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第七章 09

 

「グオォォォォォオォ」


 それは突然、(まばゆ)い光と共に現れたかと思うと地を割くかのような咆哮をあげた。


 何が起こったのかわからず、信じられない出来事にその場にいた多くの者の動きが止まる。

 最初に悲鳴をあげたのは誰だったか……それを合図にしたかのように叫び逃げ惑う人たち。


 私は呆然として足が固まっていた。







 カラーン カララーン……


 余韻を残し、鐘の音が鳴り終わる。

 滞りなく儀式が終わろうとする時、突然異変は起こった。


 司祭様が締めくくりの言葉を述べた直後だった。

 祭壇となっている噴水の後ろから視界を割く様な光が溢れ、ドンと言う轟音と共に噴水の水が巻き上がったかと思うとその中から大きな獣が姿を現す。


 噴水は無残にも瓦礫と化していた。


「グォォォォォォ」


 空高く咆哮を上げたのは見たこともない姿に禍々しい空気を纏った恐らく“魔獣”と呼ばれるもの。

 黒く大きな角を二本生やし猪のような頭に熊のような体、前足には鋭い爪を光らせていて

 後ろ足で立ち上がるその身の丈は人間の倍以上。

 口から牙を生やし荒い息で私たちを眺めている。


「……アレン、ウィルズエルト王国に魔獣っていたかしら」

「いや、いても山奥とかの話だよ。少なくとも王都にはこんな魔物はいないはず」

「いやいや、辺境の魔物討伐でもあんなの見たこと無いぜ」


 視界の端にオズワルドが剣の柄に手を置くのが見えた。


「ではあれは何かしら」

「わからないけど……ルディ僕から離れないで」


 アレンはそう言うと私の手を掴んで強く握った。

 オズワルドも私たちの一歩前へ出て身を構える。


 今一体何が起きているのか。

 まるで弟たちに読み聞かせていた冒険物語に出てくるような魔獣。

 夢か幻かと疑いたくなる光景だ。

 禍々しく凶暴な生き物の出現は平和に浸りきった人達に衝撃を与えていた。

 私は目の前の光景を受け止められないながらも状況を把握しようと視線を巡らせた。


「殿下、後ろへ」


 魔獣のほど近いところで素早くエマ様がマリおば様を庇って前に出るのが見えた。

 それに続くようにマリおば様の侍女たちが一斉に司祭様を含めて陣形を取る。

 司祭様は腰を抜かしていた。


「グァァァアァァア」


 再び魔獣が咆哮を上げたかと思うと噴水の残骸に爪を振り下ろした。


「マリおば様!」

「ルディ、ダメだ」


 駆け出そうとしてアレンに抱き込むようにして肩を抑え込まれた。

 破壊音が響く。

 思わずギュッとつぶってしまった目を開くとマリおば様たちを守るようにゾーイ様が間に入り、魔術で壁を作って衝撃を防いでいた。

 だが、広範囲に飛び散った欠片を避けようとして人々の混乱が増していく。

 その後の光景は目まぐるしかった。

 見たことの無い生き物に庭園にいた多くの者がおののく中、侍女・侍従を含めた騎士たちがマリおば様や司祭様、賓客を守るべく素早く身構えて行動を起こしていた。

 そんな中、警笛を鳴らしていち早くこの庭園を駆け抜けて行った侍従は伝令だろうか。

 悲鳴が飛び交う中、庭園の警備をしていた騎士団の方たちが前へと駆け出していた。

 魔獣は前足を地面に着いたかと思うと闘牛の様に走り出し、行く先を抑えようと騎士団が立ち塞がる。

 オズワルドも腰にいた刀を抜き、手に構えた。


「アレンお前はルディ嬢を連れて行け」

「わかった、幸運を祈る。ルディ行こう」

「オズ、気を付けて」


 魔獣との戦闘などあるはずもないのにオズワルドは臆すことなく駆け出して行った。

 悲鳴が飛び交う中、騎士たちが獣に攻撃をしかけるも尖った爪の腕で薙ぎ払われていた。

 庭園に並んでいたテーブルも破壊され、その欠片が飛び交う。


「王宮へ逃げなさい! 第二騎士団は避難の誘導を! 客人の保護を優先なさい!」


 マリおば様が声を張り上げて支持を出す。

 混乱した大勢の人たちが悲鳴を上げて王宮へと駆け出していく。


 そんな人の流れの中、倒れたテーブルの影に隠れるように蹲るドレスが見えた。

 転んでしまったのだろうか、魔獣から程近い距離に動けずにいるのが見て取れた。


「大変、あの方を助けないと」


 いつ魔獣との戦いに巻き込まれるかわからない。

 アレンと共に逃げ惑う人たちの間を縫って近づく。

 慌てて駆け寄ると見覚えのあるシルバーブロンドと桃色のドレスにそれが誰か気付く 。

 テーブルの影で震えていたのはリアラ様だった。


「リアラ様」

「あ、アレン様とルディア様」


 リアラ様は私たちに気付き、泣きそうな顔を上げた。

 取り巻きの令嬢たちはどこへいったのか、さぞ不安だったのだろう。


「大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。わたくし転んでしまって」


 青ざめた顔でポロポロと涙を零すリアラ様。

 声をかけ手を差し出したのは私だけれどリアラ様はアレンの方が視界に入ったのかそちらへと身を寄せた。

 どうやらこんな時でもアレンの方が良いらしい。

 彼女が安心するならそれでもいい。


「今のうちに行きましょう」

「立てますか」

「ごめんなさい、ありがとうございます」


 アレンがリアラ様の手を取って立たせ、支えるようにして王宮へと向かう。

 すっかり怯え切ってしまったリアラ様の歩みは遅い。

 私は魔獣を気にしながらも2人の背を追うように歩いていた。


 マリおば様たちは大丈夫だろうかと視線をそらした時

 ズンッとすぐ側に何かが降り立ち影が降ったと思った瞬間には目の前にかぎ爪が迫っていた。


「きゃぁぁぁ」

「っ」

「ルディ!」


 もう条件反射だった、アレンに悲鳴をあげるリアラ様を任せるつもりで押しやるとアレンは直ぐに抱えて横に飛び退き、私は押しやった勢いに任せて反対に倒れ込むようにして魔獣の爪を避けた。

 大地に爪が刺さった衝撃で土埃が舞い小石が飛び交う。

 土埃にむせながらも直ぐに身を起こすとアレンに向けて叫んだ。


「リアラ様をお願い」

「ルディ!」


 アレンたちが距離を取れるようにと魔獣の気を引くため側に落ちていた皿を掴んで投げる。

 投げる瞬間に魔力を乗せたそれは勢い良く魔物の顔にぶつかった。

 私ってばコントロールが良い。


 魔獣の体がこちらを向いたのを良い事に先程騎士団が交戦していた方へと向かって走り出した。

 幸いにも向こうもこちらに向かって来てくれている。

 けれどあの魔獣が一瞬であそこから跳躍して来たたのかと思うと追いつかれるのも時間の問題かもしれない。

 それでも全力で走る、こんなに走っても脱げない靴を用意してくれたメリッサに感謝した。


「ガァァァ」


 魔獣の咆哮が迫り振り返ってみると、目の前に迫っていたのは庭園に並んでいたテーブルだった。

 白いテーブルクロスをはためかせて飛んで来ている。


「ええっ」

「うっりゃぁ!」


 魔獣が投げ飛ばしたであろうテーブルを横から蹴り飛ばしたのはオズワルドだった。

 見事にテーブルは魔獣へと跳ね返るが前足で簡単に砕き壊す。


「オズ、ありがとう」

「おう!アレンはどうした?」

「ちょっといろいろあって」


 そんな言葉を交わしていると騎士団が追いつき魔獣を囲って交戦を始めた。

 邪魔にならないようにと離れた所に後退するも魔獣の攻撃の余波が降り注ぐ。

 飛んでくる石礫に身をすくめると目の前に侍女が割って入りそれらを一瞬で弾いた


「お怪我はありませんか」


 くるりと振り返って見えた笑顔に気付く、助けてくれたのはあの赤毛の侍女だった。


「こちらへ」


 侍女は魔獣から離れるように私の手を引いて距離を取った。

 生垣に沿って並ぶ大きな木の陰へと避難する。


「あの、ありがとうございます」


 息を整えながらお礼をすると赤毛の侍女は先程と同じ様に人好きする笑顔を浮かべてくれた。


「いえ、礼には及びません。折を見て王宮へと向かいましょう」

「マリおば……王妃殿下はご無事ですか」


 マリおば様は魔獣が出現した時に随分と近くにいた。

 どこか怪我をしていてもおかしくない。


「はい、王妃殿下は司祭様がたと王宮へ避難されています。お怪我はございません」

「良かった……あなた、手に怪我をしているわ」


 侍女の手の甲に傷があるのに気付いてポケットにしまっていたハンカチを巻いた。

 ドレスはすっかり埃まみれだけれどハンカチは汚れ一つなくて良かった。


「気休めですけど」

「お気持ち、ありがとうございます。王宮まで誘導します、タイミングをみましょう」

「ええ」


 立ち止まった事により急に疲れが出てきて体が重くなってくる。

 一体どうしてこんな状況になったのか。

 侍女が様子を伺うのを見ながら木の陰に身を潜めるようにして少しでも休もうと寄りかかった。



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