第六章 01
それから……ライルは手際よく私を社交の場へと向かわせる準備を進めていた。
「お久しぶりです、ルディア様。このメリッサ、再びお声のかかる日を心待ちにしておりました」
そう言って仕立屋『金の羽衣』から来た橙の髪を丁寧に結い上げた眼鏡の女性は頭を下げた。
お母さまがいた頃から懇意にしていたこの仕立屋は以前店長であるメリッサの母親が主に対応しており彼女は付き添いとして来ていたが数年前からは副店長を務める様になったメリッサが担当する様になっていた。
前に依頼したのは成人の儀の衣装の時だから半年以上も前になる。
「また宜しくお願いしますね」
「お任せください!」
出迎えた私に人好きする笑みを浮かべてメリッサはトンと胸を叩く。
今日は助手を付けず一人で来たらしい。
大きな鞄を抱えていたので侍従に運ばせると彼女を応接室へと案内した。
そこで一先ずお茶を飲みながらいくつかのデザイン画を見せて貰い、色見本の生地やアクセサリーなどについても雑談を交えつつ話しを進めていたのだけれど……。
気付けば何故かその場にいつの間にかやって来たお父様とライルが参加していた。
デザイン画を見れば……
「この襟は開きすぎではないか?」
「旦那様、これはデコルテを綺麗に見せる流行のデザインでございます」
色見本を見れば……
「姉上の栗色の髪に一番似合うドレスの色はどれでしょうか」
「ルディア様のお髪の色は柔らかいお色なので大抵の色は合わせる事ができますわ」
全体のイメージを問われれば……
「ルディアには落ち着いた色で頼みたい」
「姉上が輝くよう華やかにお願いします」
「……」
メリッサが一瞬疲れたような顔をした。
なんだか申し訳ない。
「……二人ともメリッサを困らせないで。ごめんなさいメリッサ」
「いえ、大丈夫です。落ち着いていて華やかさも合わせたデザインを考えさせていただきます!」
熱意溢れるメリッサは常にポジティブだ。
この情熱こそが人気の仕立屋の秘訣かもしれない。
「ルディア様は何かご希望はございませんか」
「ええと……実は、無理なら良いのだけど」
「なんでも仰ってください」
「ハンナ」
「はい、お嬢様」
なかなか言い出せなかったのでメリッサから切り出して貰えて良かった。
ハンナに持たせていた小さなビロードの箱を受け取ると蓋を開けてメリッサに見える様にテーブルに置いた。
中には黄水晶のブローチが納まっている。
お父さまとメリッサがハッと息を呑むのがわかった。
「これは……以前レティシア様のお付けになっていたものでは?」
「はい、母から亡くなる前に譲り受けたものです。このブローチを出来れば付けたくて」
「拝見します」
メリッサは箱を手に取るとしばらく食い入るようにブローチを眺めてからそっとテーブルに戻した。
そして急に考え込むように目を閉じた後、カッと目を見開く。
おもむろにカバンからペンを取り出すとテーブルに並べていたデザイン画の中からから一つを選び出し勢いよく描き込み始める。
「少しお時間ください!デザインが浮かんでまいりました!」
カリカリと素早くペンの走る音が響く。
「あの、デザイン画に描いてしまって良いの?」
「大丈夫です、これは私が原画から描き写したものなので。今みたいにインスピレーションが湧いた時にすぐ描き込めるように写しを持ち歩いているんですよ」
話しながらも手はずっと動き続けている。
ペンが走る度にみるみるドレスのデザインか変わっていくのに驚いた。
しばらくは無言で見守り続ける。
「出来ました!」
そして描ききった瞬間、バンッとデザイン画をこちらに見せるとメリッサは息を吸い込んだ。
「まだ荒削りですけどどうでしょう! ブローチは襟元の中心に高めの位置でお付けになればデコルテが控えめになりますし上半身は白のレースを細やかなポイントにしてシックに、スカートはブローチの色に合わせた刺繍を裾に向けて施し、フレアたっぷりの二枚重ねでお色に濃淡をつければ華やかにもなりますわ」
一気に説明したかと思うと今度は色見本を手に取ってパラパラとページを捲りだす。
「お色は断然、藍色ですわ! 白のレース飾りで大人びた中に可憐さと清楚さを持ち合わせ、ルディア様を引き立たせる事間違い無しです!」
「そ、そう。ではお任せするわ」
「旦那様と弟君はいかがですか」
「あ、ああ構わない」
「ぼ、僕も良いと思います」
あまりの勢いにお父さまもライルも若干押されつつ頷いた。
これだけの情熱を持って作っていただけるならきっと素晴らしいドレスが出来るだろう。
問題は時間だ。
「三週間後の新緑の宴までに必ずや間に合わせますので」
「無理をお願いしてごめんなさい」
「とんでもない!腕が鳴るというものです!」
三週間後、王宮で開かれる初夏の祝い『新緑の宴』にマリおばさまに招いていただいた。
王妃様の名の下に毎年開かれるガーデンパーティー。
マリおば様の主催だし「知っている場所の方が気楽でしょう」との事だったけれど社交の場なんて成人の義の後の夜会以来だし、それもお父さまと出たもののお母さまの容態も芳しくなくて挨拶を済ませたらすぐに帰ったのであまり記憶がなかったりする。
「うふふっルディア様も新緑の宴に参加される様になったのですねぇ」
ニマニマと口を緩めるメリッサに何故と首を傾げる。
お父さまがゴフォンと変な咳をした。
「いやですわルディア様ったら毎年恒例の新緑の宴と言えば社交界の中でも特に若者たちの気合が入る出会いの定番ではありませんか!」
「ええっ!」
驚いて思わず大きな声が出た。
ハッと我に返ってお父さまに視線を送るがお父さまは避けるように顔を背けた。
次にライルを見れば何事も無かったような顔でお茶を飲んでいる…知っていたなこれは。
メリッサが私の反応を察しておずおずと尋ねてきた。
「ええと、ご存知なかったのですか?」
「……季節の移り変わりを祝う宴だとばかり」
「まぁ名目は間違ってませんよ。ただこの宴は若者たちのロマンスが生まれやすいってだけですし」
「そう……メリッサはずいぶん詳しいのね」
「仕立屋は流行と情報が命ですから」
キラリとメガネが光る。
なるほどというか流石というか……
「大丈夫ですよ姉上、ご友人を作るつもりで気楽に参加なされば良いのです」
「……そうね、どこかのご令嬢と仲良くなれるかもしれないものね」
「もちろんロマンスの一つや二つあっても良いと思いますが」
「……ロマンスとは縁遠いと思うわ」
すでに気後れしている分ロマンスとは縁遠いと思うのでここは流しておこう。
お父さまが心配そうに何か言いたげな顔をしているけれど、心配いりませんよと微笑んでおいた。
「では採寸をさせて頂きたいのですが」
「それでは私の部屋に参りましょう」
お父さまとライルに挨拶をして席を立つ。
ハンナとメリッサと一緒に自分の部屋へと向かっているとパタパタと弾む足音が近付いて来た。
「おねーさま!」
「お嬢様お待ちください」
ポスンとスカートに飛びついてきたアディリシアに慌てて追いかけてくるレナ。
今日はお客様が見えるからと伝えていたのに我慢できなかったらしい。
こんな少しの時間も我慢出来ないのに私がパーティーに行っている間は大丈夫だろうか。
アディリシアを腕に抱き上げてからジッと目を合わせる。
「アディリシア、今日は大人しくしていてと伝えたでしょう?」
「やー」
「もう、仕方ないわね。ほら、お客様にご挨拶して」
可愛く頬を膨らませたアディリシアを抱き上げたままメリッサを向き合わせた。
確かメリッサはアディリシアと初めて会うはずだ。
「メリッサ、末っ子のアディリシアよ」
「えと、アディリシアです」
照れくさそうに小声で名乗った後、アディリシアは耐えきれなかったのかギュッと私の首にしがみついてきた。
メリッサは一歩踏み出し距離を詰めてアディリシアの顔を覗き込む。
「メリッサと申します。お可愛いらしくて……まるで天使のようですわね」
「あら、アディ天使みたいですって。良かったわね」
「えへへー」
「くっ!なんて愛らしい微笑み」
メリッサが突然身をよじり悶えていた。
意外と子供好きなのかもしれない。
アディリシアがどうしても離れない為、結局私の部屋に一緒に連れて行くことになり、
一通り全身を図って貰った後、何故かメリッサはアディリシアの分も採寸していた。
そしてとてもとても良い笑顔で屋敷を去っていったのだった。




