第三章 06
ドスッ
「……」
「何も殴らなくても」
「思わず手が出てしまったのよ。ゴメンナサイネ」
「あのぉ…ルディさん?もしかして怒ってる?」
あの後、気付いたら拳をアレンの胸元にお見舞いしてしまっていた。
不意打ちだったらしく衝撃によろめくアレンを置いて足早にその場を立ち去る事にした。
追いかけて来たアレンは隣を歩きながら痛そうに胸をさするが、もう知った事じゃない。
あんな恥ずかしい事を人前でするなんて。
正面だけを向いてアレンとは目を合わせずにずんずんと足を進めた。
「あんな事してからかうなんて」
「別にからかってなんか」
「何か言った?」
「……ごめん。調子に乗ったのは悪かったよ、君があんまり可愛かったものだから」
「そう言えば許されると思っているなら大間違いよ」
「そんな事思ってないよ」
「……」
「ルディ、頼むから機嫌を直して」
横目でちらりと見れば、さすがに少しは反省したのか申し訳なさそうに項垂れているので足を止めてアレンの正面に向き直った。
腕を組んでじっとアレンの顔を見上げて言った。
「私たちもう大人の仲間入りしたんだからそういう行動は控えて欲しいわ」
「ごめん、でも別に誰にでもやる訳じゃないよ」
「当たり前でしょう、誰にでもやったら問題よ。幼馴染だから今回は許してあげるけど」
「ホントゴメンナサイ」
「……もういいわ、私も叩いたりして悪かったわ。気を取り直して回りましょう」
「ルディはやっぱり優しいね」
「はいはい」
取り敢えず仲直り。
本当は怒っているというより恥ずかしいのと八つ当たりが混じってあんな態度をとってしまったのでちょっと申し訳なかったりもするけれど、昔から喧嘩してもアレンが謝って私が許して終わるお決まりのパターン。
なんだかちょっだけ懐かしかった。
「姉さま見っけ!」
「ひゃっ」
トンと背中を叩かれて驚いて振り向けば弟のカイトがギュッと腕に抱きついてきた。
「カイト! もうビックリしたじゃない」
「ビックリさせたかったんだもん」
「やあ、カイト元気そうだね」
「えへへ、アレン様こんにちは。姉さま、兄さまとアディも直ぐに来るよ」
カイトが指さした方からアディリシアを抱き上げたライルが歩いてくる。
アディリシアが嬉しそうにこちらに手を振っていたので小さく手を振り返す。
お出かけだからお洒落してもらったのかフリルの付いたリボンが可愛らしくサイドに分けた髪の上で揺れていた。
「姉上、アレン様」
「おねーさまぁ」
「3人ともよく来たわね、ベルはお留守番?」
「ええ、やっぱり人混みは苦手だそうです」
「ハンナやレナは一緒じゃないの?」
さすがに三人で来たとは思わないけれど近くに侍女たちの姿が見えない。
いつも出かける時は側に誰かしらついているはずなのだけれど……。
「ハンナはベルと留守番しています。一緒に来た侍女たちには教会に着いてから帰りの待ち合わせ時間までは自由にして良いと言ったんです。敷地内なら別に問題ないかと思ったので」
「ええ、大丈夫だとは思うけれど」
いつもなら不安になることもないけれど今日はいつもと違うかもしれないのだ。
でもせっかく楽しみにしているところをあまり不安にはさせたくない。
「ライルもカイトも今日はとても人が集まっているから気を付けるのよ。アディリシアの事もちゃんとみていてあげてね」
「はい姉上」
「大丈夫だって、姉さまは心配症だなぁ」
「あなたが一番心配よカイト、夢中になると周りが見えなくなるんだもの」
「そんな事ないって」
お気楽な次男の頭を撫でて苦笑すれば心外だとばかりにカイトが口を尖らせる。
そういうところがまだまだ子供なのだ。
「姉上少し宜しいですか、お伝えしたい事が」
ライルがアディリシアを地面に降ろすとちらりと私を見て言った。
察したアレンがアディリシアとカイトに付いていてくれると言うのでライルと少し離れた場所へと移動する。
「どうしたの?」
「実はこれを」
ライルがジャケットのポケットから取り出したのは小さな巾着袋だった。
チャリと手のひらで音が鳴る。
「これは?」
「家を出る前にモーリスから渡されたのですが……父上からのお小遣いだそうです」
「お父さまが?」
「はい、好きなものを買うようにとの事で渡すように言われたそうです。一応姉上にお渡しした方が良いのかと思って」
「……」
巾着袋を少し開けば子供が持つには少し多いくらいのお金が入っていた。
これはお父さまが一応子供たちを気にかけているという証のつもりだろうか。
お金で解決すると思ったら大間違いだ、しかも自分で渡さないというなんとも微妙な行動である。
いやでもこれは進歩なのかもしれない、見直すには程遠いけれど。
「ライルが持っていて使うと良いわ。カイトとアディリシアに何か欲しいものがあれば買ってあげてね。もちろんライルも遠慮しないで使うのよ」
「いいのでしょうか。姉上の分も含まれていますよ」
「私はいいのよ。それにあなたが無駄遣いしないのはわかっているし、何かベルにお土産もお願いね」
「はい」
しっかり者の長男の背中を押して三人の所へと戻り始めるとカイトが早くお店を回りたいとばかりに飛び跳ねていた。
それにつられてかアディリシアもうずうずしているのがわかる。
心配だ。
「私も一緒に回れたら良いんだけどそろそろ戻らないといけないのよね」
「大丈夫ですよ姉上。アディリシアは物分かりが良いですし、カイトも逞しいのでなんとかなるでしょう」
「何かあったら運営のテントまで来るといいわ。それか困った事が起きたらすぐにこの花の飾りを付けている人に声をかければ力になってくれるはずだから」
「わかりました」
身に付けた花を見せればライルは覚えるようにじっとそれを見て頷いた。
「兄さま! もう早くしないと帰る時間になっちゃうよ!」
カイトが待ちきれず叫ぶ。
今すぐにでも走り出しそうな勢いである。
「今来たばかりじゃないの」
「早く早く」
「では少し見て回ってきます。姉上もアレン様もお疲れの出ませんように」
アディリシアの手を引いてカイトの暴走を抑えるようにその肩を掴みながらライルはペコリと頭を下げた。
若干の不安が残るもののライルが付いていれば大丈夫だろう。
「気をつけてね」
「ありがとう、楽しんでおいで」
アレンと2人で少しの間3人姿を見送ってからそろそろテントへ戻ろうかと休憩の終わりを告げる。
アレンは戻ればまた力仕事が残っているだろうと小さくため息をついた。
「もう少しゆっくりしない?」
「今日の目的は私たちが楽しむのではなくて、来た人達に楽しんで貰う事でしょう」
「……ごめん、そうだね。戻ろう」
「……やけに素直ね。いいのよ、私は戻るけどアレンはゆっくりしていても」
「いや、僕も戻るよ。それにルディのそういう所を僕は尊敬してるんだ」
何のてらいもなくストレートにそんな事を言われたらこちらの方が思わず照れてしまう。
近頃の調子を狂わす発言は本当避けて欲しい。
「ルディ?」
「なんでもないわ、行きましょう」
赤くなっている顔を見られないように足を早めてアレンの一歩先を歩いた。