしがみついた。
可愛いけど苦しい。
先程もハンナが部屋を出る際にアディリシアを連れて行こうとしてくれたがイヤイヤと布団にしがみついたので結局私が着替えたあと抱きかかえて連れてくる事になってしまった。
正直なところ妹が筋肉痛も相まっていつもよりも重く感じている。
出来れば自分で歩くかライルにお願いしたいけれど……どうやら無理そうだ。
「ありがとうライル、大丈夫よ」
「姉上……」
心配そうにする弟にへらりと笑って皆で食堂へと向かった。
さすがに食堂のテーブルに着いた時はアディリシアが自分の椅子に座ってくれたのでホッとした。
絶賛筋肉痛の太腿の上にはちょっと乗せられそうもない。
弟たちもまだお昼を食べていないと言うので一緒に食事を用意してもらう。
もしかして私が起きるのを待ってくれていたのだろうか。
そうと思うとなんだか弟たちがとても健気に思えた。
ハンナは賑やかになるかもと言っていたけれど予想に反して食事の間はみんな気を使ってくれているのか静かだった。
食後に場所を居間に移してお茶をいただく頃には流石にソワソワとしだした弟たちがチラチラと視線を交わし合っている。
カイトとベルグラント二人の視線を受けたライルがお茶をゴクリと飲み干すと躊躇いがちに話しかけてきた。
「あの、姉上」
「ふふっ……昨日何があったか聞きたいのでしょう?」
弟たちの様子に思わず笑みがこぼれてしまった、こちらから察して話を振ってみれば3人ともコクコクと頷く。
気まずそうにしながらも弟たちを代表してライルが口を開いた。
「あの……姉上、父上がパーティーでトラブルがあったと言っていましたが何があったのですか」
「トラブルと言うか、突然まじ……コホン……猛獣がガーデンパーティーに乱入してきたのよ」
「「「猛獣!?」」」
「そう、大きな猛獣でね、会場の庭園内を駆け回って大混乱だったわ」
ある意味、その通りだから嘘は言っていない。
魔獣だなんて言ったらライルは余計に心配するだろうし、冒険物語が好きなカイトとベルグラントは興味を持ってしまいそうだ。
多少濁して説明する分には構わないだろう。
「お姉さまは大丈夫だったの?」
「騎士団は来たんでしょ?」
ぐいぐいと身を乗り出して話を聞いてくるカイトとベルグラント。
それにつられて椅子から降りて私の所へ来ようとしたアディリシアはライルに掬い上げられてその膝の上に収まった。
キョトンとしながらもブラブラと足を揺らしている所を見ると不満はないらしい。
「もちろん騎士団は直ぐに駆けつけてくれたわ。私も猛獣に追いかけられたりしたけれどいろんな人が助けてくれたからこの通り怪我はないの」
「姉上を助けてくださった方々に感謝ですね」
「本当に感謝だわ、騎士団たちはもちろんだけどアレンやオズ、ゾーイ様に……お父さまも助けてくださったの」
「やっぱり! 師匠はすごいや!」
「ゾーイ先生もご活躍されたんですね!」
カイトはオズ、ベルグラントはゾーイ様とそれぞれの師事する方を誇らしく尊敬に目を輝かせていた。
だがライルは少し戸惑いがちに呟く。
「父上が? 政務中だったのでは?」
「ええ、お仕事を抜けて駆けつけて来てくださって、私を猛獣からかばってくださったの。とても頼もしかったわ」
本当にあの時は驚いたけれど、庭園での騒ぎを聞きつけて急いで来てくださった。
そして安心させるように抱きしめてくれた。
「本当はとても頼りになる方なのよ」
「そう、ですね」
お母さまの事で変わってしまったけれど今は少しずつ昔のお父さまに戻ってきてくださっている。
それを知るライルは小さく頷き返してくれた。
「アディも早く気付くといいわね」
「ねー?」
話の内容がまだわからないアディリシアは私の言葉尻を真似して笑っていた。
お母さまに似た愛らしい笑顔。
いつかこの笑顔が自然とお父さまに向けられるようになればと願う。
「それで姉さま、猛獣は最後どうなったの?」
「アートおじ様が指揮を執って対処してくださったわ」
「あの、アートおじ様がですか?」
ライルが不思議そうな顔をしたのでハッとして下の弟たちを見れば同じ様に首を傾げていた。
そうだった、まだアートおじ様とマリおば様の本当の立場を教えていなかった。
今は高貴な貴族の方としか認識していない上に私たちの知るアートおじ様はのほほんとした優しい人だから意外だろう。
私も成人の儀で国王陛下だと知った時それはびっくりしたものだ。
「ええと……意外とすごい方なのよ、アートおじ様は。それでね、猛獣がいなくなった所でパーティーはお開きになったの、もう日も暮れてきてしまってね」
しどろもどろになりながらも早口で話をまとめた。
聞きたいのは魔獣もとい猛獣の事だろうしこれで大丈夫だろう。
「せっかく姉上が出席なさったのに……残念でしたね」
どこかしょんぼりした長男。
もしかして社交の場への参加を提案した責任を感じているのだろうか。
「でも参加して良かったわ。いろんな方と出会えたし様々な事に気付けたもの。背中を押してくれてありがとう、ライル」
「姉上」
今回は予想外のトラブルがあったものの、次の機会があればきっともっと楽しめるだろう。
ライルの言っていたようにいろんな人と交流するのも良いのかも知れないと今は思えていた。
「ご歓談中、失礼致します。アレン様がお見えになりました」
モーリスが穏やかな声で来客を告げるとライルがこちらの部屋へ通すようにと返す。
事前に連絡があったらしく「姉上に伝えるのを忘れていました」と弟は少し申し訳なさそうに言った。
案内されて来たアレンは昨日ほど格式張ってはいないものの今日もきちんとした服装で爽やかな笑みを浮かべていた。
「いらっしゃいアレン……とデニス様?」
「やぁルディア嬢」
「ごめん、ルディ」
アレンの後ろからひょっこりと姿を現した意外な人物に驚いて何故と問うように視線を向ければ短い謝罪と共にアレンはひどく苦い顔をした。
こみ上げてくるのは怒りにも似た戸惑いだった。
昨日デニス様にかけられた言葉を、掴まれた腕を思い出す。
気付けば私はアレンとデニス様の背を押して廊下へと押し出していた。
弟妹たちがいる居間の扉をきっちりと閉め、扉を背にして半ば睨むように二人を見つめた。
「どういった御用ですか」
デニス様に向けた言葉だがアレンにも何故連れて来たのかと非難も込めている。
それが伝わったのかアレンが先に口を開いた。
「僕は君の様子が気になって……昨日は怖い思いをしただろうから」
「…………」
「それでこの屋敷に向かおうとしたところでニロコディ殿が家に訪ねて来て、断ったんだけどルディにどうしても謝りたいって言うものだから」
「ルディア嬢、昨日は大変失礼いたしました。実はその謝罪に訪れた次第です。本当に申し訳ありませんでした」
「…………」
「お詫びにもなりませんがこの花束を受け取ってはくださいませんか。混乱していたとはいえ、か弱い令嬢になんて事をしようとしたのかとても後悔しました」
大きな花束が目の前に差し出された。
明るい色の花ばかりでふわりと甘い香りが漂う。
「せめてもの気持ちです。受け取っていただけないでしょうか」
申し訳なさそうに目を伏せたデニス様、最初に会った時のような自信家な雰囲気は成りを潜めて本当に気持ちを込めて謝罪をしているのだと思えた。
芽生えてしまった不信な気持ちは無くならないものの迷いなからも手を伸ばして花束を受けとる。
「……謝罪を受け入れます、デニス様。突然の事態でしたもの誰でも混乱してしまいますわ」
「ルディア嬢、あなたの寛大なお気持ちに感謝します」
「ですが、どうぞお茶をとお誘いする気持ちにはまだなれません」
「もっともです、今日はこれで失礼致します」
デニス様は思いの外あっさりと引き下がり帰って行った。
モーリスが見送りにとデニス様に続く。
もっと何か言われるかと思っていたので少し拍子抜けしてしまった。
「彼は意外と真面目な面も持ち合わせているんだね」
「どういうつもり?」
デニス様の姿が見えなくなってから悪びれた風も無く話しかけてきた幼馴染をじろりと睨むとその真意を問いかけた。
「ニロコディ殿を連れて来たこと?」
「……他に何か?」
「いやごめん、ニロコディ殿は僕が断ったら単独で直接ルディに会いに行きそうな勢いだったから。どうせルディに会いに行くなら僕がいる時がいいなって。また何かあっても嫌だったし」
「そう……心配してくれたのね」
確かにこんな風にでなければデニス様と会おうとは思えなかったし、謝罪も受け入れられなかっただろう。
今だってもう会たくないと思うけれど貴族同士である限り社交の場へ出るなら何処かで会う事は避けられない、ならこれで良かったのかもしれない。
「……それに彼に貸しを作っておくのも悪くないし」
ボソリと続いたアレンの言葉はあまりに小さすぎて聞き取れなかった。
「何て?」
「ううん、それより昨日は大変だったけど本当に怪我とか無かった?」
「ええ、筋肉痛くらいよ。私もジャンやオズに習って体を鍛えようかしら」
ムキムキな我が家の料理長を思い浮かべたのかアレンは苦笑いを浮かべる。
「はは……ほどほどにね?」
「冗談よ」
さすがにムキムキはちょっとね。
モヤモヤした気持ちを振り払うようにスンと甘い花束の香りを吸い込んだ。




