第六章 02
そしてマリおば様の計らいで思いのほか早く、ゾーイ・ルーグ子爵との面会は叶うこととなった。
場所は王宮の離れにある小さな庭園。
そこは王立図書館に程近い場所にあるものの生垣に囲まれて目立った花々もなく小さな東屋がポツンとあるだけの穴場のような場所だった。
約束の時間に庭園に足を踏み入れる。
一瞬耳鳴りの様な音がしたかと思うと、ベルグラントもアディリシアも同じ様に感じたのか耳を抑えていた。
だが、すぐにそんな事は忘れてしまうくらい緑に囲まれたその場所は不思議な雰囲気に満ちていた。
「お姉さま」
「ええ」
先を歩くベルグラントが人影に気付く。
東屋に寄り添うように立つ樹に背を預けて本を読む青年。
この時間ここに居るということは彼がそうだろう。
ベルグラントとアディリシアの手を引いて歩み寄った。
「こんにちは、私はルディア・アスターフォードと申します。ルーグ子爵でいらっしゃいますか」
本から視線を上げた青年は切れ長の瞳を巡らして私と弟妹を見るとパタンと本を閉じた。
「ゾーイ・ルーグだ、然るお方から話は聞いている」
弟妹たちの手前か王妃殿下であるマリおば様の名前を控えてくれている。
私は丁寧に頭を下げた。
「この度はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
ゾーイ・ルーグ子爵は色白で涼やかな顔立ちの華奢な若者だった。
肩より少しだけ長く伸びた銀の髪をゆるく一つにまとめ肩に流している。
魔術院の魔術師が着る濃紺のローブがよく似合っていた。
「件の子供たちはその子らか」
「はい、二人ともご挨拶して」
「ベルグラントと申します」
「アディリシアです」
たくさん練習した甲斐があって二人とも笑顔で上手に挨拶が出来た。
帰ったら褒めてあげようと私の顔にも笑みが浮かぶがルーグ子爵の表情は少しも変わらなかった、愛想すらない。
こんな可愛い子たちを前にして動じないとは中々の強者である。
一先ず話をしようと揃って東屋へ入り腰を下ろした。
並んで座る私たち三人と向かいにルーグ子爵、すると開口一番に彼は言った。
「先に言っておくが、私は子供が苦手だ。今回の事もまだ引き受けた訳ではない。会ってみてから判断して良いと言われている」
私たちを順番に見やった後、冷ややかな目線で彼はそう言い放った。
ベルとアディが両サイドから私のスカートをギュッと握った。
この人、大丈夫かしら初対面で威嚇しなくても…
私は安心させるように二人の小さな手を包み込んだ。
「もちろんですわ、こちらがルーグ子爵に無理をお願いしているのですもの。聞き分けの良い子たちですので、さほどご面倒はかけないと思います。お手柔らかにどうぞ宜しくお願い致します」
動じない姿勢で言葉を返すと。ルーグ子爵は小さく不敵に笑った。
「ゾーイで構わない。侯爵令嬢の方が立場は上だろう」
「まぁ、この国で身分など歴史的価値以外あって無い様なものですわ。先ほども申し上げましたけれどこちらはお願いする立場です。ですが、折角ですのでゾーイ様と呼ばせていただきます。私の事もルディアとお呼びくださいませ。話し方もどうぞ楽なように」
「あの!身分を笠に着る奴はくそ野郎だとアートおじ様が仰っていました」
「ベル!」
突然何を言うのかと思えばなんて言葉を、しかも言ったのがアートおじ様とは…
素直故にそのまま覚えてしまったのだろう。
ベルグラントはどこか誇らしげだ。
まったく国王陛下がそんな事を子供に教えないでください。
せめてもうちょっとオブラートに包んで欲しかった。
「アスターフォード家の教育は随分と独創的なような」
「申し訳ありません。ベル、そういう事は外では言ってはダメよ」
「どうしてですか?アートおじ様は良く覚えておくように言っていました」
「ははっ!そのアートおじ様とやらは随分と貴族社会をわかっておられるようだ」
あなたも会ったことがある方ですよとは言えない。
ゾーイ様はベルの言葉に可笑しそうに表情を緩めた。
笑うと意外にもあどけなさが残っている。
そう言えば彼は二つ上だと言っていたからまだ18歳くらいのはずだ、落ち着いた雰囲気と話し方で随分と年上の様な気がしていたけれど笑った顔を見たことで急に親近感が湧いた。
思わずジッと見つめてしまい、それに気付いたゾーイ様は気まずそうに咳払いをすると話を始めた。
「然るお方から今回の依頼の手紙を頂いた後に私の所に三つの手紙が届いた」
「三つ?」
「君たちの父上のアスターフォード侯爵とブローセン公爵にその子息…依頼分も含めて計4つの手紙。随分と過保護にされているようだな」
なんだか揶揄するような物言いが気になる。
「……皆様が気にかけてくだってありがたく思います」
「私の役目はこのおちびさんたちが魔力をコントロール出来る様にするとの事だが…家庭教師が付いたことはあるか?」
「いえ、勉学の家庭教師でしたらおりますが……魔術の方はおりませんわ」
今は少なくなっているそうだが魔術の家庭教師を雇う家もあるらしい。
私やライルが小さい頃はお父さまが何となく教えて下さって二人ともそんなに魔力があるわけでもなかったから困ることは無いし、そのままカイトやベルグラントに教えてアディリシアに至っては気付いたら使えていたような気がする。
使い方についてそう説明すると、ゾーイ様は顎に手を当てて暫し考え込んだ。
「そうか……アスターフォード侯爵殿については聞いたことがある。母君の事は残念だったな……。しかしそうか、魔術の知識はほぼ無いと言うことだな」
「お恥ずかしながら、知っていると言ってもお父さまに聞いた事と本で得た知識程度です」
「なるほど。手紙には類い稀なる力を持つと書いていたが、俄に信じられないな。この時代において、そもそも貴族の持つ魔力などたかが知れている」
「……どういう意味ですか」
確かに魔力を持つ人も減っているし、持っていても制御出来ない程の人などほとんどいない。
だけど例外はある、ベルグラントやアディリシアの様に。
「先程の話に戻るが、正直言えば周囲が過保護故に余計な心配をしているのではないかと考えている」
「それは、大した力でもないのに大袈裟に騒いでいると言うことかしら」
剣呑な物言いになったのは許してほしい。
淡々と喋る目の前の青年はこんな小さな子供がコントロール出来ない程の魔力を持っているわけがないと、そう言いたい訳だ。
「勘違いしないで欲しい。私が面倒を見る必要があるかどうかと言うことだ。大抵の貴族であれば気を付けてさえいれば日常生活に問題はない程度の魔力だ。今からでも魔術の家庭教師をつければ良い」
つまり過保護な貴族の子守に構っている暇はないという事か。
とんだ頭の固い先入観の持ち主だ。
「指導してくださるつもりは無いという事でしょうか」
「いや、まずこの目で力量を確かめさせてもらいたい」
言うほどの力とはどれ程のものかと、その冷たい目が言っていた。
なんでマリおば様たちがこんな人を推薦したのだろうか、だんだん不思議に思えて来た。
「いいでしょう、何があってもゾーイ様が責任を取るという事でお願いします」
東屋の中では支障があると言って庭園の中央に場所を移す。
不安そうに見上げてくるベルグラントとアディリシアの二人にしゃがみ込んで視線を合わせた。
「二人の魔力を見たいのですって」
「お姉さまどうしたら良い?僕頑張るよ」
「アディも」
やる気満々の二人にコソコソと指示を出す。
普段は力を使わない様にと抑えているが今日は思い切りやって良いと、むしろ盛大にやって構わないと伝えると二人は歓声を上げた。
「始めますね」
「ああ」
先ずはベルグラントが深呼吸して右手を上げた。
その仕草と同時に風が走り生垣の木の葉を巻き上げるとザザザと葉擦れの音が大きく鳴った。
そのままベルグラントが頭上で円を描くように腕を回すと目の前に風が舞い上がりつむじ風起こる。
次第に舞い踊るように木の葉を纏い、ぐるぐるとまるで小さな竜巻の様に風が強さを増していく。
ちらりとゾーイ様に視線を向ければ驚いた様な顔をしていた。
「アディもー!」
「あ、まってアディ! まだ僕がっ」
マネっ子したがりなアディリシアがベルグラントのつむじ風にぶつけるように風を起こす。
「「あっ」」
ベルと私がまずいと思った時には風と風がぶつかり合って東屋に衝突していた。
吹き荒れる強風に弟妹を庇う。
ガシャン バキバキ ドゴン
豪快な音が鳴り響いて風が止んだとき、顔を上げれば先程まで座っていた東屋は廃墟と化していた。




