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第五章 09

 

「ルディ、僕はそろそろ戻るよ」


 アレンが身支度を整えて挨拶に来てくれた。

 すっかり忘れていたけれどアレンはこのミクムの丘に仕事で調査に来ていたのだった。



「ごめんなさい、忙しいのに」

「ルディが気にすることはないよ。父上には思うところがあるけど」


 ああ、根に持ってるわね。


「許してあげてね」

「まぁ、マリおばさまやアートおじさまにとっては羽を伸ばす貴重な機会だしね」

「お二人とも普段は重役を担っているものね」

「そうだね……王宮での二人は別人みたいに上に立つ者の威厳を備えているけど、今日みたいな時はとても楽しそうで良かった」

「ええ」


 お二人の立場からしたらとても忙しくままならない事も多いだろうけどこうして一緒に過ごす時間を作って楽しい時間を過ごせる事が凄くありがたかった。



「そうだわ! ごめんなさい、採取した薬草を使ってしまったでしょう? 集めるのを私も手伝うわ」


 寝ているアディリシアを膝からそっと動かして立ち上がるとそれに気付いたベルグラントとカイトも一緒に付いていくと立ち上がった。

 けれどアレンは私たちを押しとどめるように手を前に出す。


「大丈夫。気にしないで、採取は得意なんだ」

「そういう訳には……」

「それに君たちがいなくなるとアディリシアが寂しがるよ」


 確かに目が覚めた時に側に私たちいなかったらまた泣き出してしまうかもしれない。

 かと言って連れていくわけにもいかないし…


「なら森の入り口あたりまで見送りだけでもさせて」

「いいって大丈夫」

「でも……」


 逡巡しているとひょこりとチェスター王子が顔を出した。

 アレンの隣にピンと背筋を伸ばして立つ。


「ルディお姉さま、お見送りでしたら私が行って参ります」

「チェスターが?」

「はい。遅ればせながらアレン兄さまの事を思い出したんです、昔一緒に遊んでくれましたよね。もっとお話したいなぁと思っていましたのでそこまでご一緒させてください、アレン兄さま」


 無邪気な笑顔でアレンを見上げるチェスター王子。

 驚いたのか何故かちょっと引き気味のアレン。


「……さっきハジメマシテと言ったのは誰だったかな」

「やだなぁ小さい頃の事だし久しぶりで忘れていたんですよ」

「どうだか」

「大人げないのは良くないですよ、アレン兄さま」


 なにやらぶつぶつと小声でやり取りする二人。

 どうしたものかと思っているとポンポンとカイトが私の背を叩いた。


「姉さま、俺も行ってくるから心配しないで。アディとベルについていてよ」

「そう?ではお願いね」

「いや、本当に見送りはいいから」


 アレンが遠慮するもチェスター王子とカイトに押されて歩き出す。


「さぁ行きましょう! アレン兄さま」

「アレン様、俺も草摘むの手伝うよ」

「カイト、草って言わないでくれ。……ルディまた近いうちに遊びに行くよ」


「ええ、待ってるわ。お仕事頑張ってね」

「アレンさま、またねー」


 遠ざかっていくアレンにベルグラントと並んで手を振った。

 見送っているとチェスター王子とカイトがアレンにじゃれついているのが見える。

 男の子って本当にすぐ仲良くなれるから不思議だ。


「お姉さま、ぼくセオのところ行ってきても良い?」

「ええ、いってらっしゃい」


 マリおば様の側でちょっと退屈そうにしているセオドール王子に気付いたのかベルグラントが声をかけに行った。

 二人が話始めるのを見届けてまたアディリシアの側に腰を下ろす。


 涼やかな風が通り抜けて行った。




 不意にトンと背中に柔らかい重さがかかり、驚いて振り返ればライルがこちらに緩く背中を預けていた。

 いつの間に側に来たのか気付かなかった。


「ライルどうしたの?」

「どうもしないです」


「そう?」

「変ですか?」


「変っていうかくっついてくるの珍しいなって」

「……私だってたまには姉上に甘えてみたくなります」

「あら、嬉しい」


 珍しい弟の甘えに笑みが零れる。

 昔は良く手を繋いだりしていたけれどいつからかそういうこともなくなっていた。

 お互い下の弟妹の面倒ばかりみているからかもしれない。


「私は長男ですから普段は弟たちに遠慮してますけど、たまには良いでしょう」

「そうね、私もライルには背中を預けられるわ」


 言葉に倣ってトンと私もライルに背を預ける。

 お互いに寄り掛かった背中はじんわりと暖かかった。


 それにお母さまが亡くなってから家の事や弟妹たちを一緒に面倒みてくれたこの少し年下の弟は言わば同士のようなものだった。

 お父さまが仕事にばかり向かっていた時もいつも声をかけてくれていた。

 あの時頑張れたのはライルの協力があったからに他ならない。


 でもそれもあと少し……


「もう少ししたらライルも寄宿学校に入るのね」


 ライルは夏が来たら貴族の子息たちが集まる寄宿学校に入る。

 二年間は寄宿舎生活となるのでそれを思うと少し寂しくなった。


「休みには戻ってきますよ」

「必ずよ」

「はい。それと……姉上にお願いがあります」


 そう言って背を離したので振り返るとライルはとても真面目な顔をしていた。

 少し戸惑いながらも聞き返す。


「な、なぁに?」

「心残りになると行けないので私が寄宿学校に行く前に社交界へ参加なさって下さい」

「……え?」

「夜会でもお茶会でも構いません。私が寄宿学校に入ったら家の事やアディの面倒で姉上はますます参加されないでしょう。前にも言いましたがあまり引きこもり過ぎると社交の場にはますます出づらくなりますよ」

「別にいいのよ、機会があったら出るわ。それに私はあまり社交界に興味ないもの」


「無くても出るべきです」

「……またマリおばさまが絡んでないでしょうね」


「いえ、私の願いです。…実は既にマリおばさまに無難な会へ姉上を招待してくれるようにお願いしていますので近々招待状が届くでしょう」

「ライル、あなた勝手に何を「姉上」」

「私は成人したら姉上をエスコートするのが夢なのです。なので寄宿学校に行く前に姉上のドレスアップした姿を見せて下さい」

「そ、そんなの卒業した後でも良いじゃない」

「このまま社交の場に出ないで姉上が二年後に出るとは思えません」


 確かに。


「か、勝手よ」

「勝手にしないと姉上は動かないでしょう。父上にも許可は頂いています」

「うっ……」


 さすが我が弟、よくわかっている。

 マリおば様に父上と外堀から固めていく気ね。


「でも、夜会とかだとアディリシアが夜に泣いた時に側にいてあげられないじゃない」

「だからこそ、私がいるうちなら姉上の代わりにアディリシアの側にいてあげられます。アディリシアも時々は姉上がいなくても大丈夫なようにならないと」


 全くもって正論だ、これはもう腹をくくるしかないのかしら……

 でも、そうよ。


「着ていくドレスが無いわ。また作るとしたら時間がかかるわね」


 前に着たドレスは半年以上前だ、季節も変わっているし流石に浮いてしまうだろう。

 仕立屋に依頼しても普通はデザインから時間をかけて作るものだし、今から作るのに合わせて夜会を選んだらすぐにライルの寄宿学校へ入る頃になるはずだ。


「大丈夫です。そこも抜かりはありません。以前母上も懇意にしていた仕立屋に縫いの早いお針子がいるそうです。既にデザイン画を幾つか準備して貰っていますので近いうちに屋敷に呼びましょう」

「ほ、本当に?」

「本当です、この件につきましてはナターシャ様にもご尽力いただきました」


 マリおば様にナターシャ様……首がギギギとブリキになったように固くなりつつ回して二人を見れば目が合い、こちらの話の内容を察したのか凄く良い笑顔で手を振った。


 ギギギと顔をライルに戻すと無言でしっかりと頷く。


「あと何かご心配な事は?」

「ちなみにエスコートは?」

「父上か、アレン様に。どちらも快く引き受けてくださいますよ」

「そ、そう」



 もうすでに外堀は固まっていたようだった。

 

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