第五章 02
それからすぐにお父さまたちも合流して荷物を敷布に降ろしたり広げたりマリおば様のお連れになった侍女方と一緒に準備を進めて行く。
テキパキとあっという間に整う支度に王宮勤めの侍女方のすごさを見て思わず感嘆の声がこぼれた。
「皆様さすが手際がよろしいですね」
「有難うございます。実は皆、騎士団仕込みですので多少大雑把ではあるのですがルディア様が褒めておられたと聞けば励みになります」
側にいたエマ様がクッションを並べてくださり座るように促しながら微笑んだ。
聞けば侍女の皆様はマリおば様の護衛も兼ねているようで確かによく見てみればどの方も動きに隙がない。
また一つマリおば様について新しいことを知った瞬間だった。
「おねーさま」
敷布に腰を下ろすとすぐに駆け寄ってくるアディリシアを膝にのせて気になる事を尋ねてみた。
「あの、マリおば様」
「なぁに?」
「ええと、聞きたい事があるんですけど」
「何かしら」
私はここに来た時からの違和感を尋ねた。
「今日はなんだかあまり人がいないように思うのですけど…」
ミクムの丘は人気のお出かけスポットだ。
アスターフォード家のピクニックの時も散歩する人やくつろぐ人々が所々に居た。
だが、今日はこのメインの丘の上には私たち以外他には姿が見えない。
かろうじで木々の中になにやら人がちらほらいるのが見えるくらいだ。
マリおば様はチラリとナターシャ様と視線を合わせた後、にっこりと笑った。
「やっぱり気になるかしら?」
「いえ、なんだかな……と」
なんだか気にするなとばかりの笑顔に少し躊躇いつつ呟けば、ナターシャ様が答えを教えてくれた。
「今日は薬術院に勤める宮廷薬術師たちの薬草調査がミクムの丘一帯で行われるので一般人の出入りは禁止になっているのよ」
「えっ!それって私たち大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、特別に許可を貰っているから。むしろこんな機会でなきゃ私たちピクニックなんて出来ないもの」
「そうね」
なんでもないことのように言うマリおば様に頷くナターシャ様。
「わぁ特別なんだ!」
「マリおば様はすごいお方なんですね」
「……」
カイトとライルが感心しているよこでお父さまはどこどなく渋い顔で遠くを見ていた。
何となくお父さまの気持ちはわかる。
ライルに“すごいお方”どころか本当は王妃様だから、特別な許可って多分職権乱用だから。
……と、言いたいけれどマリおば様からは成人の儀にみんなの驚く顔がみたいから弟妹たちには立場を秘密にするようにしっかり口止めされているので言えない。
言いたいけれど言えない。
「あなた達がピクニックを楽しんだって聞いてからウチの男どももやりたいってきかないんだもの。そうしたらちょうどいい機会があるじゃない?便乗しようと思ったら急な誘いになってしまって、ごめんなさいね」
「いえ、お誘いありがとうございます。確かに、マリおば様たちでピクニックは難しそうですものね。お子様は後からいらっしゃるんですか?」
「実は久しぶりの外だからか待ちきれなくて少し遊びに出てしまったのよ」
マリおば様には2人の息子が居る。
もちろん王子殿下になるのだけれどアスターフォード家に来るときはいつもどこかの貴族の子として遊びに来ているので正体を知るのはやはり大人だけだった。
「噂をすれば戻って来たわ」
林の中からゆっくりとこちらへ向かって来る人たちの姿が見えた。
子供2人に大人2人
その中で片腕に男の子を抱え、反対の手で大きくこちらに手を振る男性がいた。
「マリおば様、あの方はまさか……」
「そうよ、“ウチの男ども”って言ったでしょう?」
大人の一人はナターシャ様の旦那様のセドリックおじ様。
子供たちはマリおば様の息子のチェスター王子とセオドール王子。
腕にセオドール王子を抱えている人になんだか見覚えがある。
記憶の中の印象とはだいぶかけ離れているけれど……恐らく……
「あなた達、戻るのが遅いわよ」
「子供たちが思いの外遠くまで行ってしまったものだから戻るのに時間がかかってしまったよ」
にこやかに微笑む男性は目の前に来た今ならはっきりとわかる。
成人の儀でマリおば様の隣にいた…
「こ、こくおっ「おおっ、ルディ! アートおじさんだよ! 久しぶりだなぁ会えて嬉しいよ」
思わず出た言葉を遮る様に高くなったおじ様のテンションに私も膝の上のアディリシアも驚いて少し後ろに体を引いてしまう。
「……ええと……」
「ああ、驚かせてしまったかな。すまなかったね。やぁみんな久しぶり、あと初めましてだね」
成人の儀で見たときはキリッと凛々しいお顔で威厳高く振る舞っておられたけれど、
今はよくある貴族の普段着に身を包み、肩にかかる髪は後ろ一つにまとめニコニコ輝く姿は子供の時に数回会ったことのあるだけで忘れかけていたアートおじ様だった。
「お、お久しぶりです。ア、アートおじ様」
何とか挨拶を返すがライルもカイトも困惑しており、ベルグラントに至ってはライルの側に隠れる様にして様子を見ていた。
アディリシアもキョトンとしたまま私にしがみついている。
「ルディ以外あなたの事を覚えてないんじゃないかしら」
「ええっ」
冷たいマリおば様の一言にショックを受けるおじ様。
「そうなのかい、アートおじさんだよ? あー……ルディ以外会ったのは赤ちゃんの時くらいだから覚えてなくても仕方ないか」
私も会ったと言っても随分と前の話だから弟たちにしたらもはや記憶もおぼろげだろう。
落ち込む姿にナターシャ様が「まぁまぁ」と優しい言葉をかけた。
「それなら改めて自己紹介したらどうかしら」
「そ、そうだな。コホン、マリの夫でチェスターとセオドールの父親のアートだ。宜しく頼む」
ちらりとマリおば様に視線を向けると目が合い、おば様はそっと人差し指を口元に当てた。
どうやらアートおじ様こと国王陛下も成人の儀まで正体を秘密する気らしい。
確かにどちらかが判明したらもう一方もわかってしまう。
アートおじ様はライル、カイト、ベルグラントと握手を交わし、アディリシアとも小さく握手をした。
「あら……」
バザーの一件から少し大人の男の人が苦手になったアディリシアが珍しく嫌がらずに握手している。
しばらくアートおじ様とアディリシアはじっと互いにその瞳を覗き込んでいた。
「……本当にレティシアの生き写しのようだね」
小さく静かに呟かれた言葉にハッと息を呑む。
次の瞬間にはおじ様は後ろに尻餅をついていた。
「いたたっ! 何するんだマクシミリアン!」
「近い。娘たちから離れろ」
アートおじ様の後ろにはいつもの無表情に三割増しくらい不機嫌が加わった感じのお父さまが立っていた。
そんなお父さまに臆せずアートおじ様は文句を言う。
「ずっと会いたかったんだから良いじゃないか」
「ダメだ離れろ、これ以上話すな」
「話くらい良いだろう!ハグしたくてもさせてくれない癖に」
「させるわけないだろう!寝言は寝て言え」
「あ、あの……お父さま?」
「ルディ、ルディ」
お父さまとアートおじ様がやんやと言い合っているのに戸惑っているとセドリックおじ様がこちらへおいでと手招きをしてくれた。
カイトたち年少の男の子たちは大人の会話など興味がないとばかりに既に集まって遊び始めている。
ライルがついているから男の子グループは放っておいても大丈夫だろう。
私はアディリシアを抱えたままセドリックおじ様たちの方へ移動した。
「お父さまたち大丈夫でしょうか」
「あの2人はいつもあんな感じだから大丈夫だよ」
「そうそう正反対のタイプなのよ」
「相変わらずみたいね」
セドリックおじ様もマリおば様もナターシャ様もなんでもないことのように朗らかに笑っていた。
するとマリおば様が何か思い出したのか「そうそう」と言って小さく手を打つ。
「あの人ったらルディの成人の義の時、なんだか怖い顔してたでしょう?」
マリおばさまがいたずらっぽい顔でアートおじ様を指差して言った。
確かに、あの場に居たのは明るくにこやかな“アートおじさま”とは別人の様に力強く凛々しい方だったような気がするけれど……そもそも国王様を拝顔するのが恐れ多い上にマリおばさまに驚く方が大きくておじ様の様子はあまり覚えてなかったりする。
それに子供の時に会ったアートおじ様の存在自体が実はおぼろげだったとは言えない……。
「後で聞いたら、あなたの成人した姿に感動して泣くのを堪えてたんですって」
「ええっ!」
「マリ、聞こえてるよ」
いつの間にか言い合いを終えたアートおじ様が慌てて割って入る。
「あら本当の事じゃない」
「くっ……仕方ないだろう、前にルディに会ったのはもっと小さな頃だったし……大きくなってからも遠目にしか見れなくてマリから話を聞いてはいたけれど会えないし……それが儀式の時、立派な女性になった姿を間近で見たら誰だって……泣くだろう」
こちらを見つめるおじ様の瞳が熱く潤む。
お母さま、私たちを見守ってくれてる方がここにもいたようです。
「おじさま……ありがとうございます」
「ルディ……」
「だから近い!」
「空気を読め!」
また言い合いが始まった。
思いがけずお父さまの意外な面を見た気がする。
「今からそれじゃルディがお嫁に行ったら大変ね」
マリおば様がポツリと呟いた瞬間。
「「まだ行かないよ」」
お父さまとおじさまの声が見事に重なった。




