第七章 10
「上から来ます!」
侍女の言葉にハッと我に返る。
ぼんやりしていて状況を把握するのを怠っていたせいか迫る危機に気付くのが遅れた。
侍女に突き飛ばされたおかげで倒れて来た木を避ける事が出来たが直ぐに第二派の攻撃が来る。
身を縮めるようにしてしのぐとメキメキと木々が割れる音が響いた。
気付けば側にあったいくつもの木がなぎ倒されていた。
せっかくの庭園が台無しだ。
やったのは考えるまでも無く招かれざる客である魔獣。
「なんで」
私のところばかり……
もしかして私の後を追って来ているのだろうか。
呆然としながらも立ち上がって顔を上げれば魔獣と目が合った瞬間、横から抱き込まれるようにして引き倒された。
「ぼうっとしてちゃダメだよ」
「アレン」
先程まで居た場所は魔獣の攻撃により大きく陥没していた、アレンに引き倒されてなんとか避けたがまだ間合いが近い。
「応戦します。ブローセン公子、お嬢様をお願いします」
「ああ」
侍女がどこに隠し持っていたのか小刀のようなものを次々に投げて魔獣の注意を引き付ける。
「伸びろ!」
アレンが魔力を放ち、魔獣の足元の植物を急成長させ蔦をその体に絡ませた。
そのまま拘束出来るかと思えば魔獣は体に力をみなぎらせて力づくで蔦を引きちぎった。
「くそっ、ルディ立てる?」
「ええ」
「行ってください!」
侍女が叫ぶように言うのを合図にアレンに手を引かれて素早く立ち上がると走りだした。
「アレン、リアラ様は?」
「王宮の手前で第二騎士団に引き渡したから大丈夫、怪我も無いよ」
「良かった」
そのままアレンも王宮へ避難すれば安全だったのに。
「戻って来るなんて、危ないじゃない」
抗議するつもりの声は喧騒に飲まれてしまうほど小さかった。
強く言えないのはどこか戻って来てくれると思っていた自分がいたから。
それにおかげで今こうして助けられている。
申し訳ないと思いつつ、握られた手を強く握り返した。
騎士団の人たちがしきりに魔獣に攻撃するも武器での攻撃は爪に弾かれてなかなかダメージに繋がらないようだった。
増援に駆け付けて来た騎士団の中には弓騎士もおり、一斉に魔獣に向けて矢の雨が降るがほとんどが薙ぎ払われ数本が刺さったもののまったくダメージになっていない。
応戦する人数が増えたせいか足止めは出来ているようだけれど……
また追いかけて来るかもしれないと思うと体が震えた。
今や庭園の中央に立つ魔獣を挟んで王宮側と噴水側で分断されてしまっていた。
噴水側にいる私たちはどうにかして王宮へ逃げ込みたい。
ジリジリと後退しつつこの場から離れるルートを探す。
「アレン!ルディ!」
「父上!」
「おじ様」
セドリックおじ様も噴水側にいたらしい。
瓦礫の影に隠れるようにしていたのか近付くと一緒にゾーイ様と筆頭魔術師様もいた。
すっかり瓦礫と化した噴水だったところへと身を潜めるとドレスを気にせずに座り込む。
せっかくの素敵なドレスはもう埃まみれでところどころ破れている箇所もある。
「……もう帰りたい」
「大丈夫だよ」
思わずぼやきながら手を握りしめるとアレンの手が私の手を包み込んだ。
安心させるように微笑んで頷く。
私は弱気な気持ちを振り払うように小さく頷き返した。
「セドリックの息子か、久しいの」
「ご無沙汰しております、バルド老」
筆頭魔術師様から声をかけられアレンは親しげに挨拶を返す。
それに頷いた筆頭魔術師様は今度は私の方に視線を向けた。
「して、こちらのご令嬢は」
「お初にお目にかかります、ルディア・アスターフォードと申します」
「おお、マクシミリアンとレティシアの娘か。確かに面影がある」
「父と母をご存知で」
目尻を下げて優しく微笑む老師。
その視線はどこか懐かしいものを見るかのようだった。
「まぁの、長い付き合いじゃ。わしはバルド・マトス、この通り年寄りでの。皆はバルド老と呼んでおる」
「ルディアとお呼びください。こんな時でなければ父と母の話を伺いところです」
「そうさの、落ち着いたらいろいろ面白い話を聞かせてあげよう」
「あんまり変なこというとマクシミリアンに怒られますよ」
「フォフォフォ」
セドリックおじ様に釘を刺されつつもバルド老は悪戯っぽく片目を閉じて笑った。
父と母の話を是非にとお願いして、私は意識を目の前の状況に戻した。
魔獣はまだ暴れている、騎士団が応戦しているが状況は何も変わっていない。
むしろこちら側はだんだんと疲弊してきている。
「お師匠様、こちらを」
周囲を観察していたゾーイ様が何かを発見したらしく地面を指差していた。
バルド老とセドリックおじ様が側に行き何かを確認する。
「魔術の痕跡だの」
「陣を展開していたようですね」
「あの魔獣は何者かが召喚した可能性が高いですね。魔力の残滓を辿るのは時間がかかりそうです」
「あれはどこから来たのか分らんが、やっかいそうだの」
魔獣をみてバルド老は険しい表情で言った。
みんなの視線が魔獣へと向かう。
「武器があまり効かない、キメラか」
騎士団と魔獣の戦いを見てセドリックおじ様が呟いた。
キメラとは何だろうとアレンに視線を送るも分からないと首を傾げていた。
防戦一方と言える戦いの中、どこからか炎の球が魔獣へと向かった。
魔獣の爪がその炎に触れた瞬間弾けて魔獣が衝撃に怯む。
「魔術が効くぞ!」
騎士団の中に魔術師のローブを纏った者たちが数人交じり声を上げた。
攻撃の手応えに活気付く声が湧く。
だが、いかんせん攻撃魔術の使い手が少ない。
騎士団が魔術師の援護にまわり魔獣を抑え込むが決定的なダメージを与えられずにいた。
不意に唸る魔獣の視線がこちらを向いた気がした。
「あの! ……あの、勘違いなのかもしれないのですけど」
「なんじゃ、言ってみなさい」
おずおずと気になっていた事を伝えるべく話しかけるとバルド老が先を促してくれた。
気のせいであれば良いけれど。
「あの魔獣が私を追って来る気がするのです」
「ルディア嬢を追って?」
無差別かと思いたいけれど気付けば魔物が近くに迫っている事が続いている。
今だってあの魔獣が攻撃を受けながらもこちらへ顔を向けているようにしか見えない。
「父上、魔獣がルディを狙っているのは確かだと思います」
アレンが私の意見を後押ししてくれた。
セドリックおじ様たちが顔を見合わせて何かを考え込む。
「何者かが召喚した痕跡を消滅させてはならんのう」
「人為的なものなら犯人を突き止めねばなりません」
バルド老の呟きに皆が頷く、ここに魔獣が来たら間違いなく手がかりを破壊されてしまうだろう。
しばらく話し合いを行い、大筋が決まったところでセドリックおじ様がパンと手を叩く。
「アレン、ルディ準備は良いね。バルド老とゾーイは援護をお願いできますか」
「父上」
「おじ様」
「うむ」
「畏まりました」
話がまとまれば後は早い、瓦礫の陰から出るとアレンは再び私の手を取った。
ゾーイ様とバルド老が魔術の痕跡が残る周囲に保護魔法をかけてこの場を後にする。
向かう先は魔獣。
怖くないかと言えば怖いけれど魔術が効くのであればバルド老とゾーイ様が戦線に加われば倒せるかもしれないしアレンとセドリックおじ様も助けてくれる。
理由はわからないけれどやはりあの魔獣は私を狙っているようだ。
近付いてきた私に向けて攻撃体制を取るのでそれを予測してセドリックおじ様が魔獣の足を植物で拘束しゾーイ様とバルド老が光の球や氷の槍を放ちダメージを与えていた。
激しい攻撃魔法に騎士団たちも圧倒されて動きが止まる。
反撃せんとする魔獣の攻撃もある中、私はアレンと共にひたすら避けて逃げ続けた。
走りっぱなしでしばらくするとさすがに足が縺れて思わず膝を付いた。
魔獣に視線を向ければ今は足元を凍らされて身動き出来ないようだ、これを機に騎士団が一斉にロープで捕獲にかかる。
このまま捕らえてくれればいいけれどそれでなくても少しは休みたい。
「ルディ、大丈夫?」
「ごめ、なさ…」
息が苦しい、体力がない。
何故かアレンはこんなに走っても平然としている、もしかしたら密かに鍛えてるのかもしれない。
「ルディ、僕が抱えて……」
「いい、そこまでじゃないわ!」
抱きかかえられて逃げるなど考えられないとアレンの親切にストップをかける。
今にも抱き上げそうなアレンの手を制してなんとか自分で立ち上がった。
こんな事で挫けていたら弟妹に合わせる顔がない。




